
横浜に住みはじめて、7年になる。
大学進学のために故郷を離れてから、札幌や都内などを移り住んできた。なかでも、横浜は出身地・大阪に次いで長く住んでいる地だ。生粋のハマっ子と肩を並べられるとは思わないが、横浜という街への愛着はある。
作家としても、横浜市内の書店さんにはたいへん応援してもらっている。2年前から、『横浜ネイバーズ』(ハルキ文庫)という文庫書き下ろしシリーズをはじめたことも一因かもしれない。
なかでも、強力に岩井をプッシュしてくださっている書店のひとつが、有隣堂戸塚モディ店さんである。
こちらのお店では岩井の著作を展開してくださっている他、昨年は岩井の選書で理学書フェアもさせてもらった。約30冊の選書は非常にやりがいがあり、ささやかながら売上にも貢献できたと聞いてとてもうれしかった。

ところで、今年7月からはじまった新しい小説企画がある。北海道大学(北大)の創基150周年記念事業、『北極星をえがく』である。(先月の記事でも紹介したため、知っているという人は一段落読み飛ばしてください)
この企画は、北大OBである岩井が連作小説を執筆し、冊子として北大構内や札幌市内の施設、北海道内外の書店で無料配布するというものである。3か月ごとに全5話を制作予定であり、第1話の配布は7月25日に開始した。詳しくは、ぜひ公式サイトを確認してほしい。(試し読みや配布場所の詳細も掲載されています)
この企画では実に多くの書店さん(60店舗超!)の協力を得ているのだが、有隣堂戸塚モディ店もそのひとつだ。色々な面で、つくづくお世話になっている。
そんな同店の店長さんに、この「あなたの書店で~」の企画について取材協力をお願いしたところ、「ぜひ」とご快諾いただいた。
有隣堂さんでの取材は、前回新横浜のお店(キュービックプラザ新横浜店:2024年9月)を訪れて以来。過去の記事を読める幻冬舎plus会員の方は、両方の記事を読み比べるのも面白いかもしれない。
* * *
8月某日、戸塚駅のショッピングモール・戸塚モディで担当編集者氏と待ち合わせた。戸塚モディは、JR・横浜市営地下鉄戸塚駅に直結している。地下1階から地上7階まである大型モールだ。
エスカレーターで4階に到着すると、すぐ目の前が有隣堂。ランキングや話題作に、つい目を奪われる。

本企画のルールは「(できるだけ)1万円プラスマイナス千円の範囲内で購入する」という一点のみ。さっそく自腹(ここ重要)の1万円を準備して、買い物スタート。
まずは雑誌コーナー。フラフラ歩いていると、『月刊コロコロコミック』の前で足が止まった。連載中の『運命の巻戻士』は、最近気になっている作品。娘が見ているYouTubeで本作の動画が流れてきたのだが、これが面白い。

コミックも出ているようなので、頭のなかの「今後買うかもしれないリスト」に入れておくことに。
有隣堂さんは、本以外の玩具や雑貨も充実している。雑誌のすぐ近くには、「恐竜を楽しむ夏」フェアが展開されていた。フィギュアやぬいぐるみ、文房具など、恐竜グッズが目白押しである。

さらには「いきものぬいぐるみ」フェアも。

実用書のコーナーでは、「筋トレ」「ストレッチ」「栄養学」など健康と関係する言葉がたくさん並んでいた。中年に差しかかった私にとっても、非常に気になる話題である。
異彩を放っていたのが、『揖保乃糸 毎日食べたいそうめんレシピ』(ワニブックス)。おなじみのパッケージを表紙にあしらっているため、スーパーに通っている身としてはどうしても手に取ってしまう。

すぐ横には「石にハマる」というフェアも。石関連の本だけで、こんなにも刊行されていることにちょっと驚き。

コミックのコーナーは、いたる所に熱意があふれ出ているとても素敵な売り場。

特に強力に展開されていたのが、児島青『本なら売るほど』(KADOKAWA)。
舞台が古書店らしく、それだけで本好きの心はくすぐられる。いろんな知り合いから良い評判を聞いているので、前々から気になっていた作品だ。担当編集者氏も「いいですよ!」と太鼓判を押してくれた。
この企画では冊数の多いコミックを買うのは気が引けるのだが(それだけで1万円近くいってしまうこともあるため)、この時店頭に並んでいたのは1巻と2巻だけ。2冊なら値段もかさまない。
というわけで、今日最初の買い物はこちらに決定。

向かいの棚では、岩井の著作と『北極星をえがく』を並べてくださっていました。本当にありがとうございます。

児童書コーナーでは、絵本や読み物と、バスボールやぬいぐるみが同じ棚に陳列されている。こういうジャンル横断的な遊び心も有隣堂ならでは。

一角にはおもちゃが集められた棚もあり、ブロックや粘土、ぬり絵など品ぞろえは充実している。そうした商品とシームレスな形で絵本が並んでいることで、子どもたちが自然と絵本を手に取る導線となっている。

平積みされた絵本を眺めているうち、ある本に視線が吸い寄せられた。大塚健太、柴田ケイコ『ハムスたんていとかいとうニャー』(Gakken)である。
柴田ケイコさんと言えば、『パンどろぼう』シリーズなどの作品で有名な方だ。先日、『情熱大陸』で柴田さんを特集した回を見たばかりでもあった。番組のなかで柴田さんは新作の制作に取りかかっていたが、その時作っていたのが、どうやらこの本らしい。
悪戦苦闘する柴田さんの姿を見ているせいか、がぜん読みたくなる。そういうわけで、こちらはすぐさま購入決定。

次に、文庫を物色することに。

お店を訪問したのは、8月。文庫の夏フェアが盛り上がりを見せる時期だ。特に新潮文庫、角川文庫、集英社文庫の存在感はすごい。

文庫の森をさまよっていると、講談社文庫の棚で足が止まった。「東野圭吾」の棚差しプレートに呼ばれている気がしたのだ。(当人と面識があるわけではないのだが、なんとなく呼び捨てにしづらいので、以下「東野さん」と記す。)

東野さんの小説には、思い出がある。
高校3年生の時、私は受験勉強のためほとんど小説を読んでいなかった。しかし北大での前期試験を終えた翌日、つい、新千歳空港で『白夜行』の文庫本を買ってしまったのだ。久しぶりに読む小説はあまりに面白かった。読書の楽しさを思い出した私は、翌日からほとんど勉強をせず小説の世界に没頭するようになった――。
前期で合格していたからよかったものの、後期の勉強はほとんどやっていなかったから、もし前期がダメだったら後期も絶対落ちていた。受験勉強に集中できなくなったのは東野さんのせいだと、今でも思っている。
ともかく、それ以後も多くの東野作品を読んできた。『容疑者Xの献身』、『秘密』、『白鳥とコウモリ』……好きな作品を挙げればキリがない。ただし、東野さんは多作でもある。未読の作品がたくさんあるのも事実だ。
なかでも、未読であることに引け目を感じているのが『流星の絆』である。さらりと書いたが、「実はまだ『流星の絆』を読んでいない」という告白は、職業作家としてはなかなか勇気がいる。しかし事実なのだからしょうがない。
ふと、講談社文庫の棚を見ると、そこにあった。『流星の絆』が。
――今こそ読む時です。
どこからか、そんな声が聞こえた。
気が付けば、私は棚に差されていた『流星の絆』を手に取っていた……。

いったん文庫から離れて、文芸書を見てみることに。出入口近くには『カフネ』や青山美智子さんの作品などが並んでいた。

夏ということもあってか、ホラー作品が賑わっている。『恐い間取り』や『変な家』とともに、『このホラーがすごい! 2025年版』も並んでいた。

面白いのが、「自由研究」というフェア。ふろく付きの科学雑誌などがずらりと揃っている。ここに来れば、夏休みの自由研究なんて何とでもなりそうだ。

理工書のあたりをうろついていると、またも石の本コーナーを発見。こちらは一般書もありつつ、ややマニアック寄りの印象。
片隅には、『石の沼に落ちた編集者が聖地巡礼する話』というフリーペーパーが置かれていた。こちら、なんと創元社の編集者さんが自作されたマンガだという。ありがたく、1冊いただいていくことに。

よく見れば、たしかに創元社の本が何点かある。なかでも惹かれたのは、ブルーノ・ムナーリ著/関口英子訳『遠くから見たら島だった』(創元社)。モノクロ写真をふんだんに使ったエッセイである。
帯に記されたコメントに、はっとさせられる。
「石は、海や川による彫刻だ。ひとつとして、おなじものはない。」
小さい頃、駐車場の石を一つ一つ観察していたことを思い出した。この本を読んで、忘れてしまった遊び心を取り戻したいと思う。

新書の棚も見てみることに。

少し歩いただけで、すぐに気になる本を見つけた。難波優輝『物語化批判の哲学 〈わたしの人生〉を遊びなおすために』(講談社新書)だ。小説を書くのが本職の身として、「物語」とつくタイトルには条件反射で反応するようになっている。
この本は、「物語化批判」と銘打っているところが面白い。「物語化」という現象はおおむね肯定的に語られることが多いが、そこに正面切って「批判」を加えているという。タイトルだけでワクワクする。
実際、「物語」がビジネスなどの場でポジティブに語られすぎることは私も気になっていた。この本を読み、改めて自分の仕事を見つめ直したい。

かなり冊数がかさんできたが、あと文庫1~2冊くらいなら買えそうな気がする。単行本は諦め、ふたたび文庫のコーナーに舞い戻る。

手前には映像化作品が平積みされていたのだが、個人的に、ひと際目立っていたのが吉田修一『国宝』(朝日文庫)だ。上下巻で、いずれも超幅帯を巻いている。映画化にあわせたこの帯がいい。
この夏、映画『国宝』は空前の大ヒットを記録しているが、実はまだ原作『国宝』は読んでいない。ためしに手に取ると、またもどこからか声が聞こえた。
――今こそ読む時です。
「わかりました」
そういうわけで、今日最後のセレクトは『国宝』に決まった。

本日購入するのは、計8冊。果たしていくらになるのだろうか?

9,834円。おお~!
かなり1万円に肉薄できたのではないだろうか。
今回は紹介できなかったが、実はこちらのお店には広々とした文具売り場もある。

各種フェアや児童書の売り場で顕著だが、有隣堂戸塚モディ店では本と文具・雑貨・おもちゃの距離がとても近い。ほとんど同じ場所に、異なるカテゴリーの商品が置かれていることもある。
書店が本以外のものを扱うのは珍しくないが、一体となって並んでいるのは珍しいかもしれない。これは、他の有隣堂の店舗でも見受けられる特徴だと思う。
こうした陳列のおかげで、有隣堂の棚は見ているだけで楽しい。本以外の商品が混ざっていることで、とても立体感があるのだ。おそらく実売の面でも効果があるのだろう。私も娘と有隣堂へ本を買いに行ったはずが、結果的にバスボールやおもちゃまで買っていた、という経験がある。
近くに有隣堂がある方は、ぜひ足を運んで、実際に店頭の様子を確かめてみてほしい。
それでは、次回また!
【今回買った本】
・児島青『本なら売るほど』1~2(KADOKAWA)
・大塚健太、柴田ケイコ『ハムスたんていとかいとうニャー』(Gakken)
・東野圭吾『流星の絆』(講談社文庫)
・ブルーノ・ムナーリ著/関口英子訳『遠くから見たら島だった』(創元社)
・難波優輝『物語化批判の哲学 〈わたしの人生〉を遊びなおすために』(講談社新書)
・吉田修一『国宝』上下(朝日文庫)
文豪未満

デビューしてから4年経った2022年夏。私は10年勤めた会社を辞めて専業作家になっ(てしまっ)た。妻も子どももいる。死に物狂いで書き続けるしかない。
そんな一作家が、七転八倒の日々の中で(願わくば)成長していくさまをお届けできればと思う。
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