ブックジャーナリストの内田剛さんが、その年いちばんシビれた本に贈る「アルパカ文学賞」。2025年の大賞は、砂村かいりさん『へびつかい座の見えない夜』(東京創元社)となりました。折しも、幻冬舎から砂村さんの新刊『飛距離の長い青春』が出たばかりの5月1日、受賞記念のトークショーが三省堂書店 神田神保町本店で行われたので、その様子をレポートします。
会場となるのは、3月にリニューアルオープンした三省堂書店 神田神保町本店3階のイベントスペース。『へびつかい座の見えない夜』のカバーイメージとも近い、パープルの色味が素敵な看板が皆さんをお出迎えします。トークショーは閉店後で、普段は立ち入れない時間の本屋さんにいるという状況にも、なんだかワクワクしてきます。

開始時間になり、まずは主催者の内田剛さんがご登場。アルパカ文学賞の成り立ちなどをお話しされました。
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内田剛(以下、内田):僕は縁があって、本屋大賞第1回目からの運営メンバーで。本屋をやめたのをまず実感したのが、本屋大賞の投票権がなくなったことなんです。僕は、1日1冊以上小説を読んでいるので年間300~400冊ぐらい日本の小説を読んでいて、毎年NO.1があるのに投票できないウズウズした思いを抱えていたのですが、ある時ふと、「自分で賞を作ればいい」って気づいて、それで始めたのがアルパカ文学賞です。僕が1年間でいちばんシビれた本に贈る、日本一小さな文学賞です。
今回は2025年末に発表した第2回の贈呈式イベントです。砂村かいりさん『へびつかい座の見えない夜』が受賞されました。三省堂書店 神田神保町本店のリニューアルオープンに合わせて、さらにまたラッキーなことに、幻冬舎さんの新刊『飛距離の長い青春』が出るというタイミングで、この機会を設けました。
この賞にはさらにもうひとつポイントがあって、「作家さん」についても注目してほしいということ。砂村かいりさんという作家のすごさを、僕は本当に認めていて、これから何十年も出版界を引っ張っていくことを確信したのも、選定理由のひとつです。

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その後砂村かいりさんが登場し、「日本一小さな文学賞」の名にふさわしい、小さな賞状や、トロフィー、内田さんお手製のアルパカ像などが手渡されました。

贈呈式のあとはトークショーが行われました。その模様も少し、お伝えします。
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ダブルテーマで書かれた5編
内田:今日はまず、受賞作の『へびつかい座の見えない夜』についてうかがっていきます。2025年6月発売なので、発売からちょっと経ってしまっているんですけども、でも、いい本は長く売っていかなきゃいけないんで、僕は逆に、いいきっかけになったと思うんです。
砂村かいり(以下、砂村):内田さんは芳林堂書店さんで行ったサイン会にもお越しくださったんですよね。
内田:はい。何しろ、伝えたいことがあったからですよ。その場で、第2回アルパカ文学賞のノミネートをお伝えしました。その後、12月にアルパカ文学賞を1位から10位まで発表したんですけど、僕の中ではぶっちぎりで大賞でした。6月にこれを読んでから、超える作品がありませんでした。
改めて、『へびつかい座の見えない夜』を振り返っていただけますか。
砂村:この作品は〈収集〉をテーマにした短編集なのですが、どうして〈収集〉というテーマを思いついたんだろうって、編集者さんとのやり取りを遡ってきたんですけど。私自身も結構コレクター気質で、ハマったものをどんどん買い集めてしまうんですね。切手とか、食器とか、コスメとか、あとシールとか。特に少女漫画誌の付録に関しては、本当にもう何十年も、子供の頃から捨てられなくて。死ぬまでに使いきれないんじゃないかなと思っています。でも、手元にあることが幸せで。そういう自分の収集癖についてお話ししたところ、「いいテーマだね」と言っていただきました。
内田:短編が五編収められていますが、それぞれ集めているアイテムが違ったり、人間関係もまた違っています。その辺りは編集者とのやり取りと砂村さんのアイデアがうまく熟成したのでしょうか。
砂村:実は各編に、〈収集〉のほかにもうひとつ裏テーマがあって。
内田:裏テーマがある! ぜひそれを聞きたいです。
砂村:実は全部ダブルテーマで書いていたんです。ひとつ目が〈ロードノベル〉。
内田:ロードノベル! 皆さんわかりますよね、「きみは湖」ですね。
砂村:「きみは湖」はさらに、雑誌『紙魚の手帖』の特集テーマ〈駅×旅〉に参加させていただいたときの作品なので、なんならトリプルテーマで書きました。
内田:すごいことにチャレンジしましたね。
砂村:実は私、縛りがあるのに燃えるタイプで。頑張りつつも、楽しく書きました。私にしては珍しく、担当さんに1回で気に入っていただいて、特に改稿なしで入稿できたっていう、数少ない作品でもあります。
ふたつ目は、〈名前がついている関係を描きつつ、自分ならではの着地点を見つける〉というお題でした。名前がついている関係って何だろうと考えてみると、夫婦とか家族とか恋人、友達とか、あとは同僚もそうかなと。
内田:なるほど、難しいですね。
砂村:ありふれた関係の中で自分ならではの着地点というのを考えて書いたのが、表題作の「へびつかい座の見えない夜」でした。同僚の話でもあり、家族の話でもあります。
三つ目が、〈孤独〉というテーマで、初めに収録している「梅雨が来る前に」を書きました。これはテーマが決まっていたので、ラストも決まっていて……。
内田:テーマを知らないで読むと「えー!」と驚いて、二度読み、三度読みしてしまいました。読んでいてサプライズというか、快感がありました。
砂村:巻頭にこの作品を持ってきていいのかなっていうのも悩みました。並べ方も結構相談して。最初の摑みが暗くていいのかなと。
内田:そうなんですね、僕は並びがすごく絶妙だと思いました。
砂村:四つ目のテーマは〈自身の経験に基づかない物語〉でした。
内田:ああ、なるほど。「トカゲのいる闇」ですね。
砂村:はい。これまでは自分の経験を生かして、自分の引き出しから書いていたんですけれども、そういうのを全く使わずに、資料を読んで、取材をして書きました。
最後のお題が、〈当事者ではない視点で物語を作る〉で、伝聞形式で書くことにしました。
内田:「ハマエンドウが咲いていた」ですね。五つとも難しいテーマでしたね。

タイトルの絶妙さにも注目
内田:どこを切り取っても特別な作品だと思って今回受賞作に選ばせてもらったんですけど、砂村さんご自身も、書かれてみて手応えはあったのでしょうか。
砂村:やっぱり五編揃った時に、達成感がありました。長編と違って短編集って、五編なら5回ゴールがあるので、走ってゴールして、走ってゴールして……を繰り返すからこそ、揃った瞬間の達成感というか、疲れもあるけれど、嬉しさがありますね。私はずっと長編を書いていたのですが、『コーヒーの囚人』『へびつかい座の見えない夜』と、短編集がたまたま2作続きました。
内田:なるほど。長編も書けて、短編もこの切れ味っていうのはすごいです。長編を書く時と短編を書く時って、書き方や難しさのポイントが全然違うと思うんですが。
砂村:私はデビュー前からwebで小説を書いていて、その頃から短編や掌編もたくさん書いていたので、短い中で完結させるっていうトレーニングはできていたと思うんですけど、それを商業で通用するものとして仕上げるには、かなり胆力がいったといいますか……。今回それぞれにふたつのお題があって、それをクリアしながら書くっていうのもありましたし。でも、楽しみながら書けたものばかりです。
ひとつひとつにインパクトがあるわけではなく、日常生活の延長線上にある世界なので、ささやかな物語を集めた作品に着目していただいて、選出いただけたことに、ものすごく感謝しています。
内田:砂村さんの代表作になっていると思うし、なってくれないと困りますからね! 小さい賞ならではの小回りで、本当に埋もれさせちゃいけないなって心の底から思っています。
タイトルの話も聞きたいんですけど、『へびつかい座の見えない夜』は、なぜこのタイトルになったのですか。
砂村:これは降ってきましたね。最初はもっと「収集」とか「集める」っていうテーマだと分かりやすいタイトルにしたらどうかって案もあったんです。『集めずにはいられない』とか、『へびつかい座の見えない夜~収集短編集~』って副題をつけようっていう案もあったりしました。
内田:なるほどね、全然違いますね。
砂村:それで、東京創元社さんの社内でアンケートを取ってくださったら、『へびつかい座の見えない夜』だけでいいんじゃないっていう案が出たそうで。私も密かにそれを望んでいたので、うれしかったです。
内田:「へびつかい座」っていうのがまた、12星座に入らない13星座で絶妙です。
砂村:でも皆さん、聞いたことはありますよね、「へびつかい座」って。
内田:そうなんですよ、そういう微妙な引っかかりがうまいです。
あ、あとは「アルパカのヤスオ」について言わなきゃ。……別にアルパカ文学賞は、アルパカのヤスオが出てきたから、っていうわけじゃないですからね。驚きましたけど、僕も。最初の「梅雨が来る前に」を読んで、電流が走って、もう間違いないなと思ったんですけど、最後にアルパカまで出てきて。これはダメ押しですよね。
砂村:あはは。ありがとうございます。
内田:やられたと思って。なんでアルパカで、さらにヤスオっていう名前の絶妙さ。
砂村:こちらもやっぱり、うさぎとかペンギンとか猫とかからちょっと外した感じですね。
内田:絶妙なんです。アルパカが出ているからアルパカ文学賞って勘違いする方がいらっしゃったら、全然そうじゃないですから。本当おまけみたいなもんで。嬉しかったですけどね。「なんと、アルパカも出てくるんです!」って。

『飛距離の長い青春』も絶賛!
内田:タイミング的にこの話をしないわけにはいかないですよね。新刊の『飛距離の長い青春』です。先ほども砂村さんは短編が2作続いたっておっしゃっていましたが、今度は程よい長さの長編です。この作品も、手ごたえのある作品だと思うんですけど、どうですか。
砂村:久しぶりに取り組んだ長編ということもありましたし、テーマが医学部受験という少し重いテーマになっているので、書いていてそれこそ魂を削り出しているような感じでした。
内田:削って削って書いたんですね。
砂村:書き上げた時は魂が抜けたようで。それぐらい、注ぎ込んだものがありました。女子、男子、男子の三人が主人公で、テーマは医学部受験ですが、言ってみれば一人一人の人生の話でもあります。
内田:医学部ってすごく独特で、専門の予備校があったり、絶対に医者にならなきゃいけないって人生のレールが引かれていたりとか、背負うものが三人それぞれにあって、その三者三様の人間模様がものすごく見事に描かれている作品なんですけど。これも『飛距離の長い青春』ってタイトル、とっても良いですよね。
砂村:ありがとうございます。「飛距離の長い言葉」っていうフレーズが私の中にずっとあって。例えば大事な人と会って話した時に、何気なく言われた言葉がずっと自分の中に残って、影響が持続していることってありますよね。そういうのを「飛距離の長い言葉だなぁ」って思っていたんです。
小説幻冬のインタビューでもお話ししたのですが、はじめは作品の中で「ありがとう、いつも飛距離の長い言葉をくれて」っていうセリフを入れようと思っていたのに、うっかり忘れちゃったんです。だけど三人が過ごした時間丸ごとが、飛距離の長いものだっていうことに落ち着いたので、うまくまとまったんじゃないかなって思っています。
内田:やっぱり、砂村さんの眼差しがいいですよね。人生は何があるかわからないし、今いる場所、今見えているものだけに悲観しなくてもいいって、すごくいい考え方だと思いました。
砂村:本当に今だけじゃないよっていうことを書きたかったんです。逆に、今がいいから今後もずっといいわけじゃない。合格したら終わりじゃないし、不合格が不幸とは限らないっていう、色々な意味を込めて書きました。2年半ぐらいの、割と長いスパンを描いた、普通のお受験小説とはちょっと違う人生小説になっていると思います。
内田:実は、今日は重大発表がひとつあって。
砂村:え、何でしょう?
内田:『飛距離の長い青春』の第3回アルパカ文学賞ノミネートが決定しました!
(拍手)
砂村:え! ありがとうございます! でもすでに大賞をいただいたのに、いいんですか?
こういう……こと……?#アルパカ文学賞 https://t.co/1nrhtFDHEt pic.twitter.com/H6YkZcH2wL
— 砂村かいり (@sunamura_novel) May 3, 2026
内田:普通の賞だと、大抵は大賞を取ったらもうノミネートしないんですよ。でもルールって誰が決めてるんだ? と考えてみたら、この賞のルールは僕が決めていいんです。今年、これを超える10冊は絶対出ないと確信しましたので、ノミネートさせていただきました。
僕が言っても全然説得力はないですが、僕と一緒に本屋大賞を作った本の雑誌社の杉江由次さんも大絶賛しているんです。砂村さんはすでにお読みだと思うんですけど、「今年度のベスト級」「砂村かいりはすごい作家になる」っておっしゃっていて。さらに杉江さんがSNSで、北上次郎さんのエピソードを書いていたじゃないですか。
北上次郎さんが砂村さんのデビューの時に『本の雑誌』の連載「新刊めったくたガイド」で、『スモールワールズ』の一穂ミチさんを紹介するのに続いて、「今月はもう一人、おすすめの作家がいる」ってことで砂村さんの名前を出されていて。現代を代表する批評家の北上さんがデビューの時から目をつけていて、その息吹を受け継ぐ杉江さんにも評価されているんです。杉江さんが『WEB本の雑誌』の連載「帰ってきた炎の営業日誌」でも紹介しています。それとは別で僕にもメールが来たんですけど「アルパカ文学賞なめてました」って言ったんですよ。
砂村:あはは。そうだったんですね。
内田:なめちゃいけないですよ、って言ったんですけど、「これまでの作品も読み直します」って。本当に、本読みがこの作品にしびれていて、『飛距離の長い青春』だけじゃなくて遡って読んでいる、まさに今注目の作家ですよ。ここにいらっしゃる皆さんは最前線にいるんで、鼻が高いですよ。
砂村:最古参の方々と言ってもいいですよね。
内田:そうですよ、先見の明があったことが証明されて、嬉しいですね。本当に砂村さんの作品は間違いがないですから。これからも我々のライフラインとして、いい物語をたくさん書いてくださいね。

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この後、質疑応答やサイン会を行い、和やかに会は終了しました。サイン会では参加された方々お一人ずつと、丁寧にお話しされていた砂村さん。暖かな雰囲気で第3回アルパカ文学賞ノミネートをお祝いされていました。
本読みの方々も絶賛の砂村かいりさん『飛距離の長い青春』、ぜひお手に取っていただけると嬉しいです。












