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文豪未満

2025.11.15 公開 ポスト

あなたの書店で1万円使わせてください 〜ブックファースト新宿店〜岩井圭也(作家)

先日、拙著『文身』(祥伝社文庫)が「PUSH!1st.」に選ばれた。

PUSH!1st.とは、書店ブックファーストが「埋もれてしまうには惜しい本」を知っていただきたい、という思いを込めて紹介する1冊、とのことである。2010年11月に第1回がスタートし、第39回のPUSH!1st.として『文身』が選ばれた。それに伴い、8月18日から9月28日まで、ブックファースト各店の店頭で強烈にプッシュしていただいた。

ブックファースト新宿店の模様。

壮観である。

ちなみに、岩井が寄せたコメントはブックファーストのサイトで読むことができる。

 

ブックファーストさんには著者としてだけでなく、いち利用客としても日頃からお世話になっている。特に新宿店は、新宿駅西口方面に用事がある時、ほぼ毎回立ち寄っているお店だ。

ぜひ、PUSH!1st.のお礼と「あなたの書店で~」の取材を兼ねて、お店を訪問させていただきたい。そのようにブックファースト新宿店さんにお願いしたところ、快く引き受けてくださった。

ちなみに、ブックファーストのお店を訪問するのはこの連載初。他の書店さんとはひと味違うところを、ぜひご覧いただきたい。

 

*    *    *

 

9月某日。JR新宿駅の西改札を出て、都庁方面へ向かう。地下広場を右へ進めば、右手に青い看板が見えてくる。改札からここまで屋根の下にあるため、雨の日でも濡れずに訪問可能。

出入口で担当編集者氏と待ち合わせて、店長さんにご挨拶した後、出入口前で恒例の1枚を撮影。

ここにも『文身』パネルが。

本企画のルールは「(できるだけ)1万円プラスマイナス千円の範囲内で購入する」という一点のみ。さっそく自腹(ここ重要)の1万円を準備して、買い物スタート。

店内のモニターにも、『文身』がバッチリ映っていた。

浮かれてます。

まず目を奪われたのは、圧倒的に分厚い1冊。安宅和人『「風の谷」という希望 残すに値する未来をつくる』だ。984ページで価格は5,500円。気になるが、これだけで予算1万円の半分以上を使ってしまうため断念。

まさに鈍器。

神殿の柱のような什器には、ランキング上位の本や話題書が陳列されている。少しだけ視界を遮られている感じが、探検感があってとてもいい。

本の森を散策。

ちなみに、『文身』は文庫週間ランキングで4位だった。

渾身のドヤ顔。

さらに進んだところで、パピヨン本田『美術のトラちゃん』を発見。装幀はカラフルだが、中身はややブラックそうだった。

なんか気になる。

立地もあってか、ビジネス書にも力が入っている印象だった。話題の本がずらりと並んでいる。

ビジネス書もたまに読む。

そんななか気になったのが、深澤献『ヤマ師 裸一貫から一代でトヨタ・松下・日立を超える高収益企業を作った破格の傑物「山下太郎」のすべて』(ダイヤモンド社)だ。

正直に言ってまったく見覚えのない本だった。ただ、サブタイトルが強すぎる

山下太郎という人物のことも知らない。パラパラとページをめくってみると、札幌農学校の出身だと判明。つまり、北海道大学出身の岩井にとって大大大先輩にあたる人物だったのだ。

あらすじもすごい。

〈山下は、生涯を通して常に果敢に挑戦し、”ヤマ師(投機家)”と呼ばれた。周囲から「無謀」「胡散臭い」と揶揄されながらも己の信念を貫き、「人間植林」という独自の人脈構築術・交渉術を武器に運命を切り拓き、億万長者と無一文を何度も繰り返しながら油田を掘り当て、日本を救った。〉

とにかく、いろんな意味でこの本は読まねばならない。今日の1冊目はこちらに決定。

「昭和の傑物」ものは大好き。

ふと後ろを見ると、「「謎」販売所」というポップアップが。販売されている謎解きキットは、いずれもタカラッシュという会社が作っているようだ。

『三島のゆかり謎』は、料理を完成させないと解けない謎解きらしい。

雑誌コーナーには、なぜか『ケインとアベル』の文庫本が。どうやら、雑誌『ミュージカル』の『ケインとアベル』特集にあわせて展開しているようだ。

こういう展開ができるのも書店ならでは。

文具のコーナーも充実。ショーケースに並んでいるのは万年筆。

かっこいいなぁ。

話題の井上慎平『弱さ考』がずらりと並ぶ棚には、「働く」ことに関するさまざまな書籍が並んでいた。

ブックデザインに惹かれ、そのなかの1冊を手に取ってみる。宇田川元一『他者と働く「わかりあえなさ」から始める組織論』(NewsPicksパブリッシング)である。

どれどれ。

帯には平田オリザさんのコメントが掲載されていた。ビジネス書としては、珍しい人選ではなかろうか。

そしてサブタイトルも気になる。というのも、私はつねづね「人と人が100%理解しあうことは不可能」であり「だからこそ理解しあおうとすることは美しい」と考えているからである。そんな私にとって、「わかりあえなさ」から始める、というのは非常に気になる惹句であった。

そんなこんなで、すんなりと購入決定。

小説家も「他者と働く」仕事です。

その後も文具コーナーをウロウロ。商品はバラエティ豊富で、革小物や鞄なども並んでいた。

なんでも揃いそう。

続いて、コミック売り場へ行くことに。いったん外へ出る。

右手の「C」がコミック売り場。

入ってすぐの場所は、本棚だけでなくカプセルトイやクレーンゲームなども置かれていて、ちょっとしたゲームセンターのようになっている。

クレーンゲームはちいかわ。

棚にはコミックがぎっしり。目移りしてしまう。

迷う。

後藤羽矢子『青ヶ島ハードモード』などを手に取りつつ、あまり巻数が多すぎないコミックを探していると、あるコミックと目が合った。高妍『隙間』1~4(KADOKAWA)である。

まず、絵柄がいい。しかも帯の人選がいい。是枝裕和、江口寿史、吉岡里帆、宇多丸。著者は台湾出身らしい。カバーイラストの時点で、骨太かつ繊細な物語を想起させてくれる作品だ。

全4巻だが、コミックのため1冊あたりの値段はそこまで高くない。ここで出会ったのも何かの縁。思いきって4巻すべて購入することにした。

すっごくいい買い物をした気分。

さらに奥へと進むと、藤子・F・不二雄のエンドを発見。『ドラえもん』好きとしては立ち止まらないわけにはいかない。

『チンプイ』もある。

ここで再び外に出て、今度はワンフロア下の地下二階へ移動。こちらには人文書、理工書、医学書などがある。

いざ「G」へ。

ドアを開けると、コンピュータ関連の本がずらり。「デジタルクリエイティブ」の棚が充実しているのは、コクーンタワー(東京モード学園やHAL東京がある)がすぐ近くにあるからだろうか?

岩井にはさっぱりわからない世界。

ふと「科学哲学・分析哲学」の棚にあった『シュリック教授殺害事件』が視界に入る。面白そう。しかし、586ページで3,500円プラス税。さっきコミックを4冊買った身としては、なかなか厳しい価格である。

今日はなぜか鈍器本と縁がある。

さらに建築のコーナーでは、『山本理顕 コミュニティーと建築』を発見。山本理顕という建築家の名前は聞いたことがあるが、作品は見たことがなかった。おそるおそるページをめくりつつ価格を確認すると、22,000円。残念ながらこの企画では買えなかった。

規格外の大きさ。

残りの金額も考えると、ハードカバーを買うのは難しそう。ということで、元いた地下一階へ戻ることに。

戻ってきた。

ブラブラしていると面白そうなフェアを発見。ここには、『百書繚乱 松岡正剛のヴィジュアルブックガイド』で紹介された本が並べられている。一見して文脈がないようで、通底するものが感じられる。

ゆるい文脈のつながりが面白い。

その近くの什器には、話題の新刊、朝井リョウ『イン・ザ・メガチャーチ』がどんと積み上げられていた。

「中毒症状があるほうが苦しくないのだ、人生は」

さらに進んで文庫のコーナーへ。文庫をあと2冊くらい買えるのではないかと見当をつけて、いろいろ見て回る。

柞刈湯葉『まず牛を球とします。』も気になる。

なんとなく、「平成の名作」を読みたい気分でいくつかの本を検討。そんななか、最も惹かれたのが池井戸潤『鉄の骨』(講談社文庫)である。

吉川英治文学新人賞を受賞した名作で、ドラマ化されていることも知っているが、池井戸作品のなかでも本書は未読。これを機に購入することにした。

購入後、最初に読みはじめた1冊。

あと1冊なら買える気がする。もう少し文庫コーナーをうろついてみることに。

『妊娠カレンダー』名作ですよね。

文春文庫の棚の前を歩いている時に、「あっ」と思ったのが東畑開人『心はどこへ消えた?』(文春文庫)

東畑さんの本は『居るのはつらいよ』でハマってから読んできたが、この本はまだ読めていない。刊行されていることは知っていたのだが、いつの間にか文庫化していたようだ。東畑さんの著書なら、面白さはきっと間違いない。

今日最後の1冊はこちらに決定。

表紙もかわいい。

今回購入したのは8冊。うち4冊はコミック『隙間』という、いつもとは少し違うラインナップとなった。

読むのが今から楽しみ。

お会計へ向かうと、セルフレジを発見。空いていたのでこちらで支払いをすることに。

えーっと。

さあ、今回の購入総額はいくらになったのか。

ジャーン。

9,810円。

ほぼほぼ1万円! 冴えてる。

ちなみに、ブックファーストでは5000円以上買うと無料で紙袋を付けてくれる

 

ブックファースト新宿店の面白いところは、なんといっても「探検感」である。

出入口から入ると柱が立っていて、コミックや理工書のコーナーへ行くには外へ出る必要がある。こうした構造は建物の都合によるのかもしれないが、結果として「宝物を探している雰囲気」を醸成することに一役買っていると思う。次に何が出てくるかわからない、ワクワク感がある。

店内の至る場所でフェアが展開されているところも魅力的だ。PUSH!1stだけでなく、『百書繚乱』働く本のフェアなど、利用者の目を引く展開がいろいろな場所でなされている。これも「探検感」につながっている。

ぜひ新宿駅に来た時は、西口に広がる本のジャングルを「探検」してほしい。

 

それでは、次回また!

今回買った本

・深澤献『ヤマ師 裸一貫から一代でトヨタ・松下・日立を超える高収益企業を作った破格の傑物「山下太郎」のすべて』(ダイヤモンド社)

・宇田川元一『他者と働く「わかりあえなさ」から始める組織論』(NewsPicksパブリッシング)

・高妍『隙間』1~4(KADOKAWA)

・池井戸潤『鉄の骨』(講談社文庫)

・東畑開人『心はどこへ消えた?』(文春文庫)

関連書籍

岩井圭也『夜更けより静かな場所』

”人生は簡単じゃない。でも、後悔できるのは、自分で決断した人だけだ” 古書店で開かれる深夜の読書会で、男女6名の運命が動きだす。直木賞(2024年上半期)候補、最注目作家が贈る「読書へのラブレター」!一冊の本が、人生を変える勇気をくれた。珠玉の連作短編集!

岩井圭也『プリズン・ドクター』

奨学金免除のため、しぶしぶ、刑務所の医者になった是永史郎(これなが しろう)。患者たちにはバカにされ、ベテランの助手に毎日怒られ、憂鬱な日々を送る。そんなある日の夜、自殺を予告した受刑者が、変死した。胸をかきむしった痕、覚せい剤の使用歴……これは自殺か、病死か?「朝までに死因を特定せよ!」所長命令を受け、史郎は美人研究員・有島に検査を依頼するが――手に汗握る、青春×医療ミステリ!

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文豪未満

デビューしてから4年経った2022年夏。私は10年勤めた会社を辞めて専業作家になっ(てしまっ)た。妻も子どももいる。死に物狂いで書き続けるしかない。

そんな一作家が、七転八倒の日々の中で(願わくば)成長していくさまをお届けできればと思う。

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岩井圭也 作家

1987年生まれ。大阪府出身。北海道大学大学院農学院修了。2018年「永遠についての証明」で第9回野性時代フロンティア文学賞を受賞しデビュ ー。著書に『夏の陰』( KADOKAWA)、『文身』(祥伝社)、『最後の鑑定人』(KADOKAWA)、『付き添う人』(ポプラ社)等がある。

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