

下町ホスト#35
【苦しい】
眼鏡ギャルから届いたメールに返信出来ずに、裸のままの私は携帯電話を折り畳んで、枕の下に入れた
君は余韻に浸ることもなく、髪を濡れないように結んでからシャワーを浴びて、さっさと体に付着している水滴を拭き取る
再度、清潔そうな衣服を着た君の口数は激減し、長細い煙草をきっちり二本吸ってから適当な理由をつけて君はホテルを後にした
残された私は無駄に広く機能が充実している浴槽にお湯を張り、洗面台に置いてあった入浴剤を入れる
使い切りの入浴剤は強い檸檬の香りを放ちながら、あっさりと透明を薄い黄色に染めた
湯気と煙草の煙が混じり合い、幾つもある毛穴から異様に汗が出る
備え付けのボディーソープで体を洗い、体臭を消す
大きく硬いバスタオルで、適当に体を拭いて皮膚が乾いた頃に、放っていた携帯電話を開く
あれ以降、眼鏡ギャルからの連絡はないが他のお客様からメールが幾つか来ていて、それぞれ返信した
再び私も黒い衣服を着て、ホテルを後にする
もうすっかり正午を過ぎており、大通りに面した飲食店は賑わっていた
暫く歩いて、眼鏡ギャルに連絡しないまま、すっかり暇な電車に乗る
電車を降りてから、ごめんとだけメールを打ち、送信した
眼鏡ギャルの家の前で煙草を何本か吸い、返信を待つ
煙草は、すべて煙へ変わり私の肺をじんわり痛める
身勝手に痺れを切らした私は、糞みたいな勇気を振り絞り、真新しい合鍵で扉を開けた
家の中は、ぐちゃぐちゃに荒れていて、甲高いアルコールの臭いが鼻腔に張り付く
眼鏡ギャルは、薄いモーフに包まってソファーで眠っている
私はその隣に座り、テーブルに置いてある飲みかけの発泡し切っている缶ビールを飲んだ
暫くして、眼鏡ギャルは目を覚まし、きっと臆病そうな表情であろう私の顔を丁寧に見ながら、小さく口を開いた
「おかえり」
「ごめん、遅くなって」
「他の客全部切ってよ」
「それは無理だよ」
「うんって言えよ」
「うん」
「今日は休んでよ」
「うん」
「おなかすいた」
いつもより弱々しく起き上がり、蕎麦屋の出前のメニューを捲る
眼鏡ギャルはいつもと同じ温かい蕎麦を頼み、私は少しばかり量の多い蕎麦とカレーのセットを注文した
冷たい水を一口飲んでから、眼鏡ギャルは私の腕を巻き込むように、眠りにつく
窓から見えていた桜はとっくに散っていて、新芽が太陽の光を浴びている
出前が届き食べ終わる頃には、すっかりといつもの眼鏡ギャルに戻り、私に罵声を投げる
いつも以上に丁寧に罵声を受け取り、いつものように一日を終えた
パラパラ男の活躍の陰に隠れた春先が終わり、季節は梅雨に移り変わる
「たらたらとどこまでも易く」
落ちれども誰かの糸にぶら下がり易く求める黒い濁音
春先の浜辺を歩き消えてゆく白い素足とあの日の歩幅
なんとなく環七沿いのカレー屋に住み着いている猫は踊った
酒臭い制服を着て泣く君に殴られている、抱かれてしまう
日が昇り寝ぼけた雨はたらたらと私のそばに居てはくれぬか

歌舞伎町で待っている君を

歌舞伎町のホストで寿司屋のSHUNが短歌とエッセイで綴る夜の街、夜の生き方。
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