1. Home
  2. 生き方
  3. そうだ、単発バイトに行こう。
  4. そうだ、単発バイトに行こう。

そうだ、単発バイトに行こう。

2026.09.21 公開 ポスト

そうだ、単発バイトに行こう。ナツイ(文筆家・エッセイスト)

労働から逃げるためにエッセイストになったはずなのに、なぜか連載のために働くことになった――。

「できることなら働きたくない」。そんなナツイさんが、将来の雇用先(?)を探すべく、さまざまな単発バイトに挑戦する新連載『そうだ、単発バイトに行こう。』がスタート。

果たして、「働いてもいい」と思えるほど面白い労働先は見つかるのか?
そして、そこで稼いだお金を使って、忘れかけていた「消費の歓び」を取り戻すことはできるのか?
働くとは、いったい何なのか?

「労働」と「消費」の本質に迫るかもしれない、体当たりエッセイ!!

*   *   *

「単発バイトに行って、エッセイを書く」という連載がスタートするらしい。
嫌だ。嫌だね! こちとらまともに労働をしたくないからエッセイを書いているのだ。そりゃ思わず大声も出してしまう。

勿論、わたしが文章を書く仕事に対して抱いている「今、1人で生きづらさを抱えている誰かに希望を与えるために書きたい」という真摯な気持ちも決して嘘じゃない。嘘じゃないのだが、その綺麗な言葉が陳列されている店のバックヤードには、一生見ないフリをしている「働きたくねぇ~!」という薄汚れた不良在庫も存在する。

「言葉の力を信じているんです」と真っ直ぐな目で言っている小説家も、「生活の中にあるささやかな喜びを掬い上げたい」と清廉な顔で言っているエッセイストも、きっとその言葉に嘘はない。
でもほとんどの人は矛盾なく「働きたくない」「チヤホヤされたい」という気持ちをどこか抱えているはず。そうですよね? そうじゃないとしたら、わたしだけがモンスターであることが確定してしまうので、そうだと言ってほしい。働きたくなさすぎて、人に対して謎の祈りを捧げてしまっている。

 

しかし現実問題として、エッセイストはあまりにも収入的に不安定だ。ありがたいことに、わたしは今どうにか文章だけで生活をすることができているのだけど、3年後どうなっているかなんてまったくわからない。
ついこの間もなんかデッカい仕事が、急にバサバサと飛んでいったし。あんま軽率にデッカい仕事がバサバサと飛んでいくなよ。幸福の青い鳥かと思ったら、地獄の使い魔タイプのカラスだったのかよ。

というか現時点で生活できているのかどうか怪しすぎる月もめちゃくちゃある。原稿料の振込タイミングが素晴らしく噛み合わず、月末に9万円が振り込まれて「これを職業と言い張るのは、流石に無理があるのではないだろうか?」と頭を抱える日もある。9万円って。学校に言わずに、こっそりとアルバイトをしている高校生じゃないんだから。賃貸や保険の更新などがあれば一撃で0になり得る額だ。

そのため現状は「文章だけでどうにかなっているなんて、すごいね!」と友人に言われる度に「いやまあ、どうにかなっていると、思い込んでいるだけだから……あはは……」という返答をするありさまだ。あまりにも情けない文言。「いやまあ、どうにかなっていると、思い込んでいるだけだから……あはは……」、痺れる情けなさ。これがわたしの口から発せられていると思うと、震える。自分自身と他人になりたい。
あと普通に週5日8時間勤務を続けられている方が、わたしにとってはすごい。何をどう考えてもそれを40年間続ける適性がわたしにはないから。たった数年の会社員経験で、それが身にしみてわかった。

「文章だけでどうにかなっているなんて、すごいね!」というポジティブな言葉であれば、まだいい。
この間なんて、新しく連載が決まった話を同業者の知り合いにしたら「突然すべての連載が同時に終わった」「新刊をしばらく出す予定がない状況が続いている」という話を延々されて、無闇に不安を煽られた。
あなたは言語化力でやっているんだから、言葉の取り扱いには気をつけてほしい。おいしい料理を作るための包丁だって、時として人を刺す道具になり得るのだから。

 

……でも実際、知り合いの言うとおりの状況になる可能性は十分にある。むしろこうして現実を突きつけてくれるのも、一種の優しさではないかとも思えてきた。この先の安定についても誤魔化さずに考え続けたほうが、そりゃいい。

そこでわたしの頭にうっすらと浮かぶ、「就職」の2文字。いやしかし、就職はせずに1日でも長く文章を書く仕事だけで生き延びたいという強い気持ちがわたしの中にはある。絶対に働きたくないし、何よりわたしはこの仕事を愛してるから。これだけ散々「働きたくない」と言ったあとの「愛してる」は、もはや浮気したあとの言い訳と一緒とも思えるが。

わたしのこの「就職したくない」「1日でも長く文章の仕事をしたい」「でも、生活をもう少し安定させたい」という、あまりにもワガママな願望を叶える方法がこの世に果たして存在するのだろうか。そこでわたしは閃いた。

 

「そうだ、単発バイトに行こう!」

カッコいいでお馴染み、タイトル回収である。

単発バイトであれば、わたしも学生時代に何度か経験している。初めての人も参加するため、作業自体もそこまで難しいものではないし、いい意味で人間関係も希薄なのであまりプレッシャーを感じずに仕事をすることができる。当時のわたしは生活のためというよりも、それを娯楽として楽しんでいたように思う。
友達も同じように使っている人が多く、みんなでバイトに行き、その帰りに居酒屋に飲みに行くという最高の遊びも時折行っていた。
ちなみにその遊びは、1人が当日欠勤を繰り返してサイトからブロックされたことで終了した。あんまりバイトを紹介するサイトにブロックされないでほしい、友達がその程度のランクの人間なのは悲しくなるから。

最近流行りの単発バイトをたくさん掲載している某求人アプリも、会社員の人が遊び感覚で働き、お小遣い稼ぎと息抜きという両方の目的を達成しているような印象がある。

これならわたしにもできるのではないか。いや、わたしは今まで労働からダッシュで逃げ続けてきた人間だ。単発バイトに応募することすら心理的な負担がある。ではどうすれば……?

 

「そうだ、連載にしてしまえばいいんだ!」

 

エッセイストという人生の切り売りをし続けている職業にとって、もっとも怖いのはネタ切れである。たまに「散歩をしたよ」「料理を作ったよ」というだけの内容で面白い文章を生み出す化物のようなエッセイストも存在するのだけど、ああいう人はほんの一握りであって、そもそも一生単発バイトに行く必要もない。
わたしの場合は、毎回一回きりの人生からどうにか具材をかき集め、全部のせラーメンを生み出しては「あっ、いやこれは1番シンプルな中華そばですよ(笑)」と涼しい顔で提供しているだけだ。その内心は、滝汗、それもナイアガラの汗なのである。
その点、バイトをしてそれをネタにするスタイルであれば、理論上は無限に文章を生み出せるはず。このとき、わたしの筆の調子の波は一切考慮しないこととする。

 

わたしは早速、幻冬舎の若い編集者さんに連絡し、「単発バイトって今人気あるじゃないですか!」「みんな一回はやってみたいと思っているはずなので、こういうレポって絶対需要ありますよ!」「わたしと同じように生活に不安を抱えている人とかも読みたいと思いますし!」という詭弁を添えて、この連載をプレゼンした。

そうして優しくて純粋な編集者さんを騙しきった結果が、この連載というわけだ。ありがとうございます、今後も悪い大人からの「騙され」をよろしくお願いいたします。

 

ちなみにこの連載は単発バイトをし、そこで稼いだお金を使って何か新しい経験をするという構成で進んでいく。
これはわたしの「お金の使い道が決まっているからこそ、労働と消費に大いなる輝きが宿る」という思想に基づくものだ。

どういうことか。例えばわたしは会社員時代、ボーナスもらって欲しいものを一気に購入したとき、いつもどこか手応えのない感覚を抱き、少しあっけなさを感じていた。生活のためになんとなく働き、余ったお金でぼんやりと欲しかったものを買う、という行為を味気なく思っていたのだろう。
ただテレビが少し大きくなる、ただコンビニで値段を見ずに買い物ができるようになる、ただ新しいサブスクに1つ加入する、大して欲しくもないのに収入に合わせるように必要ではないものに課金する行為には、感動が存在しない。そもそもその消費は借り物の欲望によるものでしかなく、本当にわたしがしたいことではない気がする。
その延長線上に、港区の飲み会的な世界がある気がして危うさすら感じる。どうしてもシャンパンタワーでお酒を飲みたいときって人生に存在しない。どうしてもロレックス巻いた男や誰を参考にしているのかわからない白すぎるメイクの女とはしゃぎたかったことも、どうしても合法なのかわからないポーカーをマンションでやりたかったことも1度もない。でもいずれそうなる、消費の楽しさを見失ってしまうと。

大人になって子どもの頃よりも多くのお金を扱えるようになっているにも関わらず、それに比例して満足度が上がっているわけではないのは、そこにきっと情熱や執着がないからだろう。
「友達と旅行に行きたくて」「音楽を始めるためにギターを買いたくて」「上京するための資金が欲しくて」、こうした目的がひとつあるだけで、消費も、それまでの労働も一気に輝いてみえるのは気のせいではない。

消費の歓びを取り戻す。そのためには絶対に目的が必要なのだ、わたしはそれを「新しい経験」に設定した。
わかりやすくするためにいくつか具体例を挙げていきたいところだが、例に出したことはもうできないので、1つとして出したくない。エッセイストとして生きていく上ではこういうみみっちさも必要なので、エッセイストになりたい皆さんは覚えておいてほしい。題材を節約して節約して、その上でもう使い終わった歯磨き粉を絞り出すようにどうでもいい題材で書く、そういうターンも必要になってくる。
それでもわかりやすさのために1つだけ例を挙げておこう……バンジージャンプ! これはむしろここに例として出すことによって、バンジージャンプを回避するというテクニックだ。編集さん、もうバンジージャンプはしないですからね。

というわけでわたしは早速、某求人アプリに登録をしようとした。すると、なんともうすでに登録済みであった。まったく覚えがないが、絶対にギャンブルで負けて気持ちが塞ぎ込んでいた時に投げやりに登録したに違いない。
ちなみに、これを書いている時点で実際の体験レポートの原稿の締め切りは5日後に迫っているが、驚くことにまだ働きに行っていない。わたしはわたしの勤労意欲の低さをあまりにもなめていた。この期に及んでまだ働きたくない気持ちが消え失せてくれないなんて。

果たしてこの連載は休載することなく、続けられるのだろうか。その辺りも読者の皆さまにはチェックしていただきたい。

{ この記事をシェアする }

そうだ、単発バイトに行こう。

\ 今、一番笑えるエッセイストがおくる労働エッセイ! /

「働きたくない」を原動力に文章を書いてきたエッセイストが、将来の雇用先(?)を探すため、自ら単発バイトの現場へ潜入! 

果たして、「働いてもいい」と思えるほど面白い労働先は見つかるのか? 
そして、そこで稼いだお金を使って、忘れかけていた「消費の歓び」を取り戻すことはできるのか? 
働くとは、いったい何なのか? 

すべての働く人に読んでほしい! 労働の本質に迫るかもしれない、体当たり連載です。

バックナンバー

ナツイ 文筆家・エッセイスト

エッセイ・コラムニスト。元書店員。
SNSでエッセイ、またエンタメ
やサブカルに関する発信をおこなう。

2025年にアンソロジーのZINE、しりひとみ編『死んでないけど走馬灯』に参加。2026年には初の単著『サブカルをお守りにして生きてきた』(KADOKAWA)を発売。
「エッセイで世界を明るく照らしたい」と本気で思っている。

幻冬舎plusでできること

  • 日々更新する多彩な連載が読める!

    日々更新する
    多彩な連載が読める!

  • 専用アプリなしで電子書籍が読める!

    専用アプリなしで
    電子書籍が読める!

  • おトクなポイントが貯まる・使える!

    おトクなポイントが
    貯まる・使える!

  • 会員限定イベントに参加できる!

    会員限定イベントに
    参加できる!

  • プレゼント抽選に応募できる!

    プレゼント抽選に
    応募できる!

無料!
会員登録はこちらから
無料会員特典について詳しくはこちら
PAGETOP