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本屋の時間

2026.08.15 公開 / 2026.08.14 更新 ポスト

第191回

偶然の休暇辻山良雄

今年は九日間夏休みをいただいた。例年より四日ほど長いが、近年の〈災害〉ともいえる暑さでは、店を開けても開店休業状態だから、いっそ休んでしまったほうが心身ともにリフレッシュできると思った。

それで「奈良」だ。奈良といっても南の方で、三重との県境に近い東吉野村。東吉野村には「ルチャ・リブロ」という青木真兵さん・海青子(みあこ)さん夫妻が営む私設図書館があり、以前よりいつか伺いますと話していた。東京からは一日がかりの場所だから、この夏を逃せば訪れる機会は当分ないかもしれない。

 

前日には熊本で大きな地震があった。その日は一日中移動していたから、わたしは桜井駅前の小さな居酒屋のテレビで、地震が起きたことを知った。桜井は奈良盆地東南部の中心となる街だが、駅前はがらんとして、この店のほかに開いている店は見当たらない。テレビには崩落したショッピングモールの映像がくり返し流れており、それを見ていたのはL字型のカウンターに座っていたわたしと、その斜め前にいる作業員風の男性だけ。地震のニュースは見飽きたのか、他の客は仲間うちで話をしていた。

カウンターの男性は中にいる女将に対し、「10年前の地震のとき、復旧作業で熊本に行った」と話していた。地元の人ではなく、そのとき仕事のある街を転々と移動しながら暮らしているようだ。わたしはニュースを見ていないときは、持ってきた文庫本を読んでいた。こんなとき隣の客や女将とそれとなく話をするのが酒場でのたしなみかもしれないが、わたしはこうした場所に慣れておらず、文庫本を読むフリをして時間をやり過ごすしかなかった。

本を置いたとき、女将は待ちかねたように「兄さんは世界遺産でも見に来たん?」とわたしに尋ねた。わたしは「明日、東吉野村に行く用事がありまして……」と答えたが、それは特に女将や男性の興味を惹く話ではなかったようだ。女将はそれを聞くとまあええわ(、、、、、)という顔をして、「兄さんも澄ましとらんと、もう少し日に焼けるような仕事でもしたほうがええで」と言い、わたしはその言葉で救われたように男性と顔を見合わせ、苦笑いした。

近鉄の榛原(はいばら)駅からバスに揺られて四十分ほど行くと、いくつか峠を越えた先に、古い民家が立ち並ぶ集落が現われる。ルチャ・リブロのある鷲家(わしか)のあたりは、歴史が好きな人にとって、幕末に活動した天誅組終焉の地として知られている。平家の落人伝説ではないが、「落ち延びていった先にある場所」という言葉が頭に浮かんだ。

鷲家でバスを降り川沿いにしばらく歩くと、川の向こうに大きな桜の木と、その横に立つ古い平屋が見える。はじめて訪れる場所だったが、佇まいからすぐにそれだとわかった。橋を渡って明るい庭を越え、家のガラス戸を開くと、中は暗くてひっそりとしている。「こんにちは」と声を掛けると、中から青木さん夫妻が現われた。

家の中は真兵さんが案内してくれた。これまで真兵さんにはトークイベントの会場でお会いしただけで、人と話すことの好きな活動的な方という印象を持っていた。しかしルチャ・リブロにいる彼を見ると、もっとナイーヴで内向的な感じがする。聞けばもともとそうした性格で、自分から積極的に話をすることは少ないという。

「ここは僕たちが体調を崩したあと出合った場所ですが、図書館にもそうしたかたが多く来館されます。何かをやめようと迷っていたり、すでにやめていたり……。そうなってはじめて、目に入ってくる場所なのですね」

やはり現代でも、この地の持つ性格は変わらないのかもしれない。アンティークの大きなテーブルに座り二時間近く話し込んだが、時が止まったような不思議な時間だった。そんなに長々と話すとは思ってもみなかったが、考えてみればただ人と話すということを長いあいだしてこなかったように思う。話しているあいだは木がゆらゆらと庭に影を落とし、遠くからは川のせせらぎが聞こえてくる。周りにある自然や生きものの気配も作用したのか、話し終えたときには体ごと生まれ変わったような気がした。

 

その後道の駅で昼ご飯を食べ、真兵さんに車で室生寺まで連れて行ってもらい、一緒に寺院や仏像を見学した。室生寺はかつて「女人高野」と呼ばれ、女性が高野山に入ることを許されなかった時代、彼女たちの祈りを代わりに受けとめる場所だったという。苔むした石仏や五重塔もすばらしいもので、参拝客は少なく、ずっとひっそりとしていた。平野から離れた山深い場所で、生き直すことのできた人もまたいたのかもしれない。

その後真兵さんに駅まで送ってもらい帰途についたが、「胎内にいる」という不思議な感覚は電車の中にいても抜けることがなかった。名古屋の街まで出てようやく、よく見知った世界に戻ってきたような気がした。

 

今回のおすすめ本

『パパ・ユーア クレイジー』ィリアム・サローヤン 伊丹十三=訳 微花

人はどのように世界と出合うか。多くの人の「忘れられない一冊」となった作品を、先人へのリスペクトを忘れず、この時代に再び読み継げるものにしたよき「復刊」の仕事。

 

◯連載「本屋の時間」は単行本でもお楽しみいただけます

連載「本屋の時間」に大きく手を加え、再構成したエッセイ集『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』は、引き続き絶賛発売中。店が開店して5年のあいだ、その場に立ち会い考えた定点観測的エッセイ。お求めは全国の書店にて。Title WEBSHOPでもどうぞ。

齋藤陽道『齋藤陽道と歩く。荻窪Titleの三日間』

辻山良雄さんの著書『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』のために、写真家・齋藤陽道さんが三日間にわたり撮り下ろした“荻窪写真”。本書に掲載しきれなかった未収録作品510枚が今回、待望の写真集になりました。

 

◯2026年8月8日(土)~ 2026年8月25日(火) 本屋Title2階ギャラリー

 三好愛「犬のうんちとわかりあう展」

 イラストレーター・三好愛さんの新刊エッセイ集『犬のうんちとわかりあう』(ミシマ社)の発売を記念した企画展。本展では、本の装画や新聞連載の挿絵といったイラストの仕事にとどまらず、エッセイや絵本においても異彩を放つ三好さんの「対象との距離感」や「視点の持ち方」に注目することで、絵とことばの魅力に迫ります。


◯2026年8月28日(金)~  2026年9月14日(月) 本屋Title2階ギャラリー

 MEOW DOUGHNUTS/猫のいるドーナツ屋さん
柳本 史 特別版画展

 我々に必要なのは、猫とドーナツとともにある世界だ。
本展はMAZURKA440 TOURのスピンオフ展です。『MAZURKA440』(柳本 史:版画、外間隆史:文)からの作品を中心に、「猫のいるドーナツ屋さん」というテーマに合わせた刷り下ろしの新作や、新旧関連グッズの展示販売を行います。やさしいのに力づよい、柳本さんの額装版画をご覧ください。
 

◯【お知らせ】New!!

店主・辻山の新刊『本とねこと青い自転車』が8月下旬に発売されます。

本とねこと青い自転車

著:辻山良雄
挿画:坂本千明
版元:信陽堂 /208P 四六変形判ハードカバー

様々な媒体に寄稿した文章をもとに編んだ小さな随筆集。加筆修正後、書き下ろしも多数加えました。子どものころから本の仕事に出合うまで、様々に関わった街のこと、ともに暮らすもののことなど、わたしという一本の木が育つまでのことについて。何度も推敲を重ね持てる力を注ぎ込みました。ぜひ読んでみてください。たくさんの挿画を寄せてくださった、坂本千明さんの版画もすばらしいです。

 

〈わたし〉たちは何を食べているのか|〈わたし〉になるための読書(10)
「MySCUE(マイスキュー)」 辻山良雄

さまざまな食べ物を享受しながら、その背景にいるものや人たちについて考えることの少ない現代人。今回は、命やくらしをつないでいくことの重要性を痛感させてくれる2冊をご紹介します。

 

NHKラジオ第1で放送中の「ラジオ深夜便」にて本を紹介しています。

偶数月の第四土曜日、23時8分頃から約2時間、店主・辻山が出演しています。コーナータイトルは「本の国から」。ミニコーナーが二つとおすすめ新刊4冊。1週間の聴き逃し配信もございますので、ぜひお聞きくださいませ。

関連書籍

辻山良雄『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』

まともに思えることだけやればいい。 荻窪の書店店主が考えた、よく働き、よく生きること。 「一冊ずつ手がかけられた書棚には光が宿る。 それは本に託した、われわれ自身の小さな声だ――」 本を媒介とし、私たちがよりよい世界に向かうには、その可能性とは。 効率、拡大、利便性……いまだ高速回転し続ける世界へ響く抵抗宣言エッセイ。

齋藤陽道『齋藤陽道と歩く。荻窪Titleの三日間』

新刊書店Titleのある東京荻窪。「ある日のTitleまわりをイメージしながら撮影していただくといいかもしれません」。店主辻山のひと言から『小さな声、光る棚』のために撮影された510枚。齋藤陽道が見た街の息づかい、光、時間のすべてが体感できる電子写真集。

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本屋の時間

東京・荻窪にある新刊書店「Title(タイトル)」店主の日々。好きな本のこと、本屋について、お店で起こった様々な出来事などを綴ります。「本屋」という、国境も時空も自由に超えられるものたちが集まる空間から見えるものとは。

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辻山良雄

Title店主。神戸生まれ。書店勤務ののち独立し、2016年1月荻窪に本屋とカフェとギャラリーの店 「Title」を開く。書評やブックセレクションの仕事も行う。著作に『本屋、はじめました』(苦楽堂・ちくま文庫)、『365日のほん』(河出書房新社)、『小さな声、光る棚』(幻冬舎)、画家のnakabanとの共著に『ことばの生まれる景色』(ナナロク社)がある。

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