今回ご紹介するマンガは、私の知るかぎり、ちょっと類例のないユニークな設定になっています。
増村十七の『進め! 白鼻進』(小学館)です。

舞台は、1933年から46年の日本。
つまり、日本が満州事変(1931年)ですでに中国との戦争態勢に入り、国際連盟を脱退した時期から始まって、太平洋戦争をおこない、アメリカに敗れた時期までを扱う「歴史マンガ」です。
主人公は、マンガ家の甘神白鼻進(あまがみ・はくびしん)。田河水泡の『のらくろ』にヒントを得た(というか、パクった)『ぶちねこ四等水兵』というマンガで大成功します。
しかし、白鼻進も、『ぶちねこ』も架空の人物、架空の作品ですから、ここでくり広げられる大小の事件は、ことごとく虚構の産物で、歴史的にはありえない出来事の連続。すなわち、これは、小規模といえども、「歴史改変SF」でもあるのです。
そして、白鼻進のマンガ作りの内幕を描きだすという点では、一種の「マンガ家マンガ」、もうすこし高級そうな文芸批評用語でいうなら、「メタマンガ」ということになります。
さらに、その設定の延長線上で、マンガとはいかなるメディアであるかという問題に挑む「マンガ論マンガ」にもなっています。
白鼻進は、『のらくろ』の物語、絵作り、コマ割りを見て、マンガというメディアの特質をこう要約します。
「誰でも読める 誰も取りこぼさない!」
最も大衆に適したメディアなのです。
そして、『のらくろ』をパクるのですが、「ミッキーとか映画もパクる! 全部混ぜたらオリジナルだろ」。そのとおり!
作品外の宣伝戦略にも自覚的で、「広告もバンバン打つぞ! 10回も見れば関心ないものも人は覚える」。まさに、ナチスの宣伝相・ゲッベルスと同じ手口です。
時代は、太平洋戦争の前夜。マンガでも、攻めてくる外国の恐怖、愛国の熱狂を煽り、「軍事費モリモリでやる気マンマン」の政府に同調すれば、「興奮は感染する!」。生きにくい世の中に不満だらけの人々は、感情の出しどころを、マンガにも、戦争にも求めます。
これは、普通の日本人が戦争の接近のなかでどう生き、戦争にどう参加していったかを物語る「戦争マンガ」でもあるのです。
こうしたいささか人工的でも複雑でもある設定をつみ重ねながら、作者は、この日本の過去を描くマンガが、日本の、いや、世界の現在を描くことにつながるという、きわめてアクチュアルな問題意識をもっています。
全体が、ふざけた事件を大げさな調子で描く「ギャグマンガ」として作られていますが、そこにこめられた、戦争は残酷で愚かなものだが、いまの日本にまた戦争の誘惑が近づいてきているというメッセージは明確です。
とはいえ、そうしたメッセージ性をこえて、白鼻進の愚行を見つめる妻の描きかたひとつとっても、このマンガ家の人間観察の、ひと筋縄ではいかない確かさ、深さが光っています。
マンガ停留所

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