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コンサバ会社員、本を片手に越境する

2025.12.24 公開 ポスト

「うまいことやる」が口癖の“効率厨”兼業会社員が2026年に持ち越す課題梅津奏

実家の両親からの宅配便。母からはおいしいレトルトカレーセット、父からは来年のカレンダーが。二人とも毎年同じものを買うので、先に見つけた方が知らせ合うルール。

キャリアコンサルタントからの指摘

「“うまいことやる”という言葉を繰り返し使いますね」

「少しだけ、僕が気づいたことを言ってもいいですか」そう控えめに前置きしたコンサルタントが指摘したのは、私も気づいていなかった口癖だった。

 

定期的に、職場のキャリアコンサルタントと面談する。福利厚生の一環で提供されているもので、外部サービスを使うと数万円かかるところがまさかの無料。Web面談なので移動の面倒も無し。コンサルタントは全員、国家資格をとった会社のOB。業界のことや部署ごとの業務などもある程度知っている人ばかりなので、いきなり本題に入れるところがありがたい。

長年勤めた部署から未経験の業務に異動したとき。
チームの人員構成が大きく変わったとき。
業務量が一気に増え、オーバーワークに悩んだとき。

相手は話を聞くプロなので、上司や友人に相談するよりも客観的で冷静になれる。

今回は、自分でも何を話したいのかまとまらないまま面談に臨んだ。事前にアジェンダを準備するつもりが、思わぬ事件発生でそれもままならず……。「すみません。今日はあまり準備せず来ちゃいました」と言い訳しながら面談をスタートした。

最近しんどいこと、モヤモヤしていること、なんとかしたいと思っていることを徒然なるままに話しているうちに、かき混ぜているクリームが徐々に凝固するように、核となる何かが見えてきそうな気がした。ただ、執筆仕事の年末進行もあいまって寝不足だった私。なかなか核心にたどり着けずにいる私の様子を見て、コンサルタントが伝えてくれたのが冒頭の一言だ。

「うまいことやらないと」
「うまいことやってほしい」
「うまいことできたらいいんですけどね」

改めて口に出してみると、これは確かに私の口癖。効率的に・効果的に・相手に刺さりやすいように・交渉にスムーズに勝てるように……。自分でもうまいことやりたいし、後輩たちにも上司たちにもうまいことやってほしい。

根回しやケア精神の足りない上司、数字や言葉の使い方を軽視する同僚、よく言えば実直・悪く言えば要領が悪い後輩たち……。「うまいことやらない」周囲にイライラを募らせ、「私の言う通りにすればいいのに」と、自分のキャパシティを考えず手を出しまくる私。

そもそも、最短距離で程よいゴールにたどり着きたいという「私流のうまいやり方」が正解と決まったわけでもない。思えば、春に編集者さんから「うまいこと言わなくていいんですよ。オチなんていらないくらい思ったっていいんです」と言われたな。型を作って原稿を量産しがちな私に、言いにくい苦言を呈してくれたんだろう。私って、「うまいことやる」病にかかっているんじゃないだろうか。

『ゆっくり歩く』(小川公代/医学書院)

母と院内を歩いていると、「今ここ」にいるという懐かしい感覚にとらわれた。自分がなぜいつも忙殺されていたのか、なぜ仕事ではスピードや効率が求められるのか、よく分からなくなっていた。――『ゆっくり歩く』(小川公代/医学書院)

しばらく通勤バッグに入れっぱなしだったこの本。昼食休憩に持っていこうとバッグから出してデスクに置いていたら、隣の後輩がどんぐりまなこで表紙を見つめていた。私のとげとげしい「うまいことやってね」攻撃を日々受けている彼、普段の私とイメージの違うタイトルに違和感を覚えたのかもしれない。

ケアの倫理とエンパワメント』『世界文学をケアで読み解く』などの著書で知られる文学者・小川公代さん。ケア×文学をテーマにした著作を多数発表してきた小川さんが、お母さんがパーキンソン病にかかったことをきっかけに踏み入れた、ケアの実践。

教職に研究・執筆活動と、小川さんの日常は仕事一色。「もっともっと」と前に進んでいく小川さんの生活に、突然飛び込んできたお母さんの介護という横糸。ゆっくりしか歩けないお母さんの時間と、小走りで歩いてきた小川さんの時間が、引っ張り合ったり折り合ったり。

思い合っている母娘でも、流れる時間が違う二人にはどうしても分かり合えない瞬間がある。そんなときに小川さんが思いついたのが、お母さんと文学の話をすることだった。

病院のエスカレーターで人助けをしようとして怪我をしてしまったお母さん。体の怪我だけでなく精神的ショックを受けてしまい弱っていくお母さんに、小川さんはハン・ガンの『少年が来る』の話を始める。

エスカレーターから落ちたせいで不安になってしまった母は、もうこの世にいない「トンホ」という死者の物語にエンパワーされていた。――『ゆっくり歩く』より

自身の衰えに怯える母に、韓国の民主化運動のさなかに惨死した少年の物語を語る――。これがどうケアに繋がるのかとヤキモキしてしまうが、足裏のツボが意外な臓器に効くように、少年の物語はお母さんの心にしんしんと沁みとおっていく。そうだ。私だってたくさんの物語たちに、遠回りの効能を教えてもらってきたんじゃないか……。

今年もたくさんの本たちに、豊かな遠回りの時間をもらった気がする。

「“うまいことやらなくていい”と言ってみるのはどうですか?」

コンサルタントの言葉に、情けなく眉毛を八の字にして笑っている自分の顔がモニターに映る。ぎゅうぎゅうと自分を絞り上げる「うまいことやる」呪縛から、程よく解き放たれるときはくるのだろうか。遠回りを歓迎できるようになる日が来るのだろうか。

「うまいことやる」問題は、とりあえず来年の課題に持ち越しとする。
 

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梅津奏

1987年生まれ、仙台出身。都内で会社員として働くかたわら、ライター・コラムニストとして活動。講談社「ミモレ」をはじめとするweb媒体で、女性のキャリア・日常の悩み・フェミニズムなどをテーマに執筆。幼少期より息を吸うように本を読み続けている本の虫。ブログ「本の虫観察日記

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