おひとりさまブームで増え続ける独身人口。しかし“身元保証人”がいない高齢者は、入院だけでなく、施設への入居を断られることも多いそう。
さらに認知機能の低下で金銭管理が怪しくなり、果ては無縁仏になるケースも……。
「おひとりさま高齢者」問題研究の第一人者、沢村香苗さんが上梓した幻冬舎新書『老後ひとり難民』より、一部を抜粋してお届けします。
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「私はひとりで問題ない」が通用しなくなるとき
「最後までひとりで問題なく暮らしたい」というのは多くの人の願いでしょう。
しかし、実際にはどこかで必ず何らかの問題が生じるものです。
高齢者の間では、「ピンピンコロリ」という言葉がよく使われます。もともとは寝たきりにならないよう運動を推進するために使われるようになった言葉なのですが、私は「ピンピンコロリは思考停止ワード」だと思っています。
「自分はピンピンコロリで逝きたい、死んだらそのあたりに骨をまいてくれたらいい」と潔さを強調する人もいます。ですが、「ピンピンコロリ」は選ぶことができないのです。まして医療の発達した今の時代では、そう簡単に死ぬことはできません。
だからこそ、「ピンピンコロリ」の話には意味がありません。大切なのは「ピンピン」の部分、つまり「健康に過ごすこと」であり、「コロリ」の部分はまったく期待できないということを直視しなくてはなりません。
では「コロリとは逝けない」とすると、具体的にどのようなことが起きうるでしょうか。
身寄りのない高齢者が自分の状況の危うさに気づくのは、多くの場合、転倒して骨折したり、病気で倒れて病院に搬送されたりしたときです。
普段は特に問題なく暮らしていても、こうした緊急事態に直面したとき、初めて「誰もサポートしてくれる人がいない」「もう、ひとりではやっていけない」という現実を突きつけられるのです。
たとえば以前、NHKの番組で、腰が痛くて動けなくなった高齢者が119番に連絡して、助けを求める様子が紹介されていました。
このような場合、運よく電話が近くにあれば通報ができますし、近所にかけつけてくれる人がいれば助けを求められるのですが、そうでなければ、誰かが気づいてくれるか、なんとか立ち上がれるようになるのを待つしかありません。
救急搬送されるケースでは、財布や保険証を持たないまま、病院に運ばれることもありえます。パジャマ姿で運ばれたものの入院するほどではないと判断され、誰も病院にかけつけてくれなければ、靴もないまま帰宅しなければならないこともありえます。
また、高齢者のなかには口座振替やクレジットカードを利用しておらず、光熱費などをコンビニで支払うという人も少なくありません。入院して支払いに行くことが難しくなったら、携帯電話も止まってしまいますし、電気が止まれば、退院したときには冷蔵庫の中身は腐ってしまっているでしょう。
若い世代ならスマホを使って簡単に済む用事かもしれませんが、多くの高齢者にとっては、このような問題への対処は簡単ではありません。
いざ退院するとなったとき、筋力が落ちるなどして、自宅の入口の階段をのぼれなくなっていたらどうなるのでしょうか? 身体の自由がきかなくなった状態で、ひとりで生活環境を整えるのは至難の業です。
このように、身寄りのない高齢者の暮らしには、緊急時や日常の些細なことにも、さまざまな困難が潜んでいます。周囲の助けを得られない環境では、事態は容易に深刻化してしまうのです。

入院すると、とたんに問題があらわになる
「老後ひとり難民」が突然入院した場合、キーパーソンがいないと、さまざまな問題が生じます。
病院に運び込まれるような状況では、医療行為の選択や延命治療の是非など、生命に関わる重大な判断が必要になることも少なくありません。
しかし、意識がなかったり認知症の症状があったり、本人の意思決定能力が十分ではないこともあるわけです。そうでなくても、重大な判断をするときには、誰しも大きな不安を覚えるものです。
本人の意向を代弁し、精神的にサポートする家族がいない場合、医療スタッフにとっても負荷は大きくなります。本人が真に望む医療を提供できているのかということはもちろん、「将来的に親族などからクレームを受けないか」といった不安を抱えながら、治療方針を決定せざるをえないからです。
また、金銭管理の面でも問題が生じます。入院費の支払いはもちろん、日用品の購入代金や、長期入院の場合は自宅の家賃や光熱費等の支払いも滞ってしまいます。
認知症で本人が手続きできない場合、金銭管理を代行する家族がいないと、退院後の生活に支障をきたすおそれもあります。
さらに、洗濯物の交換や病院への届け物など、入院生活に必要なさまざまな用事を誰が行うのかという問題があります。退院するとなればその手続きや自宅に帰るための準備があり、場合によっては手すりなど福祉用具の手配なども必要になります。

深刻な状況をギリギリで支えている人たち
このような問題について、正式な業務として解決にあたるべき人は通常決まっているわけではありません。
実際に「老後ひとり難民」がギリギリの状態になったとき、ボランティア同然で支えている人たちがいます。自治体や地域包括支援センターの方、ケアマネジャー、民生委員、医療ソーシャルワーカー(MSW)などです。
民生委員は、民生委員法に基づき厚生労働大臣から委託された「非常勤・無給」の地方公務員です。一般に、高齢者や障がい者のいる世帯、児童・妊産婦・ひとり親家庭などの状況把握のため、家庭訪問や地域での情報収集を行い、ニーズに応じて福祉サービスなどの情報提供や相談支援を行います。
「老後ひとり難民」のサポートという点では、身寄りのない人が亡くなった際に、葬儀を行うための「葬祭扶助」の申請を民生委員が手伝うこともあります。
葬祭扶助とは、生活に困窮している人が亡くなった際に、その葬儀や埋葬に必要な最低限の費用(棺、骨つぼ、火葬や埋葬の費用など)を自治体が援助する制度で、通常は亡くなった人の親族や関係者、あるいは自治体の担当者が申請するものです。
また、民生委員が本人の了承を得て、病院のつき添いをするなど、地域の助け合いの一翼を担うケースなどもあるようです。
しかしながら近年は、民生委員の担い手不足と高齢化が深刻な問題となっています。
民生委員の任期は3年で、一斉改選が行われますが、直近の2022年12月の一斉改選では、定数約24万人に対し、約1万5000人の欠員が生じており、充足率は93・7%にとどまりました。
また再任委員の割合が約7割と高く、新たな担い手の確保が難しい状況が続いています。
背景には、住民の抱える課題の複雑化・多様化により、民生委員の活動内容が広範多岐にわたり、負担が大きくなっていることがあります。
民生委員の多くは高齢者ですが、仕事をしている高齢者が増えていることなどから、担い手の確保はさらに困難になっています。
また、民生委員制度が始まった当時は日本経済が右肩上がりで、今よりも余裕のある人も多かったと考えられますが、現在は余裕のある人が少なくなってきているという構造的な問題もあるようです。
今後は民生委員の不足が深刻化する可能性が高く、「老後ひとり難民」問題の解決手段として期待するのは難しいのではないかと思います。

医療ソーシャルワーカー(MSW)は、病院において患者とその家族が抱える心理的・社会的問題の解決を支援する専門職です。
たとえば、患者が「治療費が払えるか不安だ」と相談に来た場合、MSWは患者の経済状況を把握したうえで、利用可能な公的助成制度について情報提供を行います。
また、必要に応じて社会福祉協議会等の関係機関と連絡を取り、手続きのサポートを行うこともあります。
MSWの重要な役割の一つは、退院を支援することです。たとえば大腿骨頸部骨折で入院した高齢者が、「ひとり暮らしで不安だから、退院したあとは施設に入りたい」と希望した場合、MSWは本人の意向を尊重しつつ、介護保険の利用手続きや施設探しをサポートします。
また、脳梗塞の後遺症で左半身が不自由になった高齢者が自宅で生活することを目指すようなケースでは、自宅のバリアフリー環境の整備や、ホームヘルパー、デイサービスなどの導入について、ケアマネジャーと協力して調整を行います。
MSWは、医療と福祉の架け橋として、患者の生活を多面的にサポートしています。医師や看護師などほかの医療専門職とチームを組み、患者に最適な支援を提供するのがMSWの役割です。
病院内のカンファレンス(会議)で患者情報を共有し、退院後の生活をイメージしながら、必要なサービスの調整を進めるのです。
なおMSWは、社会福祉士や精神保健福祉士などの国家資格を取得していることが望ましいとされていますが、法律で資格要件が定められているわけではなく、病院の判断に委ねられています。
一般病床数が100床以上の病院では、医療法施行規則によってMSWの配置が努力義務とされているほか、がん診療連携拠点病院や地域医療支援病院の指定要件として、MSWの配置が義務づけられています。
「老後ひとり難民」が救急車で担ぎ込まれて、入院に至るような病院には、MSWがいることが多いと思われます。
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「老後ひとり難民」に起こりがちなトラブルを回避する方法と、どうすれば安心して老後を送れるのかについて詳しく知りたい方は、幻冬舎新書『老後ひとり難民』をお読みください。












