1. Home
  2. 生き方
  3. 愛の病
  4. もっと自由を

愛の病

2025.11.21 公開 ポスト

もっと自由を狗飼恭子

わたしはもう二十年以上、ブラジャーをしていない。

突然何の話かと思われるかもしれないが、ただの事実なのでとりあえず聞いてほしい。

ブラジャーを手放したその時から、わたしは常に胸のあたりを締め付けられる不快から解放された。胸が垂れるとか可愛い下着をつけたい気持ちとかはどうでも良かった。それ以上に、自分が快適な状態を選んだのだ(ブラトップのようなものは着用している。念のため)。

 

ストッキングをはかないと決めたのは二十歳のときだし、自分の足よりも大きいサイズの靴をはきはじめたのは三十歳くらい。ファッション用途以外でベルトもしない。Tシャツはなるべく大きいサイズを選ぶ。ウエストではなく常に腰でボトムスをはく。靴下も普段は自分の足サイズプラス2センチのものを選ぶ。ガードルや矯正下着などもってのほか。わたしがワンピースを好む理由も、体を締め付ける部分が少ないからではないかと思う。

とにかくわたしはもうずいぶん長いこと、体を締め付けるものを拒否して生きていたのである。

そしてわたしはついに、トランクスに手を出した。

カルバンクラインとかのみたいな、お洒落で可愛いぴたっとしたボクサーパンツならはいたことはあった。そういうのではなく、腰のところにゴムが入っていて、シャツみたいな生地で、足の付け根が解放されているゆるい短パンみたいな、みなさんご存じのやつだ。

これがものすごく快適で驚いている。

なぜか女性用のパンツは大抵生地が少なく、尻に食い込み、鼠径部を圧迫する。トランクスにはそれらの不快が一つもない。生地が多く、尻に食い込まず、鼠径部は自由だ。

だいたい女性用下着はサイズ感がおかしい。たとえばある女性用下着大手メーカーのパンツMサイズは、ヒップ83センチから93センチとなっている。10センチも幅があるのだ。10センチお尻の大きさが違うのに同じサイズを提唱されるって、どう考えても変じゃなかろうか。身長160センチの人と身長170センチの人やウェスト60センチの人と70センチの人は違う衣服を選ぶだろうに、どうしてパンツだけは10センチ違うことを受け入れられるというのか。とりあえずわたしは、この長い人生の中、自分にぴったり合うパンツをはいたことが一度もない。

トランクスは、ウェストさえきつくなければどれだけぶかぶかでもそんなに気にならない。

なぜこんなに快適なものを「女性の体であるから」という理由で使用してこなかったんだろう。トランクスは「男性の体の人がはくもの」という固定観念の中にずっといてしまった。調べてみたが、今のところ女性の体の人用トランクスは存在を確認できていない。わたしがはき始めたものも、前身ごろ中央に社会の窓と言われるボタンつきの穴がある。

わたしは今までの人生、自分を縛り付けるものから逃げ続けてきた。学校とか会社とか義務とかルールとかからも。なのに今ごろようやくトランクスにたどり着いた。

もちろん、綺麗で華奢な下着や補正用のものを着用したい人はすればいい。それも自由だ。体のラインを綺麗に保ちたいという気持ちは尊敬に値する。レースやリボンは可愛いし。見えない部分にお洒落をしろってよく言うし。

ただわたしたちは、トランクスを選択する自由も持っているのだということ。

女の体を持つ人たちはみな是非試してみて欲しい。そして所有してみて欲しい。「彼氏の」とかじゃなく、自分のトランクスを。たったそれだけのことで、わたしは毎日少し気分が軽いのだ。

関連書籍

狗飼恭子『一緒に絶望いたしましょうか』

いつも突然泊まりに来るだけの歳上の恵梨香 に5年片思い中の正臣。婚約者との結婚に自 信が持てず、仕事に明け暮れる津秋。叶わな い想いに生き惑う二人は、小さな偶然を重ね ながら運命の出会いを果たすのだが――。嘘 と秘密を抱えた男女の物語が交錯する時、信 じていた恋愛や夫婦の真の姿が明らかにな る。今までの自分から一歩踏み出す恋愛小説。

狗飼恭子『愛の病』

今日も考えるのは、恋のことばかりだ--。彼の家で前の彼女の歯ブラシを見つけたこと、出会った全ての男性と恋の可能性を考えてしまうこと、別れを決意した恋人と一つのベッドで眠ること、ケンカをして泣いた日は手帖に涙シールを貼ること……。“恋愛依存症”の恋愛小説家が、恋愛だらけの日々を赤裸々に綴ったエッセイ集第1弾。

狗飼恭子『幸福病』

平凡な毎日。だけど、いつも何かが私を「幸せ」にしてくれる--。大好きな人と同じスピードで呼吸していると気づいたとき。新しいピアスを見た彼がそれに嫉妬していると気づいたとき。別れた彼から、出演する舞台を観てもらいたいとメールが届いたとき。--恋愛小説家が何気ない日常に隠れているささやかな幸せを綴ったエッセイ集第2弾。

狗飼恭子『ロビンソン病』

好きな人の前で化粧を手抜きする女友達。日本女性の気を惹くためにヒビ割れた眼鏡をかける外国人。結婚したいと思わせるほど絶妙な温度でお風呂を入れるバンドマン。切実に恋を生きる人々の可愛くもおかしなドラマ。恋さえあれば生きていけるなんて幻想は、とっくに失くしたけれど、やっぱり恋に翻弄されたい30代独身恋愛小説家のエッセイ集第3弾。

{ この記事をシェアする }

愛の病

恋愛小説の名手は、「日常」からどんな「物語」を見出すのか。まるで、一遍の小説を読んでいるかのような読後感を味わえる名エッセイです。

 

バックナンバー

狗飼恭子

1992年に第一回TOKYO FM「LOVE STATION」ショート・ストーリー・グランプリにて佳作受賞。高校在学中より雑誌等に作品を発表。95年に小説第一作『冷蔵庫を壊す』を刊行。著書に『あいたい気持ち』『一緒にいたい人』『愛のようなもの』『低温火傷(全三巻)』『好き』『愛の病』など。また映画脚本に「ストロベリーショートケイクス」「スイートリトルライズ」「遠くでずっとそばにいる」「風の電話」「エゴイスト」、ドラマ脚本に「忘却のサチコ」「神木隆之介の撮休 優しい人」「OZU 東京の女」などがある。最新小説は『一緒に絶望いたしましょうか』。2025年8月22日から脚本を担当したドラマ『塀の中の美容室』(WOWOW)が放映。

幻冬舎plusでできること

  • 日々更新する多彩な連載が読める!

    日々更新する
    多彩な連載が読める!

  • 専用アプリなしで電子書籍が読める!

    専用アプリなしで
    電子書籍が読める!

  • おトクなポイントが貯まる・使える!

    おトクなポイントが
    貯まる・使える!

  • 会員限定イベントに参加できる!

    会員限定イベントに
    参加できる!

  • プレゼント抽選に応募できる!

    プレゼント抽選に
    応募できる!

無料!
会員登録はこちらから
無料会員特典について詳しくはこちら
PAGETOP