
違法薬物関連のニュースが続いています。違法薬物の使用は、犯罪であると同時に、依存という病気でもあります。つまり、適切な処置をとれば回復可能だということです。
2021年に発売された『薬物売人』は、かつて違法薬物の売人であった倉垣弘志氏が、薬物売買の内幕と、逮捕から更生までを綴った貴重な書です。違法薬物は社会にいかに浸透するのか? 本書より抜粋してお届けします。
また、2025年9月18日(木)20時半より、本書にも登場する『解放区』の映画監督の太田信吾氏と倉垣氏による「演劇とケア」をめぐる勉強会が開催されます。詳細は、記事最後をご覧ください。

人生が少しずつ歪むときがくる
ある週末、シャブ好きの客がやって来た。彼は週末シャブ中で、仕事の休みの前日からシャブをキメて遊び呆ける。朝までギンギンに酒を飲んでガールズバーに行ったり、クラブに行ったりして夜を明かす。女とキメて遊ぶ日もあれば、裏カジノやインターネットカジノで博打に夢中になる日もある。金は腐るほどあるから、仕事に支障が無ければエキサイティングで刺激のある週末を過ごしても、誰も文句を言わない。
「クラちゃん、入ってる?」他に客がいるので小声で言ってきた。
「あるよぉ」何かのドラマのバーのマスターのように返事をした。
「タンカレーで、ジントニック」少し気取って、酒を注文してきた。
氷を入れたグラスに、冷凍庫でキンキンに冷えたタンカレージンを注ぐ。ライムをカットして搾り落とし、シュウェップスのトニックウォーターでグラスを満たした。マドラーで氷を持ち上げるように軽くステアし、カウンターにコースターを滑らせた。その上にそっとグラスを置く。
「タンカレートニック、どうぞ」
チャームのミックスナッツを、底の深いガラス製の小皿に入れてグラスの側に添えた。
「ありがとう」
彼は同じものを二杯飲んで、2万円多く支払いをして帰っていった。彼とは、いつもこうやって取引をしていた。ミックスナッツが入った小皿には、シャブの入ったパケが二つ入っていた。0・2グラムのシャブが入ったパケが二つ。一つ1万円。彼は、それを炙って吸って週末の休みを満喫する。仕事柄、店にスーツ姿でやって来ることが多い。誰も彼がシャブを持っているなんて思いもしないだろう。俺は、このようなやり方を使って数人にシャブを売り捌いていた。
彼らは、まともな職に就いて社会人として立派に生活を送っている者たちだ。この連中は週末シャブ中なので、あまり心配はない。土日の休みにどっぷりとシャブに浸かり、週明けからは真面目に仕事をする。また週末になると、ソワソワしながら店にやって来る。シャブ中たちは、持っていると我慢できずに使ってしまう。俺は彼らを上手くコントロールし、休日に使う分だけの適量しか売り出さなかった。
品物があるからと言って多く売り渡すと、彼らの人生が少しずつ歪んできて、いつか破綻することになりかねない。そうなると、だいたい想像ができる。まず仕事がルーズになり、休むことが多くなる。気がつけば職を失い、家族がいれば別居となる。金はあるので寂し紛れにシャブを食い続け、そのうち金もなくなっていく。仕事を探しても見つからない。選ばなければ何でも仕事はあるのだが、求人情報をペラペラと見ているうちに時は一月を越え、季節を越え、年を越える。
妻とは離婚し、借金だけが増えていく。しょうがなく就いた仕事で稼いだ金はシャブとなり、火で炙られ、白煙となって身体の中に染み込んでいく。得るものは何もなく、失うものばかりが増えていく。このあたりで己の馬鹿さ加減に気がつけば良いのだが、欲に流されて気づかない者は、そのうち警察に逮捕されるか、犯罪に手を染めるか、自らの手で命を絶っていく。そんな風にはなってほしくない。それに彼らはシャブを炙って吸引するので、血管に直接注射して放り込む連中よりは依存性は低く、切れ目も比較的きつくない。週末の休みにシャブを炙って吸引する程度なら、彼らにとっては少し高くつく遊びの範囲に収まっていた。
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続きは、『薬物売人』をご覧ください。
お知らせ
『ケアと演技』 3都市ツアー
https://hydroblast.asia/free/careacting
<大阪公演>〈ケアの実践者との対話の場「ラーニングルーム」〉①「演技のケア的側面—倉垣弘志(『薬物売人』著者)×太田信吾」
9月18日(木)20:30-21:30
映画『解放区』(太田信吾監督)で、元薬物売人として自らの過去を“演じ直す”という手法に取り組んだ倉垣弘志さん。当事者として、表現者として、それぞれの立場で「演技」と向き合ってきた二人が、“演じることはケアになりうるのか?”を手がかりに、西成で語り合います。
会場:西成永信防災会館
https://www.plus1-nishinari.net/
参加費:無料
予約:定員に限りがありますので、グーグルフォームよりご予約ください。
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