これはヤバい女になる度胸があるのか否か、試されているのかもしれないと思う局面は時折ある。最近は私というより私の良識ある友人たちが、そんな機会に晒されている気がする。火遊びをしてみたい既婚男の、火の役目を押し付けられたその後、自分ヤバくなさにうんざりする。それでいっそヤバい女になってやろうかと何度かおかしなメールを作成したり彼のことを洗いざらい人目につくところに書きつける妄想をしたりするのだけど、良識ある彼女たちは実行ボタンを押さない。

で、暇な友人a.k.a.鈴木なんかに「私が今このボタンを押したら彼って自分がどうなるかわかってるのかしら」的な愚痴を鼻息荒めにこぼしはするのだけど、そして暇な友人a.k.a.私も「ボタンを押すべきだよ、あなたは悪くないから」なんて相槌を打つのだけど、私も彼女も、結局彼女がそのボタンを押さず、彼の家庭のことも世界のことも壊さないと心のどこかでわかっている。そこにまた苛立ちが募る。
たとえば最近、とある海外在住の既婚男と秘密の関係を数回持ち、その後彼から「最近、仕事関係で少し鬱気味になってしまったので、あなたのことは心の中で想うだけに留めたいと思う」という趣旨の一方的な連絡があって、返事を考えているうちにSNSを含めたあらゆる連絡手段でブロックや拒否をされて彼が音信不通になってしまったライター女子がいた。
別に彼のことを彼女から好きになった記憶はないし、関係を持った後も、彼がとても熱心に誘ってきて、なんなら「僕が生涯かけて出会ったファム・ファタル」とまで言われて悪い気はしないので会い続けていたわけで、彼が不倫に怖気づいて妻のもとに帰って行ったこと自体に傷ついているわけではない、とは彼女の談。彼に何か投資をしたわけでもない、彼が既婚者であることは、最初に食事に言った頃には知らなかったが、その後は知っていたので結婚を期待したわけでも勿論ない。
「私が損をしたかどうかじゃなくて、彼が得をしすぎているんじゃないかっていう問題なわけよ」と言った彼女の意味するところを、私はほとんど余すことなく理解できている気がする。私にもかつて、柄になく大恋愛をしようとした既婚男が、押し寄せる現実的な報いへの想像によって冷静になり、やっぱり恋とかやめるので悪いけどなかったことにしてくれと、言葉自体はもうちょっとオブラートに包んであったと思うけど要はそういうことを、電話ですらない、SMSメッセージで送ってきたという不名誉な経験がある。以後その男からは一度だけ、私が以前愛飲していると伝えた栄養ドリンクがダースで送られてきただけだった。
強がりを言うこともある私ではありますがこれは本当に強がりじゃないので穿った感じではなく聞いてほしいのだけど、本当に別にその男は全く好みのタイプではなかったし、好みのタイプではないにせよすでに深く愛してしまって苦しいとかでもなかったし、まして彼の正妻の座を奪うとかそういった発想は、運動も格闘もしない私がボクシングで五輪出場するのと同じくらい考えたこともなかった。
ただ、彼からのその、「自分が浅はかでした」とちょっと悪者になってみせつつ大まかに言えば「数回の浮気だけ楽しんだけど十分性欲は満たされたからもうすっきりさっぱり安心安全な家庭人に戻るヨ」と身勝手に決定してしまえるところ、その決定によってすっかり生活は元通りになり、少し危険な散歩を終えて安全な家の中に戻って来れると思っているところには非常に腹が立った。深入りせずに切り上げた自分の聡明さのおかげで家族との安心な生活が守られた、不倫で身を亡ぼすような男と俺は違う、とか思っていそうなところも。
たしかにたとえ刺激的な夜を何度か味わってみようが、妻とは違う派手なタイプの女との逢瀬を楽しんでみようが、不倫ならではの非日常的なセックスを味わってみようが、妻や子供たちに、あるいはマスコミに、あるいは職場に、本格的にバレる前に切り上げて、シャワーを済ませて連絡先やメール履歴を削除してしまえば、元通り、刺激はないにせよ安心で世間体の良い生活に戻ることができる。
それは刺激的な夜を過ごした相手、すなわち私や私の友人たちが、身勝手な切り上げに逆上して誰かにばらしたり証拠写真をばら撒いたり、或いは家に押し掛けたり包丁で自分や相手を刺したりしないからだ。男は十分悩んだふりをして、実はそういう「イカれたこと」をしない私たちの善意を前提にものごとを考えている。
悔しいのは常識人であれという教育を受けた私たちが、ヤバい女のイカれた行為をするのは専ら妄想の中だけで、表面上は男の期待通りの善意と臆病さと良識に溢れた女であり続けること。なぜなら世間はどんなに発端が既婚男の浮気心や都合の良い損切りやズルくて卑劣な火遊びの姿勢だったとしても、ヤバい女が登場してしまえば一気に興味をそちらにうつし、男の陳腐な浮気心など不問に付してしまうのを知っているから。
これは浮気相手の方イカれていようが妻の方がイカれていようがそうなることが決まっていて、『ゴーン・ガール』にせよ『危険な情事』にせよ、火遊びをしようと思った男の顔すら我々は覚えていない。サスペンスドラマでよく見る長身の俳優がどこぞの女と浮気をしても、妻の発信したビデオやブログが世間一般からみてヤバい女のそれであればなぜか、男は戦犯どころかヤバい女の被害者の面をしてよいと見なされるのだ。
私たちに、既婚男と平気で寝るくらいの常識のなさがあっても、ヤバい女になるほどの脱常識的なところがないことが情けないのだとは思う。最初から倫理に反するとされることをしている後ろめたさがあるからこそ、身動きがとれずに苛立つのもわかる。とはいえ我々がヤバくなれない事情を見透かしたように、何一つ失わずに何一つ傷つかずに平穏な生活どころかちょっとしたスパイスすら得ている相手に何かおとがめはないのだろうか。
しかも彼らは自分らが安全でいられる理由は、相手の善意なんかではなく、自分の節度ある遊び方や女の選び方によるものと思っていそうでそこもまた腹の立つポイントである。彼らの生活に波風が立たない代わりに、我々浮気相手の心に非常に波風が立っているのだけど、その事実を正確に伝えないと、「俺のことそんなに愛してくれていたのか」と思われそうでそれも嫌だ。
SNS社会となってヤバい女になる方法は『危険な情事』の時代に比べれば随分と気軽なものになった。相手に名乗る名前があるなら、指先一つで彼の仕事や家族に非常に嫌な波風を立てることはできる。そんな中、既婚男と寝る女は試されていると思う。試されているのは、誘惑に惑わされずにきちんと口に戸を立てられるか、なんかではけしてない。どうせ倫理に反することをするならば皿まで食らう勢いでしっかり悪女に、ヤバい女に、常識のない激しい女になる気概があるかどうか、だ。それができないのであれば、結局腰抜けの浮気男たちは、腰抜けの浮気男だと我々に陰で噂される以外、何も失わずに生活を続けるのだから。
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