下町ホスト#53
店内には私と美しい青年しか残っておらず、威勢の良い女性店員は、ある程度洗い物を済ませてから、レジ近くのテーブルで携帯電話を弄っている。早く帰って欲しいような素振りは一切せず、だらだらと店の空気が流れる。美しい青年は包み隠さず、私に過去の出来事を話し終えた後、半分ほど減った生ビールをごくんと飲み干した。私も不穏に鼓動する心臓を摩りながら、同じように飲み干す。
「って感じ。」
美しい青年はそう言って、威勢の良かった女性店員にお会計のアイコンタクトをする。私は誰に向けているのかわからない嫉妬心のようなものを噛み殺しながら、店員が来る前に口を開いた。
「ありがとうございました。知らないことばかりでした。もう一度、聞いていいですか?」
「うん。」
「ダンナ、大丈夫だったんですか?」
「わからねー。現状大丈夫。としか言えねーかな。」
「怖くないんですか?」
「こえーけど、もっとこわいことが増えたから薄れたかな。なんか。まあ、これ以上、俺はあの人の人生に関与することはないからさ。なんかシュンにはちゃんと言っておこうと思ってさ。どっかいっちまうまえに。」
「はい。」
「本来ホストとして話すべきことではないけど、後はお前に任せるよ。」
「はい。ありがとうございます。」
「なあ、ひとつ聞いていい?」
「はい。」
「携帯電源入れるの怖くない?」
「いや、なんか今は怖くないです。」
「そっか。負けんなよ。」
「はい。」
美しい青年はお会計を済ませて、たまたま目の前を通ったタクシーに乗り込み、私にちょうど聞こえなさそうな声量で行き先を告げる。煙草に火をつけた辺りで、タクシーは走り出しあっという間に見えなくなった。
私は携帯電話の電源を入れる。不在通知のメールが大量に届く。ほとんど眼鏡ギャルからだった。「君」からの連絡は一通もなかった。私は眼鏡ギャルに恐る恐る電話をかける。
「どこいんの?」
「ごめんごめん、No. 1とずっと話してたのよ。」
「なんで電源切れてんの?」
「いや、なんか切れよって言われてさ」
「へー。きもいね。」
「、、、」
「いい話できたの?」
「うん。できたよ。」
「No.1のことどう思ってる?」
「大好きだよ。でももう嫌わないといけないかも。」
「きもいね。」
「じゃないと勝てない気がしてさ。」
「考えすぎ。きもい。」
「まあ、帰るわ。」
「ご飯は食べた?」
「うん、だけど腹減った。」
「なんか作ってあげるよ。きもいから。」
「ありがとう。あとでね。」
携帯電源を折りたたんで、空を見上げた。暑苦しい太陽の光が私のスーツのシミやらラメやらファンデーションらしき痕跡を浮き彫りにする。コンビニで除菌ウエットティッシュを買って、ゴシゴシと擦る。余計に汚れが広がったスーツをまた身に纏い、眼鏡ギャルの自宅へ帰った。
自宅に着くと、小さなテーブルに大きめのカセットコンロが置かれていて、何やら準備をしている。特におかえりとは言われず、黙々と乱雑に切られた根菜を中心とした野菜と脂身の少ない細切れの豚肉が並ぶ。
「鍋にしたよ。いいだろ。感謝しろ。」
「ありがとう。」
「つーか、スーツ汚すぎない?」
「うん。拭いたんだけどさ。」
「適当に置いといて。後でやるから。」
「ありがとう。なんか優しすぎない?」
「うるせーよ。早く食えよ。」
カセットコンロにガスボンベをセットして、簡易的な鍋が置かれる。薄く色付いた液体はすぐさま沸騰し、眼鏡ギャルは火をゆるめた。私は野菜を一切れ、二切れ、ゆっくりと鍋に入れ、時間の経過を待つ。缶酎ハイをゴクゴク飲んでいる眼鏡ギャルは一気に肉を入れ、ぐるりと掻き混ぜて、豪快にポン酢へ着地させた。
「だから早く食えよ。」
そこから私のペースが上がり、一気に鍋は汚れた液体へ変化した。眼鏡ギャルがトイレへ行っている隙に携帯電話を確認すると「君」からメールが入っていた。
〈いまからきて〉
私は汚れた生ぬるい液体を啜り、また携帯電話の電源を切った。
『鼓膜は焼けぬ』
はりぼての返事ばかりをしていたら鼓膜が焼けて朝日がのぼる
フランク永井の抱擁が聴きたい ねぇアレクサねぇアレクサねぇ
普通だと震えるように喋りつつガスバーナーはこちらを向いた
人格のちょうど真ん中にあるものを触ってしまう細い指達
えっと君は誰だっけなその変な肩を抱いたら思い出すかも
歌舞伎町で待っている君を

歌舞伎町のホストで寿司屋のSHUNが短歌とエッセイで綴る夜の街、夜の生き方。
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