下町ホスト#47
9月に入って間もない平日の営業中に珍しく眠そうでない店長が素早く私に近寄った。
「おい、社長がお前のこと呼んでるぞ」
「え?なんかやらかしましたかね?」
「しらねーよ。とにかく俺は伝えたからー。早く社長の家行けよ。」
私は最低限の荷物を持ち、タクシーに乗り込んだ。
店からちょっと離れた社長の自宅に向かう。
到着して、慌てて最新型らしきインターフォンを押すと、冷えた表情をした社長夫人がボソボソと小さな声で対応し、私を素っ気なく迎え入れた。
心臓をバクバクさせつつ、おろおろと靴を脱いでいると、高級そうな生地のスウェットに包まれている社長がやってくる。
黒目がちな目をぐっと見開く。
鳥肌が立つ。こわい。
「お疲れ。ちょっと話そうか。」
「はい。」
やはり声が上擦った。
大袈裟に広いリビングを抜けて、書斎のような薄暗い部屋に通される。
「まあ、座りなよ。」
社長がそう言うと真っ白な扉が開き、凄いスピードで社長夫人が重いバカラのグラスに冷たいお茶を注ぎ、私の目の前に音を立てずに置いた。
「ありがとうございます。」
私の再度、上擦った声は、部屋の中で少し反響した。
「あいつから少し話し聞いてさ、歌舞伎町で働きたいんだって?」
「え?はい。そう思っています。すみません。No.1から聞いたんですか?」
心臓がうるさい。
「うん。あいつ、お前の好きなようにやらせてほしいって俺に言ってきたんだよ。」
「はい。」
「俺は甘やかすんじゃねーよって言ったんだけど、自分が厳しく筋通させますって食い下がらなかったよ。」
「はい。」
「あとは、そこまでしてくれたあいつに恩返して、店に筋通して辞めな。」
「はい。ありがとうございます。」
そう言って社長は黒目がちな目をクシャッとさせて優しく笑った。
少しずつ心臓の鼓動が穏やかになる。
帰り際、玄関で慌てて脱ぎ捨てた革靴は、綺麗に磨かれていて、一瞬、私のものかどうかわからなかった。
「ちゃんと手入れしないとね。歌舞伎町で売れたいなら尚更ね。」
見送りに来た社長夫人がボソッとそう言って、冷たい顔で玄関を閉めた。
私が数歩歩いたところで、カチャンと2回、鍵の締まる音が響いた。
店に戻り、煙草を吸っていると美しい青年がちょうど出勤してきた。
「おはようございます。先ほど社長と話してきました。その時、色々聞きました。ありがとうございます。」
「そっか。つーか、これお前の?」
クリアファイルに入ったホスト雑誌を切り抜いたようなビラを私に見せる。
「いや、知らないです。スマッパ?って読むんですかね?」
「そーじゃね?新しいホストのサイトができんだね。こんな感じかあ。どうすっかなあ。」
「なんか新鮮ですね。宣材写真、僕プリクラですもん。」
「そんくらいがちょうどよかったりすんだよ。」
「そうなんですかね。」
「そういえば、シュン誕生日11月だろ?」
「はい。」
「勝ってから行けよ。歌舞伎町。」
「はい。」
一度だけ口を付けた煙草は綺麗な灰になっていた。
『米』
だらだらと醤油が垂れて暗くなる海鮮丼の最果てで待つ
君を呼ぶ声量なんてないからさ、ただひたすらに裸でいよう
都合良く盛られたままの恋だった底の私はとっくに硬い
今さっき隣のやつが捨てられてゆっくり箸が頭に触れる
乱雑に混ぜられたあと気付くんだ明日はきっと異臭を放つ
歌舞伎町で待っている君を

歌舞伎町のホストで寿司屋のSHUNが短歌とエッセイで綴る夜の街、夜の生き方。
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