
前回は、バイオレンスアクションの傑作『アマチュアビジランテ』をご紹介しようとして、このマンガの激しい暴力性を支えるものは何か、という問いかけで終わってしまいました。
その問いに答える前に、『アマチュアビジランテ』の物語をざっと説明しておきましょう。
主人公は、39歳の無職、尾城慎太郎。
「低学歴 低収入 低級国民 俗に言う底辺」で、「俺の人生は虚無そのものだ」と自覚しています。しかし、人生で何かをなさねばならない、とも思っています。
そこで、この国を救うために、日本の現政権与党の代議士たち、首相を筆頭に中心的な6人の政治家を「殺(や)る」と決め、日夜、暗殺のための武器の制作と収集、身体の鍛錬に研鑽を積んできました。
この設定は明らかに、実際に起こった山上徹也による安倍晋三首相暗殺事件をモデルにしています。しかし、物語はそれとはまったく関係ない方向に進むのです。そこがまず意外で、思わず引きこまれます。
尾城のアパートの隣室に住んでいるのは、8人もの子持ちの女で、生活のために黒布会という暴力団から借金し、売春をしていますが、尾城は、その女の8歳の娘ヨツバと親しくなり、少女の無償の好意に涙します。
しかし、ある日、ヨツバが黒布会に拉致されてしまいます。黒布会は子供の国際的な人身売買で収益を上げているのです。
そこで首相たちの暗殺に出発するつもりだった尾城は、とりあえず急遽、標的を替えて、黒布会の事務所に向かいます。
ここでいきなり最初のバイオレンスが炸裂し、尾城は自らの存在証明、「殺人(ころし)の天才」に目覚めるのです。
その殺戮の描写は、強烈ではあるのですが、前回申しあげたようにクールでもあり、なおかつスピーディで、しかも動と静を巧みに綯いあわせているのです。
ここまでが連載の第1話。見事なものです!
このあと話は、皿間兄弟という殺人マシーンとの対決から、黒布会の軍団全体を相手にした『ランボー』のような孤立無援の殲滅戦へと発展し、さらに、暴力団の跡継ぎの若い息子の存在をドラマの捻りにして、その息子の兄、黒布会傘下の緋雨組若頭、緋雨龍大という怪物との一騎打ちに進みます……。
さて、本稿最初の、このマンガの激烈な暴力性を支えるモチーフは何か、という問いに戻るならば、きわめて単純な答えになります。
それは、自分より弱い他者の命を守り、救うということに尽きるのです。
その点で、前回言及した室井大資の『ブラステッド』の、世界の政治力学における暴力の普遍性といったテーマよりは、通俗的なモチーフです。しかし、その分、単純かつストレートな主張で、読者への訴求力は強烈です。
また、主人公が守るべきだと思う「命」は人間のものだけでなく、動物(とくに猫)の命の重さが強調されているところに、なんとなく現代のヴィーガン(動物の権利擁護)の潮流が表れているような気もします。
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