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いつまで自分でせいいっぱい?

2026.03.04 公開 ポスト

#98

私の青春佐津川愛美

20歳まで寮生活をしていた私は、撮影が終われば部屋に戻る、という生活をしていた。

だから寮を出たからと言って、同世代の友達と飲みに行く、なんて習慣はなかったし、「みんなで」という時間は、どこか自分には縁のないものだと思っていた。

そんな私を外に連れ出してくれたのが、ある短編映画のチームだった。

少し年上のスタッフたち。その中心にいたのは、意外なことにスタッフの中でいちばん年下の、きーちくんだった。

 

きーちくんは、いわゆる陽キャではない。

声が大きいわけでもないし、前に前に出るタイプでもない。

むしろ落ち着いていて、どこか静かで、いつも少し俯瞰しているような人だった。

それなのに、不思議とみんな彼のまわりに集まる。

当時、彼が住んでいたのは「LA(リトル阿佐ヶ谷)」と呼ばれるシェアハウスだった。いろんな国から日本に来た人たちが暮らしていて、ウェルカムパーティーやお別れパーティーがよく開かれていた。

きーちくんは、いつも自然に声をかけてくれた。

最初は少し緊張した。知らない人ばかりの空間。英語も飛び交う。

でもそこには、誰かを肩書きで判断するような空気も、無理に盛り上がる圧もなかった。ただ、それぞれが持ち寄った気持ちを囲んで、笑っているだけの時間があった。

お花見も毎年このチームでやっている。

場所取りは、決まって朝早くからきーちくんがしてくれる。

誰かのために動くことを、さも当然のようにやってしまう人だ。

彼は、人を引っ張るのではなく、そっと居場所をつくる。

だから、みんな安心してそこに集まるのだと思う。

きーちくんが長編監督デビューをしたとき、私は勝手に誇らしくて、勝手に泣きそうになった。いや、エンドロールを見ながら、ひっそり泣いていた。

あのチームと出会わなければ、私は今も「撮影が終われば帰る人」だったかもしれない。

楽しくて、初めて終電を逃し、タクシーに乗って帰った中目黒の夜。タクシーに乗せてくれたのはみんなだった。1人でドキドキしながら乗ったタクシーの窓に映る自分の顔は、少しだけ大人びて見えた。

私の青春は、派手な出来事ではなく、誰かがつくってくれたあたたかい円の中で、少しずつ広がっていった。

そしてその中心には、いつも静かに笑うきーちくんがいる。私を外に連れ出してくれたのは、映画でも、パーティーでもなく、きーちくんが中心にいるチームなのだ。

きーちくんが大阪に住むことになった。

「いってらっしゃい会」が開かれた。

ケーキには大きく“いってらっしゃい”と書いてあった。

ろうそくを前に、彼は少し照れながら言った。

「弁明させてください。家族と大阪に住みますが、仕事は東京なので、たぶんかなり東京にいます。脚本とか企画の期間は大阪ですー」

みんなが笑って、「よかったー!最高ー!」と言った。

久しぶりの中目黒の夜。初めて1人で乗ったタクシーを思い出しながら、みんなと仲間になれて、わたしは幸せだなと思った。
 

【嬉】みんなで監督の社員旅行に勝手について行って遊んだ沖縄。懐かしの海の写真をもらって、歓喜!

 

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いつまで自分でせいいっぱい?

自分と向き合ったり向き合えなかったり、ここまで頑張って生きてきた。30歳を過ぎてだいぶ楽にはなったけど、いまだに自分との付き合い方に悩む日もある。なるべく自分に優しくと思い始めた、役者、独身、女、一人が好き、でも人も好きな、リアルな日常を綴る。

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佐津川愛美

1988年8月20日生まれ、静岡県出身。女優。
Instagram http://instagram.com/aimi_satsukawa

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