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じゆうちょう「Q」

2025.12.26 公開 ポスト

ここから先は自己責任です 第10話「呪いのビデオ」フェイクドキュメンタリーQ

フェイクドキュメンタリーというジャンルが、盛大な盛り上がりを見せる一方、多くの人が「考察ありき」と受け止め、その鑑賞スタイルに疲れを感じる声も出ている現代。

今年3月から始まった本連載も、ついに第10回を迎える。
​今回掲載するのは、ある映像ディレクターが業界向けメディアへ寄稿する予定だった「お蔵入り原稿」である。そこには、2015年に起きたある凄惨な事件と、それを巡る「呪いのビデオ」の制作秘話が綴られていた。
​かつて映像化を断念された「それ」は、10年弱の時を経て、なぜ彼を動かしたのか。

読者諸君には、文末に添えられた映像を「完成」させる最後の一要素になっていただきたい。

*   *   *

『「本物」と「紛い物」ーーフェイクドキュメンタリー・ブームの中で再考する映像倫理』——2023年 映像業界向けWebメディアに掲載予定だった原稿

―――――――――

 


「本物(リアル)」と「紛い物(フェイク)」——フェイクドキュメンタリー・ブームの中で再考する映像倫理
執筆:映像ディレクター 一橋幸次(仮)

かつて私は、いわゆる「心霊ドキュメンタリー」の制作に携わっていた。「携わっていた」と過去形として語るのは、ある一本の投稿映像がお蔵入りになったことを機に、その世界から距離を置いたからだ。
正直に言えば、制作中止やお蔵入りなど、この業界では日常茶飯事である。私が関わったその案件も、業界内で話題になるような派手なトラブルがあったわけではない。ただ、私個人の内側に、数年を経ても解消されないおりのようなものとして残っている。
 

当時制作していた心霊ドキュメンタリー作品のパッケージ

今回、私が筆を執ったのは、映像制作に携わる者の端くれとして、昨今のフェイクドキュメンタリー・ブームの在り方に対して、ある種の危惧を覚えているからだ。
現在、このジャンルはかつてない活況を呈しているが、その多くは過去の成功した形式をなぞることに終始し、肝心の「恐怖そのものに対する敬意」が欠落しているように見えてならない。ショッキングなギミックばかりが洗練される一方で、本来であれば畏怖の対象であるはずの事象が、単なる消費物として安売りされている
かつての我々は、映像化にあたって「一線を越えた素材」と対峙した際、それをどう扱うべきかという逡巡を抱えていた。それは作品を成立させるための最低限の「誠実さ」であったと言ってもいい。
私が懸念しているのは、こうした無自覚な表現の氾濫が、かつて私たちが封印を選んだ「あの種のもの」を、再びこの世界へ引き寄せてしまうのではないか、ということだ。情報の解像度が上がり、あらゆる秘匿が暴かれる現代において、あの出来事が不適切な形で再発見され、歪んだ文脈で消費される日はそう遠くないだろう。
それが避けられないことだとするならば、せめてあの映像に宿っていたものの正体を、映像に携わった者の責任として、ここに一度整理しておきたい。

その映像が投稿されてきたのは、2015年のことだった。
当時25歳だった筒井達也(仮名)氏から送られてきたのは、彼が高校時代に友人と作ったという、一本の「呪いのビデオ」だった。
 

筒井氏の取材の様子

筒井氏とその友人である小園(仮名)氏は共にホラー好きで、文化祭の出し物としてその映像を企画・制作したという。発案者は小園氏。他に3名の同級生が手伝いとして名を連ねていた。
「本当にあった呪われた映像・特別上映」と銘打ったイベントのために制作されたその映像は、言ってしまえば映画『リング』に登場する「呪いのビデオ」のチープな模造品であった(小園氏は『リング』を偏愛していたという)。
試写で完成品を見た上述の同級生3人は「全然怖くない」と笑ったのだという。
その数日後、小園氏は自殺した。
殺鼠剤を用いた服毒自殺だったという噂だが、筒井氏もそこまで詳しい死因は聞けなかったという。
葬儀のあと、筒井氏のもとに小園氏の「遺書」が届いた。


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筒井

お前ならわかってくれると信じてる
俺が復讐なんかのために死ぬわけじゃないって
これは完成
あいつら、俺たちを嘲笑ったよな「怖くない」「嘘くさい」「全然本物じゃない」って
だから、俺がこのビデオを本物にする
リングだってそうだ 映像が怖いんじゃなくて、「見ると死ぬ」から怖いんだ
人の死が呪いを本物にする
バカにされて悔しかったから当てつけで死ぬわけじゃない
ただお前に、俺たちの作った呪いが完成するのを見届けてほしかった

死ぬのは怖いよ、筒井
だからあのビデオを一生消さないでくれ
最後まで一緒に作ってくれてありがとう

小園
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当然だが文化祭自体が中止となり、例のビデオも上映されることはなかった。

事の顛末をあらかた話し終えた筒井氏は「ところで」と言った。
「あの映像にうめき声のようなものが入っていたのに気づきましたか?」
その場でビデオを確認すると、なるほど、確かに男のうめき声のようなものが入っている。BGMなども入っていたから、演出だと思って気に留めていなかった。
「それ、小園の声だと思うんです」と彼は言った。更には、試写を見た3人の同級生がしばらくして変死したとも。
突然の急展開に、私は内心で首を傾げた。いかにも出来過ぎた都市伝説的な筋書きに、制作者としての懐疑心が働いたのも事実だ。
「僕だけが生きているのは、この呪いを広げてほしいという小園の意志なんじゃないかって」
そのあたりで、私は一度メモを閉じた。これ以上彼に付き合うのは、時間の無駄だと思えたからだ。

この程度の内容であれば、お蔵入りにはしなかっただろう。すでに倫理にもとると見る向きもあるかもしれないが、自殺や不審死の話はこの業界では珍しくない。だから調査と並行して編集作業を進めていた。
だが、映像がほぼ完パケとなった頃に、筒井氏の証言を根本から覆す事実が明らかになった。
変死をしたという3名の同級生、その全員が存命であるとわかったのだ。
そのうちの1人に直接取材することができた。彼曰く、小園氏が亡くなってすぐ、筒井氏に毒物のようなものを飲まされそうになったのだという。筒井氏から手渡されたジュースの色が明らかに異様で、粒のようなものも浮いていたので飲まずに突き返した。これは何だと問い詰めると、筒井氏は口籠ってその場を去った。
「だから、もしかして小園も、自殺じゃなくて筒井にやられたんじゃないかって、俺ら3人は正直思ったりもしましたよ。筒井宛の遺書があったって話ですけど、それも自作自演なんじゃ、って」

この時点で「犯罪の可能性がある」として、プロデューサーの判断によりこのエピソードはお蔵入りとなった。

同級生への取材を経て、私の中に一つの可能性が浮かんでいた。ビデオに記録されたあのうめき声、あれは霊現象などではなく、筒井氏が録音して挿入したのではないか。もしかして、自ら毒を盛って死にゆく小園氏の断末魔を……?
だとすれば、あのビデオを「本物の呪い」にしたがっていたのは、果たして小園氏なのか、筒井氏なのか。それとも二人の共謀によるものなのだろうか。
いずれにせよ、まさにあの「呪いのビデオ」は2015年当時、今まさに完成せんとしていたのだ。我々はそれを食い止めた。そして私は、その狂気と悪意に圧し潰されそうになり、業界を去った。

だが、昨今のフェイクドキュメンタリー・ブームに触れ、頻繁にあのことを思い出す。
粗製濫造される「怖さの手触り」だけのコピーアンドペースト。確かに、見かけのクオリティは小園氏の「呪いのビデオ」より遥かに高いだろう。しかしそこに大きな欠落はないだろうか?
そういった作品(と呼ぶのも抵抗があるが)を目にするたび、ある思いが私の胸の中で育ってゆく。
あの作品を完成させなくては。
1人の映像作家として、あのような作品が世に放たれず、本物を指向しない紛い物(フェイク)ばかりが持て囃される現状にほとほと嫌気が差したのだ。
今になってわかる。小園氏の想いは狂気ではない。筒井氏の行いは悪意ではない。彼らはただ誠実に、ひとつの表現物と向き合っていた。
そして私も、彼らの描いた呪いの設計図のピースであった。当時の私はその役割を放棄した。それを後悔している。

ここに、筒井氏から投稿された映像を公開する。それを読者諸君が見ることで、小園・筒井両氏の仕掛けた仕事はついに完成する。
どうか、紛い物を消費するだけではなく、本物を指向し、本物に触れる。その美しさを知ってほしい。

―――――――――

本内容は某映像業界向けWebメディアに掲載予定であったが、過去の死亡事案や傷害未遂事件を肯定するような内容が含まれていたため、公序良俗に反し、読者に著しい不快感を与える表現が含まれていると判断されお蔵入りとなった。

なお、文末には映像のリンクが貼られていたが、今回の公開に当たっては元の映像全体ではなく、一部抜粋したものを掲載する。

 

 

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じゆうちょう「Q」

この連載では、とある事情にてお蔵入りとなった文章を、一部再編集のうえ公開できるようにし、掲載していきます。呪われたモノ・こと・人…あなたのまわりにも「それ」はあるかもしれません。

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フェイクドキュメンタリーQ

「フェイクドキュメンタリーQ」は、映像制作を生業とするクリエイターの集合体で、YouTube上でホラー系のフェイクドキュメンタリー作品を不定期に公開。テレビ局の未放送VTRや素人動画を再編集するというフォーマットを採用し、その高いクオリティと迫真性で視聴者から高い評価を得ている。 初の著作『フェイクドキュメンタリーQ』(双葉社、2024年)は累計発行部数6万部を突破。
YouTubeチャンネル:https://www.youtube.com/@pro9ramQ 
X:https://x.com/pro9ramQ 

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