四十代となって自分も同年代の友人も結構色々な経験を積み重ねてきたという感じがしてきて、当然結婚したことがある人も増えたしそれを解消したことがある人も増えた。かつての会社の同期とは今も仲良くしてもらっているのだが、ほんの一時期だけ私以外の全員が既婚者となった瞬間があったものの、最後の私が四十歳でデキ婚をした時には、すでにちょうど半数が離婚していた。付き合いの長い学生時代からの彼氏と結婚して一年足らずで別れたという人もいれば、単身赴任期間が終わった瞬間に別れたという人もいて、もちろん人それぞれだ。

離婚して鬱々としている人というのは私個人はほぼ会ったことがなくて、離婚して生き生きとしている人は毎分会うので、結婚より離婚の方が積極的かつ自由な選択なのかもしれないとすら思う。独身時代、特に三十五歳を過ぎた頃は、既婚者というより離婚経験者がちょっと羨ましかった。
なんというか女性活躍時代、誰かの嫁に収まっているとかいうよりも子供がいようがいまいが一人で自立して生きているというのは非常に自由な感じがするし、かといって幼い頃から刷り込まれた結婚=幸福という概念から完全に解放されているわけでもないし、一応結婚制度が今でもかなり支配的な位置に存在している以上、それを全く一度も経験していないというのもちょっと寂しい。結婚できるだけのモテを証明しつつ、結婚がもたらす、独身女から見るとやや面倒かつ窮屈な束縛からは完全に自由な離婚こそ、現代女の嗜み、という感じがした。
ただ、結果が自由で幸福なものであっても、その過程が嫌なもの、不快で大変なもの、苦しいものであるというのも多数派の意見で、今までの人生で最も大変だった経験、嫌な経験が離婚だという人も少なくない。その先にあるのが明らかに今よりベターな生活だったとしても、そこに至るまでの手続きや段階が大変すぎて、計画が頓挫しているという人もいる。
そんな大変な経験だからこそ、全ての手続きを乗り越えた後の解放感は格別なのかもしれないが、その解放感を得るためだけに経験するにはあまりに苦痛そう。離婚経験女になってみたいものの、その離婚の猥雑さこそが一番の結婚のハードルになっているのも事実だった。
とはいえ世の中には結婚も離婚も三回以上経験していますみたいな猛者もいて、そういう人は離婚の大変さをよくよく理解してなお、次に出会った好きな人ともやっぱり結婚がしたいと思うわけだから、「人生で一番嫌な、二度としたくない経験」でありながら、そのリスクを背負う価値はやっぱりある、と考える人もいるのだろうとも思っていた。その価値が、結婚時の幸福感にあるのか、結婚して色々あって離婚した後の解放感にあるのかは長らく独身で、今も離婚は未経験の私にはもちろん皆目わからないけれど。
ああでも皆目わからないわけでもないかもしれません。長らく結婚とは無縁だったけれど、それゆえにというかなんというか、独身同士の同棲は何度もした。もともと一人の時間を大切にしていますというおしゃれな人間性ではないので、人との共同生活にはそれほどストレスがない。
若くてお金がない頃は社会人の男の家に転がり込むだけでなく、そういう機会のない期間は友人を巻き込んでルームシェアみたいなことも何度かした。私にストレスがないだけで、相手にストレスを与えていた可能性はあるが、あんまりちゃんと人に気を使えない性質はさすがに若い私も自覚していたので、なるべく自分と同等か自分以上に神経が図太そうな人を選んだつもりではあるので、一応元ルームメイトたちには今も仲良くしてもらっているし死ぬほど嫌われてはいないと思う。
若い私にとって彼氏との同棲は楽しくて気軽で良いことばかりのような気がしていた。仕事の時間の都合をつけてデートの約束をしなくても毎日会えるし、家賃負担は半額か、あるいは収入格差があって相手のもともと住んでいる場所に転がり込むならゼロという場合もなくはないし、何より、相手が遊び人で浮気相手がいそうな場合でも自分が本物の彼女の証、という感じがする。セックスはするし好きとは言われるけどはっきり付き合っていると言われたわけではない的な、もやもやとする関係に悩むことも多かった悲しい非モテなギャルとしては、同棲までしているといかにも本命と言われている気がして安心できた。
ルームシェアだって解消するとなったらそれなりの手間とお金と、場合によってはちょっとした気まずさがあるが、同棲は解消=ほとんどの場合破局でもあるので面倒くささはその比ではない。
最初に長く同棲した相手と別れる時には深夜にスーツケースひとつで逃げ出した。そこまでの不義理をするのは相手にもそれなりにそれなりのやばみがあったわけで、具体的には別れ話の度にベランダから飛び降りるふりをされたり、朝まで寝かせてもらえずに説得されたりしたからなのだけど、とはいえ結局不義理をした代償はそのまま、その後の暴言満載の留守電攻撃や学校前の待ち伏せや親や知人にAV画像を送られるなどの報復で支払った。特殊な事情を除けばなるべく人道的な手続きを踏んだ方が結果的に自分を守るのだと身を持って知った。
とはいえ相手名義の部屋に転がり込んでいた以上、ある日突然そこから消えるということが現実的にはできてしまうわけだけれども、これが自分名義で借りている家となるとそうはいかない。西麻布の狭いワンルームマンションに住んでいた頃、私には珍しくちょっと年下の男性と一瞬だけ付き合う機会があり、しかし四か月ほど経つと彼のあまりに大胆な虚言壁に気づいて関係を解消したいと思うようになった。
彼の話を信じると、彼は小学生時代にあまりにピアノの才能があったことから音楽の先生に、どんなに転びそうになっても絶対に手をつくな、なんなら顔から転べ、と言われるほどだったが、思春期にはその先生への反抗心もあって空手を始めて、あっけなく指を怪我してピアニストの道を断たれ、その代わり空手で日本代表になって試合で訪れたカナダが気に入り、そのまま住むことにした。適当に地元の高校に入って、トロント大学の入学試験を受けるために大学にレポートを提出したらそこに書かれた発電システムが画期的だと評価されて奨学生として入学したどころかそのシステムは現在のカナダのエネルギー政策の基盤となっている。そのレポートのおかげで数億円を得たが、ラスベガスで酔っぱらってあったばかりの女性と数時間だけ結婚したら財産分与でほぼすべてを盗られた上に、セックスをしようとものすごく誘ってくるので怖くなって日本に戻り、今は千葉大生、とそんな感じだった。
そんな、YOSHIKIとブリトニースピアーズと誰かのエピソードが混ぜ込まれたような話を当初はふんふんと聞いていた私だが、虚言癖に気づいたのは、彼の話では米国で脳外科医をやっているはずのお姉さんと、たまたま浦和の駅でばったり会って、彼女が「今日、カットカラーの予約が入ってたのに客にすっぽかされて暇だったー」と愚痴っていたことがきっかけだった。
で、その数年前に親にAVなど送り付けられていた私としては、もうだいぶ怖いものがなくなっているとはいえ別れ話をこじらすとろくなことにならないという学びはあって、なるべく穏便に彼に家から出て行ってほしかったのだけど、鍵を持っている相手と穏便に別れて自分はその家をそのまま使うと言うのは結構骨の折れる作業である。ただでさえ彼もまた、別れ話をし始めるとすぐに仮病を使い、自傷をほのめかし、便器に頭を突っ込むなどの奇行を繰り返すタイプだった。
私は仕事の部署異動のタイミングだったこともあり、さまざまな言い訳を用意しつつ、彼との関係について自分の思っていることを少しずつ伝え、なんとかしばらく距離を置くということで一度鍵を返してもらい、その後念のため鍵の交換をした。別れたいと最初に思ってから三か月以上が経っていた。
西麻布の家で、鍵を交換し、ついに自分ひとりの部屋を取り戻した時のあの解放感は格別だった。別れるのが大変だったというのも理由の一つではあるが、私は考えてみれば初めて、自分の契約している、つまりある日突然鞄一つで旅立つことのできない家で男と暮していたのだった。
しばらくこいつの家に転がり込んで、いつでも出て行けばいいやと思っていた学生時代と違って、まだ虚言癖に気づかず付き合っていた時も、彼との関係がなるべく拗れないように小さな努力は重ねていた。仕事帰りに急に飲みに行くことになった時には大体何時ごろになりそうか連絡を入れるし、それでもその時間に間に合いそうにないと飲み会の途中でやきもきした。彼と観る約束をした映画は、ものすごくいいタイミングで友人と観られるタイミングがあっても我慢した。
好きで一緒にいるつもりでも、そういう小さな気遣いは新人の新聞記者だった私には大きな不自由だったようで、それは付き合っている時には気づかなくても、関係が終結してみていままで実に息苦しかったのだとよくわかった。
彼が出て行った後は、急な残業どころか急な出張でも誰に連絡をいれるわけでもなく対応できるし、仕事の飲み会でなくとも毎日好きな時間までどんなことでもできる。金曜の午後に、このまま福岡行かない? と同期と盛り上がれば、コンビニでパンツを買って飛行機に乗り込めた。そういう自由が欲しくて大人になったのに、何を私はわざわざ不自由な同棲なんて選んだんだろう、とばかばかしくなって、もう一生同棲なんてしない、っていうか彼氏もいらない、一人サイコーという気分だった。
でも結局私はそこから一年もしないうちに不動産会社の男と半年一緒に住んだし、その後には北新宿に自分が借りたマンションにホストクラブ経営の男をすすんで転がり込ませ、蓋を開けてみれば借金まみれだった彼に出て行ってもらうのが無理ゲーすぎて、結局更新のタイミングで自分も引っ越した。更新までいたのだから、二年近く一緒に住んだ、あれは一番長い同棲だったが、最後の一年は彼にお金を溜めさせて出て行かせることしか考えていなかった。
だから離婚の猥雑さを知ってなおやっぱり結婚をしてしまう、という知人らのことは別に笑えないのだが。何かがスパークして盛り上がると、一部の人は距離を縮めることに何の抵抗もなくなってしまう。縮めた距離を再び遠ざけることが至難の業だとわかっていても。
妊娠出産のどさくさで結婚してしまったいま、夫の性格やお互いの生活時間の違いもあって、結婚自体にものすごく不自由を感じているわけではないし、彼に不満は多少あっても恨みは特にないので日々離婚したいなぁと思って生きているわけではない。でもきっと、今何かあって別れたとしたら、西麻布の爽快感が再び押し寄せるのだろうとも思う。同棲時代に感じた不自由は、結婚ではその鎖が少し頑丈になってやっぱり人を縛り付けるものだと思うから。
子どもがいなくて、同棲をしているだけだったら、生活に対して飽き性な私はそろそろ脱出したくなっていたかもしれない。でもちょっと脱出したいタイミングでも、もっと強いエネルギー源がないと脱出口に向かって発車できないのが結婚なのかもしれなくて、そのエネルギーを作り出す方法は、カナダのエネルギーシステムを考案した例の男でも教えてはくれないだろう。
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人気連載「夜のオネエサン」シリーズが帰ってきました! 妻になり、母になることになった鈴木涼美さんが、人生の思いがけない展開にときに戸惑い、ときに喜びながら、「夜のオネエサン」たちの結婚・出産について思いをはせます。










