砂村かいりさんの新刊『飛距離の長い青春』は、医学部受験専門予備校で出会った三人の、浪人生時代からその先までを描いた青春小説です。文芸作品においてあまり光が当たらない人を描くのが自分の務めだと語る砂村さんに、予備校という特殊な場所で育まれた友情をテーマにしたきっかけや、執筆の裏側をうかがいました。
構成・文/瀧井朝世
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予備校生にも青春はあるはず
――新作『飛距離の長い青春』、胸が熱くなる物語でした。高校卒業後、再度の医学部受験を目指して予備校に通う三人の少年少女が主人公です。出発点はどこにあったのでしょうか。
以前、仕事で現役医学部生や医学部を目指す受験生と関わったことがありまして。それまでまったく知らなかった世界でした。たとえば、他に学びたい分野があるのに親が開業医だから後を継がなきゃいけない人がいたり、十浪以上している人がいたりして。自分の人生観を変えるほど衝撃的な体験でした。
それと、医学部を目指す人ではいわゆる宅浪は少なくて、予備校に通う人が多いんですね。予備校生という、高校生でも大学生でも社会人でもない、揺らぎのありそうな立場の人たちにも青春はあるだろうなと思って。文芸作品において普段はあまり光が当たらないところを書くのが自分の務めだと思っていたりするので、担当者さんとの最初の打ち合わせでそのアイデアを出しました。そしたら担当者さんの弟さんが現役のお医者さんだったんです。弟さんからインタビューをスタートさせて、現役の医大生や医師として勤務されている方にたくさん繋いでいただき、貴重なお話をうかがえたので、かなりリアルなものが書けたのではないかと思っています。
――予備校にも取材されたのですか。
はい。医学部、歯学部、薬学部、獣医学部といったメディカル系を受験するならここ、という予備校がありまして。そちらを見学させていただき、進路指導の方々にもお話をうかがいました。自分にとって、これまでで最もたくさんの方々に取材した作品になりました。
――主人公の千浩、睦、耕平はそれぞれ医学部入試に落ち、浪人を決めて通い始めた飯田橋の予備校で出会います。医学部を目指した経緯や事情はそれぞれ異なりますね。
できるだけ多くの方に身近に感じてもらえるよう、いろいろな立場の人たちを書こうと思いました。千浩のように、本人は文系で歴史が好きなのに親が開業医で後を継ぐよう言われて嫌々目指す人もいれば、耕平のように進学校で周りが医学部を受験するからなんとなく自分も目指したという人もいるし、睦のように親が勤務医で、自分の意志で医者を目指す人もいる。開業医と勤務医ではまた立場や環境が異なるということも書いておきたかったところです。
――最初のうちは三人とも予備校では友達がいませんでしたが、ある日路上で協力しあって人命救助したことをきっかけに、親しくなっていく。
千浩は受験生である間は友達とわいわいやるタイプではなく、親のためにやりたくない勉強をやっているので、自分の殻にこもっている。ずっと気を張っていたところに非日常的なできごとが起こって、誰かと連携する体験に心地よさを感じたんでしょうね。睦は無駄な時間を過ごしている場合ではないという、勉強への意気込みがあって孤高の存在であろうとしている。でも打算的な気持ちもあって、友達がいたほうがいろいろと助け合えたり情報共有したりできるんじゃないかと思っていたところにそのできごとがあり、他のふたりと口をきくようになったら思いがけず心地よかったんだと思います。
――耕平は千浩や睦とは違って、ちょっとチャラいですよね。実家が裕福で、頭も顔も運動神経もよいという。
漫画に出てくるような眉目秀麗で成績優秀でお金もある人って、本当にいるんですよね(笑)。耕平は東京の男子御三家と呼ばれる進学校で特に不自由もなく、内輪ノリの強いホモソーシャルな空間で雑に生きてきたところがある。それがいきなり男女混合の受験生だらけの場所に放り込まれたわけです。彼にとって千浩や睦はそれまで関わることのなかったタイプですが、たまたまチューニングが合うように、ふたりの良さを素直に甘受できたんでしょうね。耕平は自分のコピーみたいな人とは、上辺の人間関係しか築けなかったんじゃないかと思っています。

人格は、いろいろな経験を通してできあがってゆくもの
――タイプの異なる三人が良好な関係を育んでいく様子が、とても尊かったです。
限られた時期に出会って、非日常的な濃い体験をきっかけに仲良くなるのって、川を流れる笹舟がたまたま合流したようなものなんですよね。きっとそれぞれ別々の支流へ流れていくけれど、でも大海原で再会するかもしれない。取材した中で、同じ時期に一緒の予備校に通っていた仲間とは、合格した時期は違ってもその後もご飯に行っているとか、ずっと連絡を取り合っているという話をうかがったんです。予備校という特殊な場所で育まれた絆は簡単には切れないんだな、と。現役で合格した方には出会えない人だったり、見えない景色だったりというものがあるんだなと思いました。
――三人の家庭環境はまったく異なりますね。
いわゆる典型的な教育ママもいれば、無関心な親もいれば、プレッシャーをかけないと見せかけてかけている親もいる。そのあたりもバラエティー豊かになるように描いてみました。耕平はひとりっ子ですが、千浩のように年子の妹がいると、一浪することで同じタイミングで受験生になってしまうので、そこでも葛藤があるだろうなと思いました。睦の家族は、第一子の男の子が早くに亡くなり、医者の子として第二子に期待がかかったけれど、産まれてきたのは女の子だったという。睦のほうでそんな親の気持ちを汲み取ったわけですが、それをマイナスではなくプラスのエネルギーに変えて医者を目指していく、その精神力の強さは彼女の美点だと思います。
――受験生にもいろんな心の揺れがありますよね。友達のほうが模試の結果がよくて動揺したり、気晴らしのはずのゲームにはまったり、現役合格した友人のSNSを見て傷ついたり……。それと、予備校で恋人を作る子や、仮面浪人する子など、三人のほかにも様々な受験生が登場して興味深いです。
スマホやSNSなど雑多な誘惑に囲まれて生きている今の受験生は、何の情報にもとらわれずに勉強だけしていけるのか、と疑問に思っていて。浪人中自分の学力や精神力とひたすら向き合わなくてはいけないので、癒しや安らぎを求めたくなる人もいるでしょう。自分の世界に閉じこもって勉強できる人もいれば、他者と存分に関わりながら浪人する人もいるでしょうし、さまざまな浪人生活があるのだと思います。
――三人とも、それぞれ異なるタイミングで浮き沈みを体験していきます。
順調に見えていた者が思わぬ事態に足をすくわれたり、逆に困難に見舞われた者が意外な方面で安定の道を見つけたりと、人生は本当に何があるかわからないものです。「今がいちばん大事」という人も多いでしょうけれど、長い目で見れば、やっぱり今がすべてじゃないと思うんです。今いる場所や、今見えているものだけに悲観しなくていい。作中に「現役合格しなくてよかった」という言葉がありますが、この春から浪人が決まっている方にも、そう感じてもらえたらいいなと思いながら書きました。
もちろん予備校はお金がかかりますし、先が見えない状態なので毎日ハッピーとはいかないですけれど、一般的に持たれがちな印象ほど暗くて大変な場所でもなくて。意外と中の子たちはいきいきと過ごしていて、その後の人生を充実させていたりするんですよね。三人も予備校生活を通して、学業だけじゃなくて、社会的な成熟度を高めていきます。たとえば耕平だったら、浪人しなかったらプライドばかり高いままだったかもしれないですし。やっぱり人格って、いろいろな経験を通してできあがってゆくものですよね。
――日本は社会に出るまでみんな同じ年齢で進級・進学していくイメージがありますが、大人になると年齢差とか、現役とか何浪とかなんて全然関係ないですよね。
そうですよね。会社に入ったら年齢ではなく社歴が長い人が立場が上だったりしますし。学年と年齢の不一致なんて全然関係なくなるんですよね。今、浪人が決まったり多浪中だったりして苦しんでいる方も、いつか地平が開けて平和な場所に落ち着けるようにというエールをこめています。

特殊な環境を共有した、御守りのような存在
――やがて、彼らは毎日一緒にいるわけではなくなります。
友達って、ずっと一緒にいるのがいいとも限らないです。つかず離れずの関係だから長続きすることもあるし、物理的に離れたからといって、心の距離までできてしまうわけでもないですよね。特に、彼らのように、特殊な場所で一緒に特殊な体験をして、同じ目標を持って頑張っていた時期を共有する相手というのは、どこか御守りみたいな存在になりうるのかなと思っていて。
受験生でいる間は、友達と差がついて自分を惨めに感じたり、逆に優越感を持ってしまって気まずさをおぼえたりすることもあるかもしれません。でも、結局何年後かにはその支流がひとつの大海原に繋がって、みんな合流して同じ目線でまた語り合える日が来たりする。本当に、「今」だけじゃないよなって思いますね。
――しかも彼らの場合、全員が当初目指したものを叶えていなくても、また会いたいとお互いに思うところが本当によくて。
私も書きながらそう思いました。みんなと同じ成功をおさめなくてもいいんですよね。不測の事態で思わぬ支流に流れた人も、順風満帆だったら出会えなかった自分と出会えたわけですし。
――作中の「人は成長という名の変化をすることを期待されすぎなのではないだろうか」という言葉がすごく沁みました。
言葉で端的に表せる良い変化や成長だけが成功ではなくて、泥臭く手探りしていった先で自分の人生の安寧を得た人も、成功者といえると思います。社会的な実績を積んでいるかどうかだけではないんですよね。世間の評価軸というものがあまりに凝り固まっていると感じることが多くて、本人にとっての充実や幸福はまた違うんだということも書きたかったのかもしれないです、と、今お話ししながら思いました。
――最後に、タイトルにこめた思いを教えてください。
まず、青春ものだということをわかりやすく表してみました。既刊について、タイトルから内容を想像できないというお声をいただくことも多いので(笑)。それと、以前から「飛距離の長い言葉」という表現が私の中にあったんですね。相手からもらった言葉が自分の中でいつまでも飛んでいるみたいに感じられることが実生活でもあるので、本作においても、「飛距離の長い言葉をありがとう」という台詞を入れようと思っていたのですが、忘れてしまって(笑)。でも三人で過ごした時間自体の飛行が長く続いていくということで物語がまとまったので。いつかは緩やかに下降していくんでしょうけれど、今はまだ飛んでいる。その時間、その関係の尊さをこめたタイトルになっています。
(小説幻冬5月号より転載)












