昭和100年目の2026年、二人の時代の目撃者が〈激動の昭和〉と〈混沌する今〉を射抜いた新書『一寸先は闇』を緊急出版。これまで以上に、予測不能かつ瞬時に変貌する世界情勢の中で、変わらぬもの、変わるべきものとは何か。混沌を生き抜く勇気が灯る本書から、一部をご紹介します。

五木 それにしても、いまだに沖縄では米兵による暴行事件が起きますね。基地問題そのものが、本土復帰以降、何も変わっていないようにも見えます。現時点での沖縄の問題は、佐藤さんからはどのように見えていますか。
佐藤 私はこういうことだと思うんですよ。差別について考えるとき、大部分の人は、いわゆるマルクスのユダヤ人差別論(マルクスが1843年に発表した論文「ユダヤ人問題によせて」)をベースにしてしまいます。ユダヤ人とキリスト教徒が政治的に平等になっても、経済的な格差や結婚を避けるような、社会的な差別は残った。これがマルクスのユダヤ人差別論です。
では沖縄はどうかというと、かつては沖縄人お断りのアパートがあったり、結婚を嫌がられたりしましたが、そういう差別はほぼなくなりました。経済的にも、もはや沖縄は劣っているとはいえないでしょう。ところが沖縄には、政治的な差別だけが残っている。そういう不思議なケースになっているんですよ。
五木 なるほど、マルクスのユダヤ人問題とは逆なんですね。
佐藤 そうなんです。その政治的差別とはどういうことかというと、日米同盟(1960年~)が重要だというなら、本土も沖縄と同じぐらいの負担をしなきゃいけないはずでしょう? ところが沖縄の基地負担率はどんどん増えています。沖縄が日本から切り離されていた1952年は、米軍専用施設は本土が90%、沖縄が10%でした。それが1972年の沖縄復帰のときは本土が55%、沖縄が45%となり、いまは沖縄が70%、本土が30%なんですよ。本土の基地がどんどん減って、沖縄の基地がまったく減っていない。
しかも普天間で問題になっている海兵隊(海から陸に上陸して戦闘する部隊)は、じつは戦後は沖縄にいなかったんですよ。あれは岐阜と山梨にいたんです。その海兵隊が、本土の反基地闘争が激しくなったせいで、返還前でまだ日本国憲法が施行されていなかった1950年代に沖縄に移ったんですね。そういうことを、沖縄の側は覚えていますけど、本土の人は忘れてるんです。
五木 たしかに、そうですね。
佐藤 たとえば、トイレ掃除はみんなやりたくないけど必要ですよね。誰かがやらなきゃいけない。だから当番制にするわけです。1952年の時点では、沖縄君のトイレ当番は月3日でした。それが1972年には2週間になっていたんです。そして現在は3週間にまで増えている。では、どうして沖縄君のトイレ掃除が多くなったのか。「席がトイレに近いから」というのが、いまの本土側の理屈ですよ。そうやって地政学的要因を振りかざされても、沖縄は納得しません。
ところが学級会で「沖縄君のトイレ当番を減らすことに、賛成ですか反対ですか?」と多数決を採ると、沖縄君を除く全員が「いまのままでいいと思いまーす」という意見に賛成の手を挙げる。そうやって政治的な差別が構造化しているわけですが、差別をしている側は、自分たちは民主的で差別者であるという意識はないんですね。で、それを指摘されると怒るんです。あるいは黙ってしまう。そういうのを「権力者的沈黙」というんです。
五木 なるほど、権力者的沈黙か。権限を持っている側は、黙ってやりすごしていれば現状維持できますからね。
「寺」のない沖縄の宗教
佐藤 そういう、本土と沖縄との関係が端的に表れるのが、私の本の売れ行きなんですよ。沖縄関係の本だけは売れないんですが、それは本土での話。沖縄ものは配本のパターンが特殊なので、刷ったうちの9割は沖縄県に配本されるんですね。沖縄では売れるので、ちゃんと損益分岐点を超えるんです。
大城先生の『小説 琉球処分』(1968年初版)も、私の解説をつけて2010年に講談社から復刻したんですが、売れた6万部のうち4万8000部が沖縄県でした。
五木 それはすごいね。いまどき、小説がそんなに売れることはあんまりないでしょう。
佐藤 人口比でいうと、当時ベストセラーになっていた村上春樹(1949年~)の『1Q84』(2009年、新潮社)以上に売れた計算になるんですよ。だから沖縄は、いまだに日本の中では一種の異国なんです。
五木 僕は返還のとき文春の仕事で沖縄に行って、エッセイみたいな形で何本か書いたんだけど、あの時代はまだ沖縄に関する知識がほとんどなかったんです。その後、歌手の古謝美佐子(1954年~)さんなんかとつきあうようになって、再三にわたって沖縄に行くようになりました。竹富島などにも行くようになってわかったんですが、沖縄の中でも、本島と離島のあいだには一種の差別があるんですよね。
佐藤 そうですね。宮古、石垣、竹富の人たちは、本島に行くことを「沖縄に行く」といいますから、自分たちの島を沖縄だと思っていないんです。琉球弧(奄美諸島から沖縄本島、八重山諸島までの、弓状に連なる島々)ではあるんだけど。
五木 僕が行ってたころは、竹富島にはホテルも何にもなくて、知り合いの民家に泊めてもらったりしていました。そういう離島を旅してビックリしたのは、お墓です。離島の生活水準とはかけ離れているような立派なお墓が多くてね。基本的にお寺がないのも沖縄の特徴だと思いました。
佐藤 そうですね。戒名もないから、「トートーメー」と呼ばれる位牌には故人の実名が書いてあります。
五木 一カ所だけ本願寺系の小さな事務所みたいなものはあったけど、寺がないというのは僕にとっては新鮮な感覚でしたね。沖縄は在地の宗教なんですか。
佐藤 在地の宗教です。一種のアニミズム、もしくはシャーマニズムです。新しい王様が王位に就くと、その妻か妹が「聞得大君」という神官(シャーマン)になる。その神官の下で、独自のネットワークが生まれます。「ニライカナイ」という概念があるのはご存じですよね?
五木 はいはい、「あの世」みたいなものですよね。
佐藤 海の彼方にあって、そこでは良いことも起これば悪いことも起こるという両義性のある異界です。
五木 宗教は、人が死んだらどこへ行くのかと考えるかどうかで、ずいぶん違ってくるんですよね。日本の場合はみんな「浄土」的な感覚があって、真宗ではない人でも「あの世」とか「極楽」とかいうんですけど。沖縄はちょっと違う。
だから太平洋戦争末期の沖縄の問題にしても、まさに「本土決戦」という言葉もあったぐらいですから、本土の人たちはそこで自分が死ぬ理由が何となくわかっていたと思うんです。でも沖縄の人たちは、あれだけの死者を出しながら国を守るだけの理由づけができなかったのではないでしょうかね。
※次回は4月24日(金)公開予定です。
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一寸先は闇

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