僕は頭がおかしくなっていた。これは2026年4月18日のお話。
急遽休みができたので、なんとなく川サウナ(テントサウナ)に行きたくなって後輩たちを誘った。川サウナというのは大自然の中にテントが立ててあり、そのテントでサウナができる。そしてそのまま前に流れている川に飛び込み、川の音や鳥の鳴き声を聞きながらととのう。というやつだ。
場所は神奈川の山の方で、本来ならレンタカーを借りて行くような所だったのだが、その施設はバーベキューもセットになっており、僕はお酒を飲みたかったので、電車とバスを駆使して近くのスーパーまで行き、そこからタクシーで20分で行こう、と考えていた。
朝の8時半に都内の某駅に集合した。4人で行くことになったのだが、僕らは職業柄そんなに早くに起きることは毎日ではなく、後輩たちには休みの日に早起きをさせてかなり申し訳ない気持ちもあった。その分めいっぱい楽しんで帰ろう! と意気込んでいた。
電車で40分、バスに乗り換えて30分。順調に目的地へと進んでいた。進むにつれて自然の景色が広がっていき、まるでこの後の僕たちのかけがえのない体験を予感させるようだった。
そしてこの間もずっとみんなで会話していたので、体感の時間は半分くらいだった。
そしてバスを降り、遂にスーパーに着いた。そこは田舎のスーパーという感じで駐車場が広く、店の外には「炭500円」とか、「薪1000円」とか、まさにこれからアウトドアを楽しむ人たちをターゲットにもしていた。向かいにはホームセンターがあったり、ちょっと渋いアウトドアの店があったりして、僕らはそれらを見るだけでもテンションが上がっていた。
店内に入ると、まず肉のコーナーに一直線。牛や豚、鳥、これでもかという量の肉をかごに入れた。そしてそれらを引き立たせる調味料や〆の焼きそば、そしてお酒もこれでもかという6人分くらいの量をかごに放り込み、よし、あとは外に並んでた炭と薪を持ってきたあたりで、気付いた。あ、タクシーを呼ぶのを忘れていた。タクシーを買い物前に呼ぶと待たせてしまうかもしれない為、途中で終わりの目処が立ったくらいで呼ぼうかと思っていたので少しやってしまった感はあったが、時計を見ると10時半。16時くらいまで楽しめる施設だったので、余裕をこいてタクシーアプリを開いた。タクシーアプリというのはタクシーを呼ぶボタンを押すと、そこに迎えに来る予想の時間を教えてくれる。
【約60~125分後に乗車】
は?
え? ちょっと。え?
は?
え?
あ……
は?
となった。
その周辺はタクシーが通っておらず、タクシーを呼ぶには60~125分かかるとのことだった。
そして僕はこのアプリを使い慣れてるから分かるが、この表記の場合は125分以上かかるのだ。
僕はそのことをみんなに説明し、各々が代案を調べ出した。
僕はすぐさま近くのタクシー会社に電話した。
反応はことごとく、あぁ、そっちの方にはいませんね~。
である。
この先はタクシーで行くプランを立てていたが、そこはタクシーは捕まらない場所だったのだ。
いや、
今思うとそりゃあそうである。
タクシーというのはもちろん車に乗っていない人をターゲットにしている訳で、電車も通っていない田舎、ほとんどの人が車で移動しているような町である。
タクシーがその辺にいても儲かる訳がないのだ。
これはアホなことをしてしまった。と反省している暇はない。
次の手段を模索しないととなり、スマホで周辺を調べていた。
すると、1人が『バスなら12時から出るみたいです!』
と教えてくれた。
その情報だと、スーパーの前のバス停からバスが12時から出ていて、そこから1時間かけて13時に現地に着くとのこと。
ただ今は10時45分くらい。
せっかく早起きしたのだ。出来ればそのロスは避けたい。
ただ、最悪そのバスで現地には行ける。それより早く行く方法を考えよう。
という方針になった。
が、ふと周りを見るとスーパーの店員のおばちゃんたちに相談している後輩がいた。
そのおばちゃんたちは、田舎の人たち特有の優しさというか、他人の僕たちの相談をすごく親身になって心配しながら聞いてくれていた。
その時、おばちゃんの1人がこちらに歩いてきた。その直後、とんでもない言葉が発せられた。
『お兄ちゃん……そのバス、もう今は平日しか出てないのよ。』
は?
え?
ええ?
あ……
へぇぇぇぇ!?
となった。
この日は日曜日である。
これで最悪13時には着けるという妥協案は絶たれた。
最悪、いけない。
車で20分かかる距離で山道である。バーベキューの食料を持ってることを考えても歩くのは論外だ。
タクシーアプリを見ると「見つかりませんでした」という文字。これは、もうこのアプリではこの区域には呼べません。という意味を孕(はら)んでいる。
ここからでもレンタカーはないのか!? とスマホで調べる……
と徒歩20分のところにレンタカー屋があった。
起死回生の望みをかけすぐさま電話する。
『もしもし、○○レンタカーです。』
イントネーションから察するには外国人であるらしかった。
『もしもし、今から車借りられませんか?』
『はい、お調べします。』
あるかもしれない。そうすれば僕がお酒を飲むことは諦めれば良いだけである。この際お酒が飲めるか飲めないかは大した問題ではない。後輩を朝早く起こして遠くに連れてきた先輩の面子にかけて、ここはなんとしてでも川サウナとバーベキューを楽しんでもらいたい。
『お待たせしました。えー車は15時に戻ってきますので15時からでしたらお貸しできます。』
終わった。
『……あの……それまではお車は一つもないですか?』
『はい、全てレンタル中で、一番早くに返ってくるのが15時になります。』
……15時では遅い。16時にバーベキューとサウナの火を消さないといけない。
終わった。
もう、終わったんだな。
という気持ちを、自分の中の“何か”が押さえつける。
僕はその“何か”に乗っ取られたかのように、とんでもないことを言い始める。
『すみません……スタッフさんの車を貸していただいたりは……できませんか? あの、お金は払うので……』
そう、あり得ないことを言い始めたのだ。
ただこれは僕の意志ではない。
“何か”に乗っ取られているのだ。
そのスタッフさんはおそらく何を言われているのか理解が追いつかず、
『はい、一番早く返ってくる車が15時になります。』
変な奴にはマニュアルで返すという、指導が行き届いていた。
僕は分かりましたと電話を切り、万事休すか。とスーパーを出て外の大自然の空気を吸っていた。本来なら美味しいとか気持ち良いとか思うであろうその空気はびっくりするくらい味がなかった。
そんなことをしてる暇はない。と踵を返そうとした時、ホームセンターが目に留まった。見たことない名前のホームセンターである。
ここで思い出した。
ホームセンターは大きな買い物をした時(物理的に)、運ぶ為の軽トラックが借りられる。
そう、僕は頭がおかしくなっているのだ。
ホームセンターの軽トラで、買った物を運ぶついでに引っ越しをした同期を思い出したのだ。
ここで炭や薪を買って、軽トラを3時間借りられないか……
僕は頭がおかしくなってるのだから正常な判断ができていないことをなんとかお許し願いたい。
目の前を通り過ぎようとしていた店員さんに声をかけた。胸の名札には「店長」の文字。
『すみません、お伺いしたいんですけど……ここって軽トラの貸し出しってやってますか?』
『はい。してますよ。』
来た。
『お借りしたいんですが。』
『貸し出しの時間は1時間ですがよろしいでしょうか?』
『……』
そりゃそうである。
1時間だと往復しか出来ない。
『あの……相談があるんですが……』
頭がおかしくなっている男が口を開いた。
『3時間くらい貸していただけないでしょうか? その分買い物はしますので……』
『え? え……あぁ、すみません、こちらは1時間しかお貸しできないんです。』
当たり前である。次に借りたい人が借りられなくなってしまう。
申し訳なさそうにしてくれたのが申し訳ない。
僕が運転してみんなを送り届けて帰ってくるか……
それなら僕以外は川サウナを楽しむことができる。
とこの時は思っていたのだが、よく考えると軽トラはおそらく2人乗り、真ん中に乗れても3人乗りである。
僕は険しい顔をしていたのかもしれない。
『ちょっと待ってくださいね。』
何かを察した店長は奥へと引っ込んでいった。
?
え?
もしかして……
車貸してくれるの?
店長?
2~3分後に戻ってきた店長。見ると若い大学生くらいの男性スタッフを引き連れていた。
『この子が13時に上がるんですけど、そこからで良ければ送ってくれると言ってます。』
『はい、途中でガソリン入れないとですが、全然!』
やばい、泣きそうだ。店長、僕らが軽トラを本来と違う目的で借りようとしたのにもかかわらず、全てを察してスタッフにお願いしてくれるなんて……
『ほんとですか! ではお願い……』
くらいで別行動していた後輩から電話がかかってきた。
『ちょっとすみません……』と断りを入れて電話に出ると、
『送ってくれる人見つかりました!』
という声。
この声、今まで聞いたどの声よりも明るかったかもしれない。
『産まれました!』
くらい明るかったのではないだろうか。
僕は店長と若い店員さんに状況と感謝を伝え、後輩の元へ走った。
送ってくれる方はおそらく50代くらいの男性で、仲間とキャンプに行く途中らしい。僕らが行きたい方向と同じ方向らしかった。
喫煙所で煙草を吸っておられるところを後輩が
『あの……どちらに行かれるんですか?』
と声をかけたらしい。
後輩も頭がおかしくなっていたのだろう。
その方、鈴村さん(仮名)は談笑を交えながら山道を慣れた手つきで運転し、僕らを送ってくれた。
すごく楽しく、大人の優しさに包まれながら、僕たちはすごく温かい気持ちになっていた。
しかも、
それだけではない。
そう、それだけではない。
鈴村さん(仮名)の友人の方が、帰りに駅まで送ってくれる。と言うのだ。
駅までは片道50分である。
いや、
ちょっと、
なんだこの気持ち。
人生って良いなというか、人間って良いなとか。
僕らは初めて思いやりを知った怪物のような気持ちになっていた。
この鈴村さん(仮名)に感謝するのはもちろんだが、
スーパーのおばちゃんたち、ホームセンターの店長や若い店員さん、
なんか、
みんな良い人だったなぁ……
こんなに頭のおかしい僕らなのに
と。
そう、
僕らは、
ととのっていた。
うん、
行きの車で、
ととのってしまった。
ととのうってこういうことなんだ。
ととのうことに、
サウナも、川も、いらないんだ。
とか思いながら、
サウナとバーベキューを死ぬほど楽しんだ。
この場を借りて、皆様本当にありがとうございました。
頭がおかしい奴らより。
クロスロード凡説

「ネタにはしてこなかった。でも、なぜか心に引っかかっていた。」
そんな出来事を、リアルとフィクションの間で、書き起こす。
始まりはリアル、着地はフィクションの新感覚エッセイ。
“日常のひっかかり”から、縦横無尽にフィクションがクロスしていく。
「コント」や「漫才」では収まらない深掘りと、妄想・言い訳・勝手な解釈が加わった「凡」説は、二転三転の末、伝説のストーリーへ……!?










