作家・生活史研究家の阿古真理さんの新刊『47都道府県おいしいもの巡り』が発売になりました!人生最高のウニ・イクラ・蟹丼のエピソードや、各地で愛される「小麦粉だんご」の謎。向田邦子が愛したつけ揚げの秘密など、思い出の味から旅先で出会った名物までを縦横無尽につづった食文化エッセイです。少しずつですが試し読みをどうぞ。
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2010(平成22)年3月、義父母に誘われ、私たち夫婦は一緒に伊豆半島を旅した。折よくちょうどポカポカ陽気で、熱海では早咲きのあたみ桜が咲き誇っている。義父母は「電車は駅の階段の上り下りがしんどいから」と、奈良県から車で熱海まで来て、私たちを修善寺温泉、下田まで連れて行ってくれた。伊豆半島の観光スポットは車がないと回るのが不便なため、車を持たず足を延ばしたことがなかった私たちにはありがたかった。
少年時代、常に腹を空かせていた義父は、「食えるようになる」と言われて満蒙開拓青少年義勇軍に入った。しかし、訓練中に戦争が終わり命拾いしている。そのせいか、北海道の観光地で後ろの行列も気にせず残り少ないまんじゅうを買い占めた、と義母が嘆いたことがあるほどおいしいものに目がない。熱海旅行で知ったのは、おいしい店を探り当てる鼻の利き方もすごいことだった。
義父は、パソコンを持ってはいるがインターネットをほぼ使わない。かといってガイドブックを見た様子もない。情報を持たず、自らの勘で熱海市内の品がよくおいしい蕎麦屋を見つけ出した。さらに伊豆半島を巡った帰り道、熱海の手前で昼どきになり、義父は「ここで飯を食おう」とロードサイドの回転ずし店に入る。漁港近くの海鮮はおいしいと言われるが、レーンに載った魚介類の多彩さ、新鮮さに私たちは驚き、次々と平らげた。
握りずしは好きだが、私はふだんあまりすし店に行かない。高級店には縁がなく、チェーンの回転ずし店は、お子様向けメニューが豊富過ぎて違和感を覚えるし、自動化で落ち着かない店もあるうえ、驚くほど薄いネタにがっかりする場合もある(つまり行ったことは何度もある)。しかし、魚介が豊富な沿岸地域は回転ずしのネタがとてもいいらしい、と気がついたのはこの熱海旅行だった。
あまり町を歩かなかったせいか気づかなかったが、熱海はその頃、主産業の観光が低迷し苦しんでいた。観光産業ニュース『トラベルボイス』2024(令和6)年2月19日配信の記事によると、バブル崩壊で団体旅行が激減し、2011年には宿泊客数がピーク時の半数を下回ってしまう。
しかしその頃から、さまざまな人たちが熱海の活性化に尽力し、今や若者が昭和レトロを求めて遊びに行く人気観光地に変身したそうだ。2025年3月に再訪したら、日程に祝日を組み込んだせいか、日中はたくさんの若者が、プリンなどの新しめのスイーツ店に行列してにぎわっていた。しかし、夜になると人は激減。
今回は町おこしを最初に始めた、地元出身の市来広一郎さんが開いた「guest house MARUYA」に宿泊した。熱海駅から徒歩15分ほどの熱海銀座商店街で、10年も空き店舗だった元パチンコ屋をリノベーションし、2015(平成27)年に誕生している。入り口側がガラス張りの食堂で、続いてラウンジ、その奥にカプセルホテル形式の上下に区切った個室が並ぶ。背を伸ばせないせいか、船室か巣に入ったような感覚になる。
朝は向かいの干もの店で好きな干ものを買って食べられるはずだったが、開店時間が遅いので買えず、ゲストハウスがストックしているアジの干ものにする。せっかく熱海に来たから、と楽しみにしていたのに残念だった。チェックインの際の説明事項が通常のホテルに比べ多いため、スタッフも一度に数組来た客をさばくのが大変そうで、そうした話をうっかり聞き損ねた。
でも、暇な時間帯にこちらがラウンジでくつろいでいるときは、いろいろ話もできた。若い男性スタッフは、「ゲストハウスで働きたい!」と全国を探してここを見つけたそうで、商店街に顔見知りができ、町の人たちと気さくに話せる関係性が気に入っているようだった。
ラウンジで宿泊者ノートを読んでいたら、急に友達に誘われノリで熱海旅行をしてここに泊まったという女性が、食事はジョナサンとマクドナルドに連れて行かれた、と嘆きのコメントを書いている。かわいそうだが逆に心に残る熱海旅行になっただろうな、と想像した。
初出:全国商工新聞2025年11月10日
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47都道府県おいしいもの巡り

人生最高のウニ・イクラ・蟹丼。ひっつみやすいとんなど、各地で愛される小麦粉だんごの謎。京都の和菓子店の底力。神戸でパン文化が花開いた理由。向田邦子が愛したつけ揚げの秘密――。関西で生まれ育ち、生活史研究家として日本全国の食に触れてきた著者が、思い出の味や、それぞれの食文化が育まれたルーツに迫る。蘊蓄的食エッセイ。











