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本屋の時間

2026.09.15 公開 ポスト

第192回

わたしは何を書きたいのか辻山良雄

先日三省堂書店池袋本店の閉店が発表された。三省堂が出店する前、そこにはリブロという名の書店があり、わたしはそのリブロで働いていたから、閉店のニュースを複雑な気持ちで受け取った。

そしてSNSに次のようなポストをした。

リブロ池袋本店が閉店して11年。この場所にある書店は、いつまで大家の都合で、出たり入ったりしなければならないのだろう?

「ような」とは、既にポストは消してしまったから、まったく同じではないということ。ではなぜポストを消したのかといえば、わたしは部外者だから、三省堂に関して断定するような物言いはよくなかったということと、そしてこちらのほうが重要なのだが、そのわたしにしては怒っている(、、、、、)ポストへの反応が、わたしの予想した通り伸びていたからである。

 

この度あたらしい随筆集『本とねこと青い自転車』を上梓した。サイズ、ページ数ともに小さなこの本は、様々な媒体に寄稿した文章をもとに編まれたもので、主に「わたしのこと」について綴っている。

はじめて自転車に乗ることのできた幼き日のこと、震災後の神戸を見て唖然とした体験、猫がわが家にやってきた日のことなど、どれも切実さを増すこの広い世界から見ればあまりにも小さく、取るに足らないことだ。いまは本でもSNSの空間でも、人の感情を捉えようとする強い言葉をよく見かけるから、このひとりごとのような本がどれだけ人の目に留まるのか、考えてみれば心もとない。

 

しかしわたしはそうした「小さなこと」を小さなまま、わたしの言葉でできるだけ正確に書きたかったのだ。この世界には人の数だけそうした「小さなこと」があると思うが、それぞれは最も小さな(いち)であると同時に、その重さは誰にも量ることができない。それゆえにその一は無限と同じ広がりを持つのだと思う。

だからわたしは自分の「小さなこと」を見つめることが、どこかでほかの人の「小さなこと」につながるものだと信じ、この本を書いた。それぞれの「小さなこと」が、大きくていきおいのある声に押されることなく、生かされるよのなかであってほしい。

そしてそのことは、わたしの店づくりにもつながるものだ。本屋という空間の中には、たくさんの「小さなこと」がひしめき合っている。これだけ多くの本があっても「同じ本」というものは一つもなく、それぞれは同じただの一冊の本。わたしは店で多面陳列はせず、本の紹介も同じような平坦な言葉を使っているが、そうすることで、小さな一が生かされる売場づくりを心がけているつもりなのだ。

 

消したポストは、わたしにしては感情的なものだったから、他人の目を惹きやすかった。だからそれに対する反応だけが伸びている様子を見て、「なんだ、結局そういうことか」と、その時は心が冷えてしまった。そして「削除」という文字を、静かにクリックした。

わたしはもっと、平坦な世界に加担したいから。

その後ポストを消したことをポストすると、心にかかっていた霧がスーッと晴れて、無性に笑いたくなった。

 

今回のおすすめ本

『自分の眼で見て、考える』安野光雅 平凡社ライブラリー

目の前にあるものをよく見て、自分の頭で考える。津和野からはじまった絵描きへの一本道を融通無碍に語った、その独立独歩の人生。

 

◯連載「本屋の時間」は単行本でもお楽しみいただけます

連載「本屋の時間」に大きく手を加え、再構成したエッセイ集『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』は、引き続き絶賛発売中。店が開店して5年のあいだ、その場に立ち会い考えた定点観測的エッセイ。お求めは全国の書店にて。Title WEBSHOPでもどうぞ。

齋藤陽道『齋藤陽道と歩く。荻窪Titleの三日間』

辻山良雄さんの著書『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』のために、写真家・齋藤陽道さんが三日間にわたり撮り下ろした“荻窪写真”。本書に掲載しきれなかった未収録作品510枚が今回、待望の写真集になりました。

 

◯2026年9月18日(金)~  2026年10月5日(月) Title2階ギャラリー

「本とねこと青い自転車」坂本千明紙版画展

『本とねこと青い自転車』(信陽堂)の刊行を記念して、当店2階ギャラリーで、本書収録の装画・挿画を展示販売いたします。
本書は本屋Title店主・辻山良雄の最新随筆集。神戸で育った少年のころ、大学時代を過ごした早稲田近辺のこと、人生で出会ったさまざまな本、いまともに暮らしている猫たちなど、わたしはどのようにしてわたしになったのかという内容です。
この本に素敵な挿画を寄せていただいたのが紙版画作家の坂本千明さん。静謐な絵あり、ユーモアに溢れた絵ありと、この本を何倍もすてきなものにして頂きました。本展では、本書収録(未収録のものも)の装画・挿画を展示販売いたします。


◯2026年10月10日(土) 朝10時スタート Title1階特設スペース

管啓次郎、朝の朗読会
『図書館詩集』(書肆リヴェルリ)刊行記念


『本は読めないものだから心配するな』などのエッセイでも知られる詩人、比較文学者の管啓次郎さんが、このたび10冊目となる詩集を刊行しました。題して『図書館詩集』。全国の公共図書館を訪ね、開館時間から1日滞在して、1篇の詩をつくるというコンセプトで生まれた詩集です。
土地の名に、地形に、先人たちの遺したものに、あるいは手にした本に、応答し、導かれてうまれた長篇紀行詩12篇。土曜日の午前、休日のはじまりのトークと朗読のひとときをおくります。
 

◯【お知らせ】New!!

新刊『本とねこと青い自転車』が発売されました。

本とねこと青い自転車

著:辻山良雄
挿画:坂本千明
版元:信陽堂 /208P 四六変形判ハードカバー

様々な媒体に寄稿した文章をもとに編んだ小さな随筆集。加筆修正後、書き下ろしも多数加えました。子どものころから本の仕事に出合うまで、様々に関わった街のこと、ともに暮らすもののことなど、わたしという一本の木が育つまでのことについて。何度も推敲を重ね持てる力を注ぎ込みました。ぜひ読んでみてください。たくさんの挿画を寄せてくださった、坂本千明さんの版画もすばらしいです。

 

〈わたし〉たちは何を食べているのか|〈わたし〉になるための読書(10)
「MySCUE(マイスキュー)」 辻山良雄

さまざまな食べ物を享受しながら、その背景にいるものや人たちについて考えることの少ない現代人。今回は、命やくらしをつないでいくことの重要性を痛感させてくれる2冊をご紹介します。

 

NHKラジオ第1で放送中の「ラジオ深夜便」にて本を紹介しています。

偶数月の第四土曜日、23時8分頃から約2時間、店主・辻山が出演しています。コーナータイトルは「本の国から」。ミニコーナーが二つとおすすめ新刊4冊。1週間の聴き逃し配信もございますので、ぜひお聞きくださいませ。

関連書籍

辻山良雄『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』

まともに思えることだけやればいい。 荻窪の書店店主が考えた、よく働き、よく生きること。 「一冊ずつ手がかけられた書棚には光が宿る。 それは本に託した、われわれ自身の小さな声だ――」 本を媒介とし、私たちがよりよい世界に向かうには、その可能性とは。 効率、拡大、利便性……いまだ高速回転し続ける世界へ響く抵抗宣言エッセイ。

齋藤陽道『齋藤陽道と歩く。荻窪Titleの三日間』

新刊書店Titleのある東京荻窪。「ある日のTitleまわりをイメージしながら撮影していただくといいかもしれません」。店主辻山のひと言から『小さな声、光る棚』のために撮影された510枚。齋藤陽道が見た街の息づかい、光、時間のすべてが体感できる電子写真集。

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本屋の時間

東京・荻窪にある新刊書店「Title(タイトル)」店主の日々。好きな本のこと、本屋について、お店で起こった様々な出来事などを綴ります。「本屋」という、国境も時空も自由に超えられるものたちが集まる空間から見えるものとは。

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辻山良雄

Title店主。神戸生まれ。書店勤務ののち独立し、2016年1月荻窪に本屋とカフェとギャラリーの店 「Title」を開く。書評やブックセレクションの仕事も行う。著作に『本屋、はじめました』(苦楽堂・ちくま文庫)、『365日のほん』(河出書房新社)、『小さな声、光る棚』(幻冬舎)、画家のnakabanとの共著に『ことばの生まれる景色』(ナナロク社)がある。

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