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彼方からの手紙

2026.04.28 公開 ポスト

一口ぶんの思い込み清水ミチコ/光浦靖子

イルカといえば、光浦さんとはよく海外にも行ったもんでしたね。グアム、ハワイ、フィジー、オーストラリア、台湾、一昨年行ったバンクーバーもそうですが、指をおる前にオットより多く一緒に旅行してるのがよくわかります。夫婦で行くと、当然オットにも合わせるので、全体的に地味になりがちなのですが、なんで女性同士って成田からもう明朗! 開放感! って感じになるんですかね。だいたい旅先で浮かれられない、はしゃげないってのは、もともとの男性性から来てるのかもしれません。

私は幼い頃からずっと、ああ男に生まれればよかったなあ、何もしないでいばってられて、なにかにつけて優遇されてて、幼い頃の男児などはすぐにふざけ始める。特にウチの実家では他人から娘が面白い、変わってると思われることにやたら劣等感・恐怖感を持ってたらしく、笑われたらダメ指令が強かったので、絶対、男の方が得じゃん! と思ってたのです。

が、大人になるにつれて考えが変わってきました。中年以降の人生についてくる、この女性特有の明朗さ、軽快感と引き換えだったのですね。だったらお安いご用だったな、という。

飛騨高山という観光地で生まれ育った私は、たくさんの旅行客を見てきました。高校時代は実家のジャズ喫茶でバイトしながら、(これは名古屋の人だな)とか、(こちらは関西仲間だね)(このセンス、絶対東京人!)など、都会の人を見ては勝手に決めつける想像が楽しかったです。

その時ですら、おばさん集団の周りには笑いのオーラが満載で、楽しそうな旅行でいいな、高山を楽しんでるみたいで嬉しいなあ、でした。おばさんは笑いが好き、おじさんは深刻さが大切。そんなイメージが今でもあります。

そういえばその当時、お客さんで一人、必ずコーヒーなど(一口分を残して帰る)という常連さんがいたことも忘れられません。「また残してる」。あまりにも必ずのことなので、母と(あれは何のメッセージなんだろ?)とよく噂してました。(量が多すぎますよ)、という意味かもしれないと思って、ほんの少し減らしめにカップに入れてみたのですが、それでも必ず一口ぶんは残して帰られるのです。これは偶然じゃない。確信とみた。(おまえんとこの味に一言言いたいんだよ!)という静かな苦情なのか、あるいはコーヒーではなく、自分の印象みたいなものを残して立ち去りたいとか? 

その方はいわゆる二枚目だったのですが、顔の出来高以上に自意識がもっと高く、(ふっと目を細めたシブい役者みたいな感じ)をちょいちょい出すタイプだったんです。(このヒトは鏡の前でよくこの顔を作ってはながめてるんだろうな)と思ってました。ある日その人が、彼女らしき女性と一緒にやってきたことがあったそうで、二人の会話をちらっと聞いてしまった母が、「残す理由がやっとわかったわ」と笑います。「ビールだってなんだってそう。最後の一口まで飲んじゃうと、縁起が悪んだよ」と、真剣なトーンで彼女を説得してたという。(そんな出鱈目なジンクスねえわ!)と、今なら思いますが、つくづく人には色んな考えが根づいているものであり、さらに思い込みというのはすごいものなんだな、と深く悟ったことがありました。

何かを強く信じてる人には、踏み込んじゃいけない世界があって、ましてや笑ってはいけないイノセントな感じが漂うのは不思議です。昔のサーカスなんかの話でも、(自分は足に鎖が繋がれてるから動けないもの)と思い込んでるゾウが、鎖から解放されたというのに全く逃げないし、動かない。見えない鎖にずっと縛られている、という切ない話を聞いたことがあります。アホだなあ、とは言えないですよね。人間も何かに盲目的なこと、無意識に縛られてることは誰にもありそうです。

彼氏が暴力を振るうけど、私がいなくちゃダメになるから、と別れられないというDVの謎の話も昔からよく聞き、なぜかあとをたちません。もしも「思い込みをなくす薬」が出たら、おそらく自殺もほぼなくなると思います。本当に私たちはいい方にも悪い方にもすぐ思い込むようにできているんですから。

私の光浦さん語録でいうと、「年に数回は海に全身浸からないと心がケガレてしまうで」です。こういう人には汚れてないってば、とどんなに言ってもダメなので、そんなもんで取れるようなヨゴレなら気にすんなよ、くらい強めの方がいいかもしれません。

ついでに関係ない話かもだけど、車を買い替えた時に、「後部座席用のクーラーも左右につけてくださいね」とお願いしたところ、ディーラーの男性からマネージャーあてに「つけない方がいいのではないでしょうか?」と、言葉少なに何度か言われ、普通セールスだからむしろ押しつけてもよさそうなものなのに、と思いながら「あのう、なぜなのでしょうか?」と尋ねてみたら、「清水さんの鼻が乾くと思うんです。」と、独特なことを言われたそうです。笑いました。何をどう曲解されてるのでしょうか。

夏がくるたび、そんな忘れられない会話を思い出します。来年までに、光浦さんの鼻も乾いてませんように。

【シミチコNEWS】「清水ミチコのHAPPY PARADISE」、全39公演無事終了。参加してくださったみなさん、ありがとうございました。最後の那覇公演後、恒例の所ジョージさんの沖縄別荘をお借りしての打ち上げ。いつもありがとうございます。

 

関連書籍

清水ミチコ『カニカマ人生論』

すぐに「気負け」して泣いてしまう少女の頃の笑えて切ない思い出。永六輔さん、タモリさんはじめたくさんの大切な人たちとの巡り逢い。自分の弱さやセコさにぶち当たりながらも、日常の些細な面白みを慈しみつつ、「若い頃よりクヨクヨしなくなった」と思えるようになるまでの様々な出来事。武道館を沸かせる国民の叔母(自称)の、自伝エッセイ。

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彼方からの手紙

清水ミチコさんと光浦靖子さんが月1回手紙を送りあうリレーエッセイ

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清水ミチコ

岐阜県高山市出身。1986年渋谷ジァンジァンにて初ライブ。1987年『笑っていいとも!』レギュラーとして全国区デビュー、同年12月発売『幸せの骨頂』でCDデビュー。以後、独特のモノマネと上質な音楽パロディで注目され、テレビ、ラジオ、映画、エッセイ、CD制作等、幅広い分野で活躍中。著書に『主婦と演芸』『「芸」と「能」』(共に幻冬舎)、『顔マネ辞典』(宝島社)、CDに『趣味の演芸』(ソニーミュージック)、DVDに『私という他人』(ソニーミュージック)などがある。

光浦靖子

1971年生まれ。愛知県出身。幼なじみの大久保佳代子と「オアシズ」を結成。テレビやラジオで活躍する一方、手芸作家、文筆家としても活動。著書に『ようやくカレッジに行きまして』『ようやくカナダに行きまして』『50歳になりまして』『お前より私のほうが繊細だぞ!』『傷なめクラブ』など多数。2021年8月よりカナダに留学。現在は、就労ビザを取得し、カナダで生活を続けている。(写真:山崎智世)

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