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薬物売人

2021.06.01 更新 ツイート

「田代まさしパクられたやろ。俺のネタやねん、たぶん」 倉垣弘志

(写真:iStock.com/Javier Gonzalez)

かつて違法薬物の売人であった著者が薬物売買の内幕と、逮捕から更生まで綴った『薬物売人』が5月26日に発売されました。もう二度とあの場所に戻らないための告白の書。人はいかにして薬物に溺れていくのでしょうか? 当人にしか描けないそのカラクリ、そして後悔。圧倒的ディティールで描かれる本書より、第一章「逃走」の冒頭をお届けします。

シャブが抜けるまで捕まるわけにはいかない

身の回りの整理から始めた。やばいものを処分しなければいけない。そこらへんに転がっている空き缶を集め、使用済みの注射器を空き缶の飲み口から中へ、ストンと落とす。空き缶一本に注射器一本。その空き缶を手で押し潰すと中にある注射器は出てこないし、振ってもカラカラと音をたてたりしない。シャブが入っていたパケ(薬物を入れる小袋)も空き缶の中に詰め込んだ。

そんな空き缶五本をコンビニのレジ袋に入れて、他にやばい物がないかスタジオ内を探しまわった。ちっさな電子測り器、パケにパンパンに詰まった10グラムほどのハッパ、測りはレジ袋に入れてハッパはジーンズのポケットにねじ込んだ。財布をケツポケットに入れ、携帯電話を手に取り、仲間のソバに電話をかけた。

「もしもし、何してんねん」

「なんもしてへんけど、どないしたん」

「こっちこーへんか、豊中のスタジオ」

「そうなん、ひまやし行くわ」

こいつが暇なのは分かっていた。柔道整復師になるための勉強中で、日中は意外と家にいる生活をしていた。歳は俺の三つ下だが、対等に付き合える面白い奴だ。

「車で来いや、下ついたら電話ちょーだい」

江坂から車で三十分、ソバが来るまでにポケットのハッパを取り出し、細かくほぐしてペーパーできれいに巻いて火をつけた。そして小さくエリカ・バドゥのCDをかけ、これからについて考えた。

シャブが抜けるまでの一週間から十日ほど、どこに行こうか? いや、このままずっとどこか知らない場所に行って逃げ続けるか? 身分を隠して偽って生活をするか? どこかで働けるか? このスタジオはどうするんや? いろいろな思いが頭の中を駆け巡るが、ハッパが効いてきたせいかそんな思いたちは音楽に乗せてどこかへ飛んでいってしまった。気がつけばリズムに合わせてステップを踏み、ガランとしたスタジオで踊りまわっていた。

ダンスに出会ったのは十七歳の頃だった。十五歳ぐらいから改造した400ccの単車を乗り回し、集団で暴走行為を繰り返して最終的には芋づる式で検挙された。大阪府内北摂地域の四つの警察署から呼び出しをくらい、たらい回しに通わされ調書を取られた後の頃だった。もう暴走族は卒業や! 働いて金稼ご!

実家から阪急電車に乗って四十分ほどで着く梅田のカラオケバーに飛び込みで入り、アルバイトをさせてくれるようお願いした。簡単な履歴書を提出したら、すぐに働かせてくれた。

DJブースがあって、四人掛けテーブルが二十席ぐらいあって、各テーブルごとにカラオケが回ってきて、DJの紹介で前のちょっとした小上がりの舞台に立たされて熱唱するシステムの店だった。カラオケの合間には、照明が落ちてミラーボールが回る、ディスコタイムもあった。料金は二時間飲み放題歌い放題で2500円。簡単なオードブルバイキングもある。そんな店で俺はヘタクソなカラオケの歌声の合間に始まる、ディスコタイムにハマりはじめた。

三十分後、電話の着信音に我に返って電話に出ると、ソバがビルの下に着いたと言う。さっき吸ったハッパのおかげでだいぶ気持ちは落ち着き、リラックスしている。二日間シャブを放り込んで寝ていないにもかかわらず、頭の中はスッキリとしていて、これから始まる旅に少しワクワクしだしていた。こういうある意味前向きな考えは、俺がハッパをキメた時の特徴で、いつも良いひらめきやメッセージが、天から降りそそいでくる。ここはそれに忠実に行動しよう。

「神様、お守りください」

俺はハッパの詰まったパケにキスをし、ポケットにねじ込んだ。注射器の入った空き缶五本と、電子測り器の入ったレジ袋を提げ、スタジオの戸締まりをして勢いよく階段を下りて行った。ビルの前に止められた車の助手席にサッと乗り込み、ソバの運転する車が走りだすと、俺たちはいつも通りの挨拶をして会話を交わし始めた。張り込みの刑事たちのことが気になったが、キョロキョロと周りを気にせず車の進行方向だけを見つめるように心がけた。

車は豊中駅前を左に曲がり、石橋方面に向かって線路沿いを走りだす。すると対向車線からパトカーが走ってきた。

「そこのマクド、ドライブスルーしよ」

たまたま通ったパトカーだと思うが、気持ち悪いし少しタイミングをずらすことにした。

「ほんで、どこいくん?」

ソバがコーラにストローをさしながら聞いてきた。ソバは、まだ何も知らない。俺の置かれている状況を今説明するべきか、ハンバーガーを頰張りながら考えた。車が走りだすと線路沿いの来た道を戻って、豊中駅前を左に曲がり箕面(みのお)方面に抜けるバス道路に入った。平日の午後なのでそんなに交通量は多くない。

「ソバくん」

「えっ」

「俺やばいかもしれへん」

「えっ何が?」

「田代まさしパクられたやろ」

「はぁ」

「あれ、俺やん」

「ん? 何それ」

「俺のネタやねん、たぶん」

「え~っ、うそっ何それっ、どういうことなん?」

「だから、シャブもコーク(コカインの隠語)もハッパも俺が売り捌いたやつやねん。たぶん」

ソバは鼻からコーラを吹き出すほど驚いた。

田代は横浜赤レンガ倉庫近くの駐車場で、女と同乗している車の中にいるところを、APEC国際会議中の横浜を特別警戒している警官から職質を受け、田代と女の所持品の中から覚醒剤とコカインが見つかり、現行犯逮捕された。

その後、部屋からは大麻約50グラム、覚醒剤10グラム、コカイン8グラムが見つかった。田代が俺以外からも薬物を入手していれば、刑事たちは俺の他にも捜査対象者がいて、探しているかもしれない。しかし所持していた薬物や、部屋から出てきた薬物の量から予想すると、俺が最近売り捌いた量にピッタリあてはまる。

「どうすんの、やばいやん」

さっきまでのにやけた表情から一変して、ソバは茹でる前のそば乾麺のように硬い表情をして言った。

「とりあえず、スタジオには戻られへん」

「な、なんで?」

「刑事、いっぱい張り込んどるがな」

「まっ、まじでっ」

ソバは背筋を伸ばしてバックミラー、サイドミラーを何度も確認した。

豊中から箕面に抜けるバス通りの途中に、仲間の部屋がある。そこは二日前にスタジオの宣伝用フライヤーのデザインをした場所で、酒を持ち込みグダグダ夜を過ごした部屋だ。そのマンションが近づいてきた。少し様子を見るためマンションの敷地内に車を入れた。

「ソバくん、あわてず駐車場くるっと回って出よか」

「えっ、出んの?」

マンションの二階の通路に、耳に手をあてながら歩いているおっさんがいた。よく見ると、耳からは線が垂れている。通路を仲間の部屋がある方向に歩いていたが、くるっと反転して引き返していく。

「刑事やぞあれ、ここもアカンわ」

「うそやろ」

「見てみ、イヤホンしとるがな」

「ほんまや」

「無線や無線」

「野球中継でも聞いてるんちゃうん」

「ソバくん、アホか、誰がマンションの通路を行ったり来たりしながら、耳にイヤホン付けて野球中継聞くんや、おかしいやろ」

俺たちの乗る車は、ゆっくりとマンションの駐車場を出て、国道一七一号線に向かって走りだした。もうこの車はマークされているし、俺たちの行動も刑事たちは把握しているだろう。付かず離れずの距離で尾行も行われているはずだ。

国道一七一号線、牧落(まきおち)交差点を茨木(いばらき)方面に右折し、新御堂筋(しんみどうすじ)を越え左手にあるコンビニの駐車場に車を入れた。コンビニ店内で商品を探すふりをして、外の駐車場に停まっている車の車種や特徴を覚えていく。タバコや飲み物を適当に買って車に乗り込んだ。

(第一章「逃走」より)

関連書籍

倉垣弘志『薬物売人』

田代まさし氏への覚醒剤譲渡で二〇一〇年に逮捕され、懲役三年の実刑判決を受けた著者は、六本木のバーを拠点にあらゆる違法薬物を売り捌いていた。客は、金のある日本人。会社員もたくさんいた。マリファナの客は、癒しを求めて、コカインの客は、創造性のために、週末だけシャブをキメる客も多かった。しかし、楽しむための薬物は、いつしか生きるために欠かせなくなり、人生を破滅させる。自らも依存症だった元売人が明かす、取引が始まるきっかけ、受け渡し法、人間の壊れ方――。逮捕から更生までを赤裸々に描く。

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薬物売人

2021年5月26日発売の新書『薬物売人』試し読み

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倉垣弘志

一九七一年大阪府に生まれる。中学校に入学後から街の不良となり、何度も警察に補導される。工業高校に入学すると、週末はバイクでの集団暴走を繰り返す。卒業後、飲食店に勤め、バブル期の繁華街で金を稼ぐことを覚える。同時期に音楽、ダンスに興味を持ち、没頭していく。主にブラックミュージック、ストリートダンスに心酔し、この頃からマリファナ、シャブ、LSDなどを使用する。二〇一〇年、田代まさし氏に覚醒剤を譲渡したとして、逮捕。懲役三年の実刑判決を受ける。二〇一五年、八重山の離島に単身移住。

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