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一寸先は闇

2026.04.25 公開 ポスト

第9回

アメリカ幻想は完全に崩壊した五木寛之(作家)/佐藤優(作家・元外交官)

昭和100年目の2026年、二人の時代の目撃者が〈激動の昭和〉と〈混沌する今〉を射抜いた新書『一寸先は闇』を緊急出版。これまで以上に、予測不能かつ瞬時に変貌する世界情勢の中で、変わらぬもの、変わるべきものとは何か。混沌を生き抜く勇気が灯る本書から、一部をご紹介します。

*   *   *

粗野で下品な国際政治

佐藤  でも五木さんがおっしゃるとおり、この問題は世界情勢と関係があるんです。プーチンのロシアは、アングロ・アメリカ的なLGBTQ+(エルジービーティーキュープラス)(性的少数者を指す総称。レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー、クエスチョニング/クイアのこと)の考え方に反発していますし、中東諸国も男女同権ではありません。モスクワやドバイなどにマッチョクラブが登場することはあり得ないでしょう。そしてアメリカも、トランプ政権になってからは反LGBTQ+的な姿勢を強めています。

五木  たしかに、それはいまの世界の変化を象徴しているのかもしれません。僕が得られる情報にはかぎりがありますが、国際情勢を見ていると、とんでもない世の中になってきたという実感があります。僕は天下国家のことなんてあまり考えることがないけれど、ロシア-ウクライナ戦争やガザの問題、そしてトランプの再登場。日本は東洋の片隅で孤立しているわけにはいかないな、とつくづく思いますね。とてつもなく粗野な世界になりつつあるように感じます。

佐藤  アメリカの政治家は、たしかに粗野になりました。マルコ・ルビオ(1971年~)という国務長官とトランプは、いまでこそ仲良くしていますが、2016年の大統領予備選挙のときは共和党候補の座をめぐって大喧嘩してるんですよ。その中身がひどい。ルビオがトランプに「あなたは体は大きいけど、手は小さいですね。手の小さい人が、世の中でどういわれてるか知ってますか?」と挑発したんです。そうしたらトランプは「手が小さい奴はナニも小さいって話だろ? 心配するな、オレの持ち物は人並だからな」。

五木  粗野というより野卑(やひ)かつ下品きわまりない時代ですね。

佐藤  アメリカの歴史の中で、大統領予備選挙でペニスの大きさが争点になったことなんかないですよ。まさに規格外の人たちが出現したんです。2025年2月28日にホワイトハウスで行われたゼレンスキー大統領との会談も、ある意味で規格外でした。

五木  テレビカメラの前で喧嘩になったやつですね。

佐藤  あのときのトランプとJ・D・ヴァンス(1984年~)副大統領の態度は、ほとんどマフィアでした。

「大した手札も持ってねぇくせに、第三次世界大戦を賭けたギャンブルなんてしてんじゃねぇぞ」「しかもオレたちに、礼のひとつもありゃしねぇ」「プーチンはバイデン(1942年~)との約束は守らねぇが、オレとの約束は守るんだ、だからガタガタいうんじゃねぇ」。『仁義なき戦い 代理戦争』(1973年、深作欣二(ふかさくきんじ)監督)みたいでしたよ。

いまの世界を見るには、鶴田浩二(つるたこうじ)(1924年~1987年)が主演した『博奕(ばくち)打ち 総長(そうちよう)賭博(とばく)』(1968年、山下耕作(やましたこうさく)監督)も参考になるかもしれない。トランプ大統領とプーチン大統領の総長賭博みたいなことになっているんです。

帝国主義の政治とはそういうもの。力と力の関係でしかない。だから政治が暴力団化しているんです。その総長たちのほかに、中国には習近平(しゆうきんぺい)(1953年~)親分、北朝鮮には金さん一家がいるし、イランのハメネイ(1939年~)親分やイスラエルのネタニヤフ(1949年~)親分もいる。それが世界の主流になりつつある中で、ヨーロッパを中心とする「暴力団排除運動」がどこまで戦えるか。

※対談は昨年中

アメリカ幻想は完全に崩壊した

五木  日本のメディアはわりと冷静に受け止めているけど、トランプの登場は本当にとんでもないことだと思うんですよ。まるでマンガみたい……なんていうとマンガに失礼だけど(笑)。「こんなことがあっていいのか?」とビックリするようなことが大手を振ってまかり通っている。「トランプのやることだからしょうがない」などと諦あきらめ顔で苦笑していていいのかと思います。

佐藤  僕もそう思います。しかし、いまのアメリカにはトランプの演説を聞いて「いい男だ」と感じる人間が多いんでしょう。「オレは低学歴の人が好きなんだ。高学歴の連中はいい気になって金儲けしてるけど、みんなは工場で汗を流して働いて、仕事が終わったら缶ビールをキュッと飲むだろ? あの幸せを共有できるアメリカにしたいんだよオレは」。そういうところに惚れちゃうアメリカ人が大勢いる。

五木  この10年ぐらいのあいだに、アメリカに対して抱いていた幻想が完全に崩壊しました。これは戦後の長い歴史の中でも、いちばん大きな出来事だと僕は思います。

もちろんアメリカには暗黒面があることを承知しながらも、アメリカンデモクラシーに基づく市民社会のあり方や日常生活のユーモアとウィット、あるいは音楽や映画など、あの国の文化に対しては、どこの国の人々も敬意を払っていました。東ヨーロッパなんかの若い連中でさえ、かつてはみんなケネディのバッジをつけて歩く時代がありましたからね。

いま若いサラリーマンがスーツの上にリュックサックを背負ってるのも、『スーツ』というアメリカのテレビドラマ(2011年~2019年、USAネットワークでシーズン9まで放送された)の影響だよね。あのドラマには、かつての良きアメリカのビジネスマンの姿がよく描かれていました。

でも、あれはもはや郷愁のドラマだと思います。いま僕らの目の前には、アメリカのどうしようもない面がさらされていますよね。その、アメリカのどうしようもない面が非常に拡大・誇張されて、具体的に見えてきているわけで。まだ美点も2割ぐらいは残っているけど、アメリカに対する幻想というのは壊れました。

僕自身も、かつてはアメリカに憧れていました。それこそジョン・F・ケネディの父親(ジョセフ・P・ケネディ、1888年~1969年)は禁酒法時代(1920年~1933年)にマフィアと組んで酒の密輸で荒稼ぎした人物ですが、その子どもでも大統領になれる国はすごいと思っていました。だから、若いときアメリカに留学できなかったことはものすごく残念だったんです。

だけど、いま目の前にあるアメリカは惨憺(さんたん)たる有り様ですよね。まだアメリカには余力があるので、アメリカの「現実」が崩壊したとはいいません。でも、アメリカに対するわれわれのイメージが完全に変わってしまいました。だって、アメリカの民主主義から専制者が出てくるなんて、ふつうに考えたらあり得ないでしょう。「ポピュリズムの台頭」といわれますけど、そんな簡単なことじゃないような気がしますね。

佐藤  アメリカの伝統的なエリートが潜在力を使い果たしちゃったから、トランプが出てきたんだと思います。トランプは、混乱の原因ではなく、結果ですよ。アメリカの構造が生み出しているので、トランプがいなくなっても、また次に同じような人が出てくるでしょう。

ただ私は、バイデンたちよりはトランプのほうがかなりマシだと思います。少なくとも戦争はやめてくれますから。民主主義とか人権とかアメリカ型の価値観はもうお腹いっぱいだから、アメリカの中だけでやってくれればいい。とにかく、戦争をしないことが第一です。中国は中国、ロシアはロシア、日本も日本の道を行けばいいんです。

ともかく、いまはアメリカのほうに余裕がないんです。アメリカがロシアのテレビ放送を遮断しているくらいですからね。あのアメリカが文化を遮断してしまうというのは、自信を失いつつある証拠です。

アメリカに依存した「戦後の昭和物語」の終焉

五木  音楽から映画から、ありとあらゆるカルチャーでアメリカがひとつのモデルだった時代が、ずっと続いていた。だから、どんなにアメリカの悪口をいっても、その背後には、アメリカに対する尊敬や憧憬(しようけい)があった。

それがいまは、「見せかけだけは立派だけど中身は空っぽの巨大なビル」のように感じられます。アメリカという国の実態は別にして、そういうイメージになっていることが問題なんですよ。世界中の大衆がアメリカに対して抱いてきたイメージが崩れてしまった。

はっきりいって、昔は「アメリカ」という言葉自体が光を放っていたんです。「アメリカではこうだ」といわれたら、「そうなのか」と納得してしまうぐらいでした。僕なんか、アメリカに留学した人や、アメリカの大学で教鞭(きようべん)をとったことのある人と会うと、それだけで「すごい人だな」と思ったものです。しかし、いまのアメリカはまったく光を放っていませんよね。

佐藤  日本の大学で落ちこぼれちゃったから、アメリカに行って「学歴ロンダリング」でもしてるんじゃないの? という感じですもんね。アメリカとカナダの教育はほとんど一緒だけど、アメリカの大学の授業料は1200万円(州立大で4年間、私大はさらに高額に)で、カナダは250万~500万円ですからね。だったら絶対カナダに行ったほうがいい。

五木  もちろん、ハーバード大学などがトランプ政権に抵抗しているのはわかります。そういう大学は、アメリカ建国以来のエリートの役割を背負って戦っているんでしょうから。

でも、僕らの目にはアメリカそのものが色褪(いろあ)せて見える。アメリカの本質が変わったといいたいわけではないんです。もう、見た目がおじいちゃんになってしまった(笑)。そんな感じがしてならないんですよ。

佐藤  たしかに、いまの日本の高校生や大学生には、かつてのアメリカが放っていた輝きは、わからないかもしれません。

五木  野球のメジャーリーグは、アメリカ国民にとってシンボルだった。でもその野球の人気も低落の傾向をたどっています。そこに救世主として登場したのが大谷翔平でしょう。大谷人気で、メジャーリーグがかなり勢いを取り戻した。日本選手が大活躍するのはアメリカにとって残念なことなのに、彼が救世主だから、球界からジャーナリズムまで、みんな大谷の足を引っ張らずに盛んにバックアップしてるんじゃないのか。

佐藤  明らかに、野茂英雄(のもひでお)(1968年~)や松井秀喜(まついひでき)(1974年~)のときとは扱い方が違いますよね。

五木  さらにメジャーリーグは韓国や日本で開幕戦をやったりもして、必死ですよね。国技である野球自体が、もうアメリカの中で色褪せてきてる。

佐藤  対米戦争に負けた日本は、「戦後の昭和」になるとアメリカの威光に依存してやってきました。アメリカに追いつき追い越すことを目指してきたわけですが、そういう「大きな物語」が終わりに近づいていることは間違いないでしょうね。

 

※次回は4月28日(火)公開予定です。

関連書籍

五木寛之/佐藤優『一寸先は闇』

2025年12月25日――昭和が始まって100年目となった。「激動の昭和」といわれながらも戦後はどこか無自覚な平和(=戦争のない状態)が80年続いた。が、今やルールとパラダイムは完全に変わった。世界情勢は予測不能となり、かつ瞬時に変貌するのだ。その中で、変わらぬもの、変わるべきものは何か。民衆大衆の地から「虫の目」で見上げる五木寛之氏と、歴史を俯瞰する「鳥の目」を持つ佐藤優氏が、縦横無尽に語り合う。とくに「昭和の最初の20年」を追体験でき、日本の限界を知る寄る辺となる多面的歴史篇。希望と激励の書。

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一寸先は闇

これまで以上に予測不能かつ瞬時に変貌する世界情勢の中で、変わらぬもの、変わるべきものとは何か。二人の〈時代の目撃者〉の視点から、昭和の戦前・戦中を追体験できる多面的歴史篇。

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五木寛之 作家

一九三二年福岡県に生まれ。生後まもなく朝鮮にわたり四七年引き揚げ。五二年早稲田大学露文科入学。五七年中退後、PR誌編集者、作詞家、ルポライターなどを経て、六六年「さらばモスクワ愚連隊」で小説現代新人賞、六七年「蒼ざめた馬を見よ」で直木賞、七六年『青春の門 筑豊篇』ほかで吉川英治文学賞を受賞。二〇〇二年、菊池寛賞を受賞。『戒厳令の夜』『ステッセルのピアノ』『親鸞』(毎日出版文化賞特別賞受賞)、『大河の一滴』『他力』『百寺巡礼』『大河の一滴 最終章』など話題の著書多数。日本藝術院会員。

佐藤優 作家・元外交官

一九六〇年生まれ。作家・元外務省主任分析官。同志社大学大学院神学研究科修了後、外務省入省。在露日本大使館勤務等を経て、国際情報局分析第一課主任分析官として活躍。二〇〇二年背任等の容疑で逮捕、〇九年上告棄却で懲役二年六カ月(執行猶予四年)の判決が確定。一三年に執行猶予期間を満了し、刑の言い渡しが効力を失う。『国家の罠』(毎日出版文化賞特別賞受賞)、『自壊する帝国』(新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞受賞)、『先生と私』『十五の夏』『プラハの憂鬱』『いま生きる階級論』『定年後の日本人は世界一の楽園を生きる』など著書多数。

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