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ある日、逗子へアジフライを食べに ~おとなのこたび~

2025.09.20 公開 ポスト

旅先の古道具屋で何を買うのか大平一枝

 いつの頃からか、古道具屋が好きになった。
 洒落たアンティークショップや古美術の店ではない。やっているのかやっていないのか、わからないようなさびれた店。商店街なら端っこから二、三軒目。駅前なら住宅地にさしかかるちょっと手前くらい。意外と街の大小にかかわらず、地方のどこにもあるような気がする。

 旅先で見かけると、とりあえず覗く。
 それほどやる気もなさそうなのに、焼き物が二万五千などと強気な値がついていると、そーっと店を出る。知識のない自分にはお門違いだったとあきらめる。

 なぜ古道具屋に磁石のように吸い寄せられるかと考えると、その地域の生活の足跡のようなもの、暮らしの気配が見えるからではないか。
 寒い地域には鉄瓶や湯呑みが充実し、暑い地域にはガラスや更紗(さらさ)の古裂(こぎれ)が並ぶ。
 地元の名士の家の放出品から、その地域の婚礼のしきたりが伺えたり──金沢の花嫁のれんは有名だが、古道具屋だと見たことのない模様の盃や漆の銘々皿がばらばらとある──、農家が多い地域は、珍しい形の農機具が奥に積まれていたりする。
 古い布の端切れも、農機具も別の用途に使えないかと考えるのが楽しいのである。ちなみに私は一五年ほど前に神奈川で買った農機具の箕(み)を逆さにして壁に吊るし、玄関の花飾りにしている。

 クリックひとつで、全世界同時に、同じものが手に入るこんな便利な時代に、扉を開けなければ出会えない、そこにしかない“わけのわからないもの”。「あれが欲しい」とこちらから探さない、「こんなのあるけれど、さてあなたはどう使うか」と棚から問われているようなものとの邂逅がたまらない。

 日本だけではない。タイ、インドネシア、ベトナム、アメリカ、フランス、スエーデン。
 訪れたどの国にも、たいがい日本のそれと同じように、ひっそりと街から忘れ去られたようなたたずまいの古道具屋があった。

指先サイズのアート

 海外の古道具屋では、何を買うのか。旅先で大きなものは買えないし、高価なものは論外だ。
 私は、なにはともあれ古切手を探す。

 切手は国家の威厳や“自慢”がわかって、おもしろい。かつて貧しかった国は、簡素な質の紙と限られた色合いであるかわりに、デザインで勝負している。国家のお抱えの画家やデザイナーが威信をかけて創っているんだろうなあと勝手に想像しては、いそいそとひとつかみ一〇〇円のようなそれを買い込む。

 使うのは、まず手紙や葉書のあしらいに。味気ない請求書の裏面にも一、二枚飾りにはりつけると、あたたかみが加わる。
 立て替えのお金を返すときのポチ袋やカード、私は自著を送本することが多いので、その封筒のワンポイントのあしらいにも使う。
 あの人にはこれ、この季節にはそれとコーディネートを考えるのが楽しい。インクの色に合わせることもある。

 そんなに手紙を出す機会がないという人でも、美しい古切手は使い方次第で印象的なギフトになる。
 また、使わなくても、あの街で買ったなと、旅の思い出としてとっておけばいいのだ。

 国内の旅先では、郵便局の窓口のタイミングが合えば立ち寄って記念切手を買う。これは、都道府県別もあれば、地方自治施行◯周年記念シリーズ、ふるさとの花シリーズもあり、集める楽しさがある。

 ずいぶん前、フランスの美大の短期コースに行く友人に「お土産は何がいいか」と聞かれた。
「もし機会があったら古道具屋で古切手の束を」と頼んだ。かさばらなくて、負担にならない金額で、相手も買うときに楽しいもの。私の考える、お土産をたのむときの全ての条件にこれなら、そしてアートが好きな気な彼女なら、きっと当てはまる。

「私も欲しいからお安い御用!」と言われ、いただいたのは、個人が集めたと思われるヨーロッパ各国の花模様だけを詰めた切手の袋と、印刷が二色だけの切手を集めた袋、動物の袋。アルジェリアやアイルランド、スイス。
 眺めるだけでも味わいがあり全部で何十枚あったのに、今は数枚になってしまった。

 暑中見舞いか何かに貼り付けて送った相手から、<この切手はブルガリアですね、珍しい!>と返事をもらった。
 友人の旅の思い出が、小さな紙片を通して各地に拡がり花を咲かせたようでとりわけうれしかった。
 イギリスに留学していた、古いものに全く興味のない息子にもダメ元で頼んだら「たまたま立ち寄った教会のフリマで見つけたよ」と土産にくれた。一色刷りもカラーも、どれも美しく、これも全部使い切ってしまった。

 最後は、切手のススメみたいになってしまった。
 ふだん、さあ珍しい切手を買いましょうとはなかなか思い立たないが、旅先なら楽しみなルーティンのひとつになる。大事なお礼を伝えたいとき、メールでなく葉書でも面倒に感じないのは、旅の余韻もお裾分けできるからだろう。
 
 旅の余韻を味わえる自分への小さなお土産。やっぱり全力で推したい。

 

旅の記憶が詰まった切手の引き出し
シンプルな茶封筒に温かみや味わいが加わる
農具の箕(み。穀物をふるいにかけたり、殻や塵を取り除くもの)の、我流使用法

 

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ある日、逗子へアジフライを食べに ~おとなのこたび~

早朝の喫茶店や、思い立って日帰りで出かけた海のまち、器を求めて少し遠くまで足を延ばした日曜日。「いつも」のちょっと外に出かけることは、人生を豊かにしてくれる。そんな記憶を綴った珠玉の旅エッセイ。

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大平一枝

文筆家。長野県生まれ。大量生産、大量消費の社会からこぼれ落ちるもの・こと・価値観をテーマに各誌紙に執筆。著書に「東京の台所」シリーズや『人生フルーツサンド』『こんなふうに、暮らしと人を書いてきた』『そこに定食屋があるかぎり』など。「東京の台所2」(朝日新聞デジタル&w)、「自分の味の見つけかた」(ウェブ平凡)、「遠回りの読書」(サンデー毎日)など各種媒体での連載多数。

HP:https://kurashi-no-gara.com/

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