名古屋のまん真ん中、セントラルパークの緑の中にそびえ立つメタリックなシンボルタワー。これが中部電力ミライタワー(旧名古屋テレビ塔)だ。1954年、東京タワーよりも先に完成し「東洋のエッフェル塔」と謳われたこの巨大な電波集約塔。地上100mのスカイバルコニーからは名古屋の街並みはもちろん遠くは長野や岐阜の山並み、伊勢湾までもが一望できたという。2005年には「登録有形文化財」、2022年には国の重要文化財に指定。さらに2020年には免震工事を経て「THE TOWER HOTEL NAGOYA」として生まれ変わっていた。テレビ塔といえば、展望台にのぼって街を一望するところ。重要文化財といえば、美術館でガラス越しに眺めたり、ロープの外から見学したりするものと思いこんでいたが、歴史をたっぷり吸い込んだ巨大な構造物の中で朝から晩まで暮らすように過ごせるなんて! 非日常のさらに上を行く体験だ。これはもう……。いざ、名古屋へ。
タワーの3~4階をしめるこのホテル。コンセプトは「アート」×「クラフト」×「ローカル」のローカライジング……と言われても、いまいちピンとこない。平たく言えば、東海エリアで生まれた文化、伝統、食材、アート、クラフトに光をあて国内外へ発信していくアートホテルなのだ。なるほど、エントランスに始まってレセプション、ラウンジ、ロビーとさまざまなアートが空間を彩り、モルタルや煉瓦、構造材である鉄骨と溶けあっている。
客室は全15室。私が選んだ部屋はパークコーナースイート。「海街ダイアリー」や「そして父になる」の撮影でも知られる瀧本幹也氏とコラボレーションしている。部屋に入ってまず目を奪われるのは無骨で巨大な鉄骨梁。鉄骨風ではない、現役でタワーを支えている鉄骨が剥き出しのまま突き抜けているのだ。これは、とりたてて鉄塔好きでなくとも、胸が熱くなる。撫でてみると、ひんやり冷たい。何層にも塗り重ねられてきた灰色の塗料はもはや漆黒に近い。そして等間隔に打ち込まれたヘリット。戦後復興のシンボルとして開業してからこれまで。数えきれないほどの風雨に耐え、街の移り変わりを見下ろしてきた歴史にじかに触れられるなんて。なんとも感慨深い。
このホテルに泊まると鉄骨好きになる。撫でまわしたり、のぼったりすること十数分。あれ? まだ部屋の隅々まで見ていないことに気づく。次は眺め! コーナースイートの醍醐味は大きな窓から見える景色だ。少し斜めになった窓の向こうには名古屋の街が広がっている。林立するビルの中央に、街の呼吸を整えるかのように伸びるセントラルパークの樹々の帯。視線を少し移すと、楕円形の複合施設「オアシス21」が静かに横たわっている。「水の宇宙船」とも呼ばれるガラスの大屋根には水が張られ青空と流れる雲を映し出している。近未来的というか宇宙的というか……。ベッドサイドには瀧本氏の二作品が飾られている。噴煙からオービターの先端が少しだけのぞいた瞬間をとらえた「SPACE#06」とアポロロケットの噴射口を切り取った「SPACE#07」。宇宙空間を想わすオアシス21との眺めとの、えもいわれぬ親和性。築70余年の構造物の中で過去と未来が交錯する。
プチスイーツと日本茶のペアリングというなんとも贅沢なウェルカムスイーツ&ドリンクを愉しんだあとは館内ツアーへ。この手の見学プログラム、以前はパスしがちだったが、ふとしたきっかけで参加してみたら愉しいことこの上なし。ホテルにいながら、街を知る、歴史を知る、文化を知る「小さな観光」に必ず参加するようになった。今回もまたいろいろなことを教えてもらった。このタワーは耐震構造の父といわれる内藤多仲氏が手掛けた「タワー六兄弟」(他、通天閣、別府タワー、さっぽろテレビ塔、東京タワー、博多ポートタワー)の「長男」にあたること、工事はすべて人力にもかかわらず、わずか九ヶ月で完成までこぎつけたこと、その後ホテルに生まれ変わるまでの経緯などなど。レクチャーを受けたあとには館内をまわる。最後に訪れたのは喫煙所。スタッフが「実はこれまで紹介したアーティストの方々の他にもうひとり……」とドアを開けると、そこには奈良美智氏の落書きアートが! 奈良チルドレンであるアーティストたちの作品を囲むようにBig Headed Girlが飛び跳ねている。残念ながら喫煙者ではないが、しばらくおこもりしたい空間なり。
なんといってもタワーホテルなのだ。夜は夜景に限る。高さ90mの「ルーフトップサロン」は22時以降、宿泊者専用の空間となる。眼下に広がる夜景の素晴らしさもさることながら、そこに到るまでの秘密の通路がまた愉しい。「え、ここから?」。なにげなく通りすぎたところにエレベーターへの入り口が隠されていて……。どこから入るかは泊まってみてのお愉しみ!
部屋に戻ってからはバスタイム。ヘリンボーンのようなタイルは岐阜県多治見市で作られた「多治見タイル」。三重県津市の「おぼろタオル」の肌触りもクセになる。そして、ここにもまた鉄骨が! もはや浴室というよりギャラリーといった趣き。照明を落としバスタブにゆっくり浸かれば、旅の疲れ(というか高揚)も一気にほどけ、睡魔が襲ってくる。そういえば……。チェックイン時のスタッフの言葉が頭をよぎる。「朝5時前後、ルーフトップサロンから見る日の出は必見です」。そうだ、明日は早起きするんだった! 急いでパジャマに着替え、ダイブしたベッドの心地よいこと。硬すぎず柔らかすぎず、マットレスと一体化したような安らぎ……。そんなわけで翌朝、目覚めたら、時すでに遅し。窓の外はすっかり明るくなり、水の宇宙船がきらめいていた。あー、なんたる失態。いや、でも。旅のやり残しは、再訪のきっかけに。そう、絶対にまたここに帰ってくる!
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暮らすホテル

遠くへ出かけるよりも、自分の部屋や近所で過ごすのが大好きな作家・越智月子さん。そんな彼女が目覚めたのが、ホテル。非日常ではなく、暮らすように泊まる一人旅の記録を綴ったエッセイ。
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