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避赤地

2025.11.04 公開 ポスト

十月のわだちたちマヒトゥ・ザ・ピーポー

10/3、東京での仕事があり、新幹線で神戸駅に着く。ホームに降りた瞬間、頭の中に監督した「i ai」のテーマが流れ出す。場所がわたしの思い出をかわりに記憶してくれている。「太陽と虎」に入ると店長からのメッセージが楽屋の机に置かれていて、もうとっくに一人にはなれないし、フラットなんてないと思った。偏りの中で歪に依存関係を深める。時間を紡ぐとはそういうことなのだ。bachoは熱いライブをしているが、根性や気迫だけで鳴らしているようで発明が音の裏にちゃんとある。

GEZANはというとライブ中、MCをしようと言葉を探しているわたしの横でエフェクターのノイズチャックをしているイーグルとバックヤードでケンカになる。言葉を話すボーカルの言い分はギタリストになかなか伝わらない。逆も然りだろう。間に入るようにbachoは声をかけてくれて、乾杯した。久しぶりに彼らとライブハウスで乾杯したビールはうまかった。

 

大阪に移動すると、難波ベアーズで友達のやっほーが企画しているので遊びにいく。夜には踊ってばかりの国の一座も合流して海賊飲みがスタートした。翌日のゴリラホールはソールドアウトしていて、100、200人を相手にすることに慣れてきていたわたしたちはしっかりと緊張できた。下津がライブ中に放つ言葉に許されていく感触があった。何に?わからない。

ここ数年、狂気の吐口をピースな場所にうまく運んでいく下津とは同じ時代、時間を生きていると感じる。いつでも関係が崩壊しうる緊張感を保ちながら同じ虚無をバケツにいっぱいに抱え静寂の上を歩んでいる。そういうのを世界では戦友と呼ぶらしい。

ライブが終わり、不意に悪魔に肩を叩かれる。落とし穴がどこにあるのかなんてわからない。オフ日だった翌日、仲秋の名月をずっと眺めていた。ついでにSNSでも現政権について言及した小言が燃えている。ボヤ騒ぎくらいだけど、実感のない体がなんとなく浮遊していく。滋賀に移動してからは誰とも会いたくなかった。琵琶湖を見ながら、ずっと小さく縮こまることに努めた。月の灯りの下でうずくまりながら『夜と霧』を読む。ナチスのホロコーストから生還した精神科医の書いた一節が、胸にまとわりつく、そして焼き付く。対バンのキングブラザーズがダイブし叫んでいる。もうロックンロール以外の選択肢を捨てた生き様が人の上で発光していた。先ほど見た『夜と霧』の一節が熱を帯びる。

「自分を待っている仕事や愛する人間を自覚した人間は、生きることから降りられない。まさに、自分が『なぜ』存在するかを知っているので、ほとんどあらゆる『どのように』にも耐えられるのだ。」

ふとした言葉の出会いが救う夜がある。無意味に思えた叫びが代弁するうねりがある。この生からは降りられない。

 

京都の「磔磔」に移動すると、長い歴史を紡いだ箱の匂いが我々を出迎える。踏まれたステップや上がった歓声を箱は抱きしめながら夜、眠っているのだろう。寝言が溢れてる。

山本精一 with BLACK BOXとの対バンで、わたしたちの生まれた難波ベアーズの店長ということもあり、リスペクトから背筋は伸びている。リハの山本さんは機嫌が悪い。ステージの上のピリついた雰囲気にも覚えがある。ライブ中、MCをしようとマイクの前で言葉を話し始める山本さんの横で西さんがシンセをチェックしている、それに「やめてくれ」と言い、最後「もうええわ」と半分怒って曲に入る姿を見て、メンバー同士で顔を見合わせた。数日前に全く同じやり取りをした。親が親なら子も子なのだ。ライブ後この話をイーグルにしたら全くピンときていなかった。続く。全てがだらしなく曖昧に歪みながら蜜をこぼし、光沢と混濁の真ん中をバンドワゴンは進む。もう前しか見えない。

和歌山に移動し、LOSTAGE との三連戦に入る。川沿いの古びた街が心地いい。なぜこのバンドがこんなにも好きなんだろう。素直に音を鳴らせる。奈良は「ネバーランド」、彼らのホームで後攻で演奏するのは興奮した。おかげで調子が乗った。打ち上げは24時まで、サクッと飲んで、三連続の喉のために睡眠に戻る。翌日の三重は渦巻いた。伊勢神宮に囲まれているせいか磁場は不思議な捻れ方をしていて、酒のりなのか、治安も悪い。スタッフのイマセが一人、外につまみ出す。ライブはそれに加え声が出ない。ロスカルもイーグルも打ち上げのMCばかりしてる。これでは深酒でつぶしたみたいじゃないか。

もう魂を使う以外残された道具がなく、とにかく全霊で叫んだ。悔しさから、誰の顔も見れない。楽屋から抜け出し、誰もいない商店街を歩いた。喉から血の味がした。

その夜から体調を崩す。明らかに寒い。岐阜に移動して体力の温存に励む。ホテルの部屋でポカリを何本もあけ汗をかく。リハは飛ばし、池間由布子とDJのナッツマンの始まる時間に合流する。二人ともいつも自然でかっこいいなとか、朦朧としながら思った。ライブ中は黒い影がまとわりつき、振り払うために必死でステップを踏んだ。ステージを降りた瞬間から悪寒が止まらない。タクシーを呼び、近くの大衆浴場へ逃げ込んだが、湯船の中でも鳥肌が止まらず、湯船から洗い場まで寒くて立てない。ホテルの部屋で見ると39度2分、朦朧とした意識の中、ツアーの思い出が駆け巡る。

三日間のオフ日をしっかり休み、福井のフェスに出て、高知の君島大空との夜に駆けつける。この日の君島くんは艶の中に痛みがあり、風邪をひいていたのもあると思うけど、人間である影が見え隠れしたのが良かった。打ち上げではカツオ一つでイーグルとケンカになる。ここまでくるともう理由なんてどうでも良くなってる。そこに導火線があれば火なんて簡単につく。

徳島に移動して、スタジオに入り、曲を詰める。スタジオでしか進まない時間がある。その実感を胸にCROWBARにいくと円高ドル安のメンバーが集まってくる。不思議な空気を纏っていて、ライブはこのツアー随一に変だった。歌詞の視点もそれを支えるサウンドも何も一切とも被らないオリジナルの珍味でツアーの醍醐味とも呼べる夜がなだれ込む。徳島出身で彼らと幼馴染のDJの5iveの紹介で生まれた夜で、信頼している人からのパスには集中しようと思えた夜でもあった。セミファイナルである愛媛に到着し、再度踊ってばかりの国と合流する。もう何も残さない気で燃える。この日、セミファイナルにして新曲をやった。

岡山にたどりつく。いよいよファイナルだが、この日は緊張からか一睡もできなかった。体が最後の日に向けて全力で緊張しているようだった。へとへとのツアーで眠れないとは無縁だったがこの日は特別だったようだ。ホテルの部屋で声のブログなるものを録音し、仲間総出で映像を編集する。ここに残した言葉が全てを語っている。

会場にはこの夏に仲良くなった映像作家のVincent Moonが駆けつけ、街中でも一本やろうという情熱に絡み取られる。音楽の魅力に狂ったセクシーな男だ。彼の提案には全て応えたい。カリスマが大好きなんだ。

アイドルパンチは千葉とのダブルブッキングで駆けつけ、地元岡山の夜を一筋縄でいかない混沌へと駆り立てる。最後、BODY ODDではラッコさんがいた。やっほーがいた。ジロウさんもいた。皆が入り乱れ、祭りと化した。楽しかった。50本のライブが終わり、全てから解放され、心がふと軽くなった。それが心地よく、少しだけ、少しだけだけど寂しかった。

君の住んでいる近くまで行った。次は君がわたしの街に来てほしい。東京というんだ。ここから最終地点、わたしの住んでるこの街に導火線を這わす。

3/14の武道館まで、旅の痕跡を噛んで羽化を目指す。たどった旅はまだ咀嚼できていない実感を語りかける。どうか見届けてほしい。せっかく同じ時間を生きているのだから。

(photography  Shiori Ikeno) 

*マヒトゥ・ザ・ピーポー連載『眩しがりやが見た光』バックナンバー(2018年~2019年)

関連書籍

マヒトゥ・ザ・ピーポー『銀河で一番静かな革命』

外国に行ったことのない英会話講師のゆうき。長く新しい曲を作れていないミュージシャンの光太。父親のわからない子を産んだ自 分を責め続ける、ましろ。大事なことを決めるのはいつも自分以外。人生の終わりも、突然の「通達」で決められてしまった。でも最後 くらい「自分」を生きたい ――。単調な日々の景色が鮮烈に変わる、美しく切ない終末小説。

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避赤地

存在と不在のあいだを漂うGEZANマヒト、その思考の軌跡。

バックナンバー

マヒトゥ・ザ・ピーポー

ミュージシャン。2009年に大阪にて結成されたバンド・GEZANの作詞作曲を行いボーカルとして音楽活動開始。
2014年からは、完全手作りの投げ銭制野外フェス「全感覚祭」も主催。自由に境界をまたぎながらも個であることを貫くスタイルと、幅広い楽曲、独自の世界を打ち出す歌詞への評価は高く、日本のカルチャーシーンを牽引する。
著書『銀河で一番静かな革命』『ひかりぼっち』、絵本『みんなたいぽ』(絵:荒井良二)。映画監督作品『i ai』がある。

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