
今回は、直接マンガの話題ではなく、まずは本の話から入りたいと思います。
世の中に本好きな人はたくさんいますが、どこかで、蔵書が1万冊をこえなければ、愛書家とはいえない、と読んだ憶えがあります。
かくいう私も大学の教師だったので、本にはずいぶんお世話になりました。先ごろ、大学を定年退職したので、勤め先の個人研究室を空け渡さなければならず、そこに収めていた3千冊ほどの本を処分しました。でも、1万冊にはほど遠い数です。
ただ、数年前、横浜の実家を畳んだ際に、そこに置きっぱなしだった5千冊の本を処分したので、計8千冊ほど、売ったり、捨てたりはしたわけです。
しかし、上には上がいるもので、このたび出版された日下三蔵『断捨離血風録』と、小山力也『古本屋ツアー・イン・日下三蔵邸』(ともに本の雑誌社刊)を読むと、文芸評論家の日下三蔵が13万冊の蔵書から、3年かけて2万5千冊を処分した経緯が、異常なまでにこと細かに書かれていて、呆れると同時に、深く感動してしまいます。世の中にはほんとうに色んな人(他人にとってどうでもいいことに心血を注ぐ人)がいるものなのです。
さて、ここからが本題です。今回ご紹介するマンガは、児島青『本なら売るほど』(KADOKAWA)です。
主人公は、日下三蔵ほどではないものの、私などよりはるかに本に命をかけている若い男性で、いまどき絶滅危惧種とも思える古本屋の経営者なのです。
自分が気に入って通っていた古書店の主人が店じまいしたのを見て、心機一転、脱サラして「古本 十月堂」という本屋を始め、貧乏にはなったが、6年間続けているという設定です。
その主人公の心情および古本屋経営の風景、また、この「十月堂」に通ってきたり、本の買い取りを依頼したりする客たちの生活、そして、そうした人間模様を彩る色々な本の話が、じつに巧みにブレンドされています。
古本屋というお仕事の内実と、多様な人生の断片のスケッチと、面白い本の紹介が、読後の余韻嫋々たる短編連作として続いています。今年になって、すでに2巻出ていますが、もっとずっと読んでいたいと思うのです。
ひとつだけエピソードを紹介すると、江戸川乱歩ファンの女性エロマンガ家(30代独身)を主人公にした「丘の上ホテル」という作品があります。
彼女は、行きつけの十月堂で久世光彦の『一九三四年冬―乱歩』という小説(傑作です!)を買って読み、乱歩に失踪癖があり、隠れて不思議なホテルに泊まっていたという事実を知ります。そして、自分も「丘の上ホテル」(東京・神田駿河台の「山の上ホテル」がモデル)に突然ひとりで泊ってしまうという話です。
ヒロインの心理がごく自然に乱歩のそれに同調し、ホテルで見聞きする不思議な出来事と相まって、乱歩好みの同性愛の雰囲気を湛えつつ、都会のお伽話としてやさしく結晶しています。まさに名篇といえる出来栄えです。
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