
昨年秋、作家のカツセマサヒコさんのサイン会に行った。カツセさんの新刊『わたしたちは、海』(光文社)の刊行記念イベントで、会場は神奈川県川崎市にある紀伊國屋書店武蔵小杉店。
私は普通にいち読者として参加し、カツセさんと小説についての話をさせてもらった。なおこの時の縁は後日発展して、岩井が編者を務めたエッセイアンソロジー『花粉はつらいよ』(亜紀書房)で、カツセさんにも花粉症にまつわるエッセイを書いてもらった。面白いので、ぜひご一読ください。

岩井が作家であることを知ってくださっていたことから、紀伊國屋書店武蔵小杉店の方々ともサイン会の前後にご挨拶をさせてもらった。
実はこちらのお店は、個性的な本の見せ方をされていることでも有名。たとえば昨年は、小説紹介クリエイターのけんごさんとともに「本の帯で読む小説紹介フェア」を開催、大きな評判を呼んだ。

この仕掛けは、文芸担当の鶴見さんの手によるもの。このフェアが大いに注目されたことで、鶴見さんご自身もBSテレビ東京の番組『あの本、読みました?』に出演されている。
カツセさんのサイン会当日はざっと店内を巡ることしかできなかったが、至るところに創意工夫が光る魅力的なお店であった。これは、「あなたの書店で1万円使わせてください」で取材をさせてもらうしかあるまい。
というわけで、サイン会からおよそ半年が経った4月、あらためてこちらのお店を訪問することとなった。折しも、2025年の本屋大賞が発表された直後のタイミング。鶴見さんならきっと、独創的なディスプレイをされているに違いない。
ワクワクしながらお店を訪ねた私と担当編集者氏は、想像を超える風景を目の当たりにすることになるのであった……。
* * *
紀伊國屋書店武蔵小杉店は、グランツリー武蔵小杉の三階にある。JR武蔵小杉駅から歩いて約五分と、駅からのアクセスもいい。(武蔵小杉駅は駅構内が広大なため、降りるホームによっては出口までそれなりに歩きます。)
担当編集者氏と合流して、まずは鶴見さんにあらためてご挨拶。なんとなく、前回訪れた時よりも店内のディスプレイが進化している気がする。この企画恒例となっている、お店の前での「1万円札ショット」も撮影。

本企画のルールは「(できるだけ)1万円プラスマイナス千円の範囲内で購入する」という一点のみ。さっそく自腹(ここ重要)の1万円を準備して、買い物スタート。
こちらのお店は武蔵小杉という土地柄、ファミリー層の訪問が多いよう。お店の出入口近くには、絵本や学習参考書が並んでいた。

そしてもちろん、本屋大賞も。今年の本屋大賞は阿部暁子さんの『カフネ』(講談社)。

その裏側には、オススメの文芸作品がずらりと並んでいる。なかでも特に目立つのが、昨年来の大話題作『地雷グリコ』と、3月に刊行された逢坂冬馬『ブレイクショットの軌跡』(早川書房)。言うまでもなく、これも鶴見さんの仕掛けである。

実は『ブレイクショットの軌跡』は、作家仲間からもいい評判を聞いていた。本屋大賞受賞作家でもある逢坂さんの実力は、むろん折り紙付き。本のたたずまいからも「傑作オーラ」を感じる。
今日の1冊目は、迷いなく手に取ったこちらに決定。

少し巡ってみるとわかるのだが、とにかくこのお店、たくさんの仕掛けに満ちている。出版社から送られる拡材だけでなく、自作のポップなども活用することで、にぎやかな売り場をつくることに成功している。

『担当 今月の推し本』のコーナーでは、宮島未奈さんの『それいけ! 平安部』などが大プッシュされていた。

店内の一角では、加藤シゲアキさんのパネル展も。サイン入りパネルの下には『ミアキス・シンフォニー』や『あえのがたり』が積まれていた。

こちらのお店では、英語の書籍も取り扱っている。特に絵本や児童書の充実ぶりには驚いた。棚を見ていると、「この小説も英語に翻訳されているんだ」という発見があって、面白い。

店内をブラブラしていると、気になる自作のポップを発見。
〈武蔵小杉×タワーマンション×幼稚園コミュニティ〉
いったいなんのことだろう……と思ったら、辻村深月『朝が来る』(文春文庫)のポップだった。『朝が来る』未読の私は本作に武蔵小杉が登場することを知らず、「へえ~」と反射的に手に取っていた。
他のポップによれば、こちらの店舗での『朝が来る』の売上は、紀伊國屋書店全店のなかで第3位だという(取材当時)。超大規模なあの店舗やこの店舗を擁する紀伊國屋書店において、全国3位の売上というのはすさまじい。
前々から作品自体への興味もあり、この機会に購入することに決定。

いよいよ、「本の帯で読む小説紹介フェア」へ。
このコーナーはすべて文庫本で、いわゆる「全面帯」がかけられている。全面帯にはけんごさんのコメント、【読みやすさ】度、どんな人に読んでほしいか、などの情報がぎっしりと詰まっている。
繰り返しになるが、30種類以上あるこの帯、すべて手作りなのである。かかっている手間を想像するだけでクラクラする。

このコーナーを眺めているだけで一日過ごせそうである。
数ある作品のなかでも気になったのが、青崎有吾『11文字の檻 青崎有吾短編集成』(創元推理文庫)。帯には〈ノーヒントでパスワードを当てなければ終身刑同然〉の言葉が躍っている。帯の情報から、これは本格ミステリと見て間違いなさそうである。そういえば、最近本格ミステリあんまり読んでないなぁ……。
ミステリ成分補給のためにも、今日の3冊目はこちらに決定。

お店の中央付近には、再び本屋大賞コーナーが出現。しかもこちらのほうが、出入口付近よりも明らかに「磁力」を放っている。どうやら担当者の熱がこもった売り場は、自然と磁力を帯びるようだ。

売り場では、本屋大賞の受賞作予想ボードを発見。

注目すべきは貼られているシールの数である。こちらのお店では『成瀬は信じた道をいく』が一番人気らしく、シールが貼られすぎてもはや何枚なのかカウントできないほどだ。担当者だけでなく、読者の熱意も伝わってくる。
さらには、ノミネート全作へのコメントを記したボードも掲示されていた。しかもコメントはすべて手書き。大賞作品だけでなく、ノミネートされた10作すべてを読んでほしい! というメッセージが溢れている。自然と、担当編集者氏と「すごいですね……」「ですね……」と言い交わしていた。

児童書の充実ぶりも、このお店の特徴である。売り場は広く、本だけでなくグッズなども販売されている。


ちょうど『大ピンチずかん3』が発売された直後とあって、複数の場所で展開されている。テレビCMも目にしたことがあった。
この本が、鈴木のりたけ『大ピンチずかん』(小学館)の最新刊であることは知っている。正直、出版業界ではかなり前から話題になっていたシリーズではある。若干の気後れがあったことは否めない。けれどどんな本であっても、読むのに遅すぎることはない。読もうと思った時がベストタイミングなのだ。
いきなり最新刊にいくのは気が引けたので、まずは『大ピンチずかん』を選んだ。子どもと楽しもうと思う。

中学受験をする家庭も多いらしく、学習参考書がずらりと並んでいた。


再度、お店の中央付近に戻ると、面白そうな一冊を発見。リナ・マエ・アコスタ、ミッシェル・ハッチソン著/吉見・ホフストラ・真紀子訳『オランダ人のシンプルですごい子育て』(日経ビジネス人文庫)だ。

私自身、二人の子どもがいる父親である。「子育て」という言葉には弱い。
〈朝食にチョコ、塾なし・宿題なしでも、なぜか学力は世界トップ層!〉
塾なし・宿題なしというのが気になる。というのも、子どもがある程度の年齢になると、塾や宿題との付き合い方を考えないわけにはいかないからだ。ヒントを求めるような気持ちで、こちらも購入を決定。

残金的に、買えるのはあと1~2冊といったところか。「話題の本」の棚を物色していると、マシュー・サイド著/有枝春訳『失敗の科学』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)を見つけて、思わず手に取った。

興味を引かれたのは、次の一文が目に入ったからだ。
〈なぜ検察はDNA鑑定で無実でも有罪と言い張るのか?〉
過去に科学鑑定をテーマにした小説を書いた時、まったく同じことを考えた経験があったのだ。もしかしたら、本書にはその解に至る何かが示されているかもしれない。帯にはその他にも〈なぜ、燃料切れで墜落したパイロットは警告を無視したのか?〉といった惹句もあり、好奇心をそそられる。
というわけで、今日最後の1冊はこちらに決定。

あと1冊いけそうな気もするが、オーバーするのが怖いので、ここでお会計へ。


本日購入することにしたのは6冊。さて、お値段は?
ジャン。

9086円。悪くはない。悪くはないが、あと文庫本1冊くらいなら買えたな~
とはいえ、我ながら今回もいいチョイスだったと思う。

店内を巡りながら思ったのは、「主役は本」という意識が徹底されていることだ。「本の帯で読む小説紹介フェア」も、本屋大賞のディスプレイも、その他の陳列も、「本という主役を活かす」点で一貫している。
世の中には、面白い本が数えきれないほどある。しかし手に取ってもらえなければ、それらの本の面白さが発見されることはない。紀伊國屋書店武蔵小杉店は、「みんな見てくれ!」「ここに面白い本があるぞ!」という叫びが聞こえてきそうな、熱量にあふれたお店だった。
それでは、次回また!
【今回買った本】
・逢坂冬馬『ブレイクショットの軌跡』(早川書房)
・辻村深月『朝が来る』(文春文庫)
・青崎有吾『11文字の檻 青崎有吾短編集成』(創元推理文庫)
・鈴木のりたけ『大ピンチずかん』(小学館)
・リナ・マエ・アコスタ、ミッシェル・ハッチソン著/吉見・ホフストラ・真紀子訳『オランダ人のシンプルですごい子育て』(日経ビジネス人文庫)
・マシュー・サイド著/有枝春訳『失敗の科学』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)
文豪未満の記事をもっと読む
文豪未満

デビューしてから4年経った2022年夏。私は10年勤めた会社を辞めて専業作家になっ(てしまっ)た。妻も子どももいる。死に物狂いで書き続けるしかない。
そんな一作家が、七転八倒の日々の中で(願わくば)成長していくさまをお届けできればと思う。
- バックナンバー
-
- あなたの書店で1万円使わせてください ~...
- あなたの書店で1万円使わせてください ~...
- あなたの書店で1万円使わせてください ~...
- あなたの書店で1万円使わせてください ~...
- あなたの書店で1万円使わせてください~三...
- “優しい水が染みわたる”ひととき~『夜更...
- あなたの書店で1万円使わせてください ~...
- あなたの書店で1万円使わせてください ~...
- あなたの書店で1万円使わせてください~有...
- あなたの書店で1万円使わせてください ~...
- あなたの書店で1万円使わせてください ~...
- あなたの書店で1万円使わせてください 〜...
- あなたの書店で1万円使わせてください ~...
- あなたの書店で1万円使わせてください ~...
- あなたの書店で1万円使わせてください ~...
- あなたの書店で1万円使わせてください ~...
- 出版業界が異業種と協業するためには
- 「うつのみや大賞」にノミネートされました
- あなたの書店で1万円使わせてください ~...
- あなたの書店で1万円使わせてください!~...
- もっと見る