

今回から各論に突入です。実用書とか教科書みたいに、ウリ科、ナス科、とかいう具合に書いていくのが王道でしょうが、それでは単調になって面白くない。なので、思い浮かぶまま、ランダムといっていいような順番でいきます。まずはジャガイモから。
人気のジャガイモ6品種を植えてみた
地面が限られているので、なんでもかんでもという訳にはいかない。菜園を始めるにあたり、おおよそどんなものを作りたいかというイメージがあった。じつはイモ類の順位は低かった。新鮮さが大事とは思えないというのが最大の理由だ。けど、ジャガイモだけは作ってみた。栽培せずにおこうかなどと思っていたのはホンマにアホやった。いまや、ジャガイモは野菜界の王様だと断言したい。
売られているジャガイモは男爵とメークインが多いけど、せっかくだから、他の品種も作りたい。便利なもので、タキイ種苗の通販ではジャガイモの「食べ比べ人気品種セット」が売られていて、男爵、メークインの他、デジマ、キタアカリ、アンデス赤、インカのめざめ、の計6種類が入っている。それぞれ300グラムずつ、だいたい種イモは50グラムぐらいなので、各種類6個ずつの植えつけになる。
タキイ種苗の宣伝と思われたらいかんので書いておくが、通販では、タキイ種苗の「タキイネット通販」と、とサカタのタネの「オンラインショップ」を愛用している。どちらもHPが非常によくできていて使いやすい。昔は家で植える人も多かったためか、タキイ種苗は1835年、サカタのタネは1913年の創業とどちらもえらく歴史が長い。
ただ、種苗とタネという社名の違いが示すように、苗についてはタキイの方が力をいれている印象だ。どちらも会員登録をしていて、季節ごとにカタログとか会報を送ってきてくるのがうれしい。
すぐ育ってたくさん採れて美味しい
ちょいと話がそれたが、ジャガイモについて特筆すべきは、栽培のスピードと手間のかからなさ、そして収穫の多さである。およそ3か月で収穫できる。マルチングを利用しているが、その間、水やりをする必要なし。それに、10平米くらいあれば、夫婦2人の半年分くらいの消費量が採れる。三拍子揃っておる。
種類によって味や風味が違うのが面白い。そのうえ、なにより美味しい。「自分で作ったから美味しいバイアス」がかかっている可能性はあるが、男爵やメークインでさえ、売られているものより絶対に美味しい。
結構よくできるとはいえ、我が家の男爵やメークインは小ぶりのものしかできない。栽培に手間がかからないということは、工夫の仕様がないということでもある。だから、いかんともしがたいのだが、売られているものの3分の1くらいの大きさにしかならんのである。必ずしも喜ばしいことではないが、たぶん、これが味の違いに反映されているのではないかと考えている。よう知らんけど。
春ジャガイモだけじゃなく、秋に植えつけるジャガイモもある。2年続けて挑戦したのだが、残念ながら秋の植えつけはまったく育たなかった。う~ん、これも工夫の仕様がないだけに、いかんともしがたい。日当たりのいい所に植えてみてもダメだったので、秋ジャガイモはギブアップした。
白から紫まで。花も美しい
江戸時代に、ジャワのジャガタラ港を出たオランダ船が長崎に持ちこんだことからジャガタライモと呼ばれ、それが短くなりジャガイモという名になった。またの名は、形が馬につける鈴に似ているから馬鈴薯で、こちらは中国名らしい。日常生活での呼び名は圧倒的にジャガイモだけれど、統計や学術の用語としては馬鈴薯が使われる。死因統計での「がん」と「悪性新生物」の関係にちょっと似てるかも。
原産地はアンデス山脈で、「アンデス赤」とか「インカのめざめ」とかいう品種の名前にも、その名残があってなかなかええ感じ。ただ、どちらも日本で交配して作られたもので、アンデス赤は1970年代に、インカのめざめは1988年に交配されたものというから、比較的新しい。ちなみにインカのめざめの登録名は「ばれいしょ農林44号」と、ずいぶんそっけない。
インカ帝国でも主要な作物だった。あのマチュピチュ遺跡の段々畑(アンデネスといいます)でもジャガイモが栽培されていたと想像すると、なんだかうれしくなってくる。ジャガイモの花、男爵やキタアカリは白、メークインは薄紫、インカのめざめは紫というように白から紫まであるから、さぞ美しかったろう。
野菜作りの本には、イモへの栄養を奪う可能性があるので摘花しましょうと書いてあるのもあるが、ほうっておいてよろしいと書いてあるのもある。どっちでもええということだろうから、ごそっと抜いてしまう収穫までは花も楽しむことにしている。
アイルランドのジャガイモ飢饉
ジャガイモの花といえば、後方羊蹄山に登った時のことを思い出す。後方羊蹄山、難読山名で「しりべしやま」と読む。後が「し」、方が「り」、羊が「べ」、蹄が「し」かよ、とツッコみたくなってしまうが、そうではなくて、後方で「しりべ」、羊蹄で「し」らしい。まぁ、これでも十分に不可解だが、昔からの地名に由来するそうなので、まけておいてやってほしい。別名を蝦夷富士というだけあって、じつに美しいコニーデ型の火山である。
登山口までタクシーで行ったのだが、下山後の足がない。まだ携帯電話が普及する前のことだ。標準コースタイムで歩くとして時間を決め、運転手さんにお迎えをお願いした。はたして数時間後、白い花が満開の広々としたジャガイモ畑の中を、ドンピシャリのタイミングで黄色いタクシーが走ってきた。山道を下りながら見た感動の美しさは今でも目に焼き付いている。ちょっとたいそうやけど、気分は「幸せの黄色いハンカチ」の高倉健みたいやったから、死ぬ前に走馬灯のように脳内を駆け巡るシーンのひとつとして出てくるかもしらん。
南米からヨーロッパにジャガイモが伝わったのは16世紀だが、広く栽培されるようになったのは18世紀になってからとされている。日本に来たのは17世紀後半だが、最初は観賞用で、食用としての栽培は18世紀末くらいと、100年もかかっている。このあたり、ちょいと不思議ではある。たまたま食べてみたら、いけるやん! という感じになったんやろか。
ヨーロッパで広まったのは、栄養価と気候適応力の高さのためだ。しかし、それがあだとなりアイルランドに悲劇をもたらした。アイルランドの小作農たちは、餓えをしのぐためにジャガイモを主食としていた。しかし、1845年から49年にかけてジャガイモの疫病が大発生して、人口のおよそ8分の1、100万人以上もの餓死者を出すという壊滅的被害をうけた。アイリッシュ・ランパーという単一の品種が栽培されていたので、病気が一気に広まったせいである。
いやぁ、かくも多様性というのは大事なのだ。仲野家菜園でも多様性に気をつけていこう。全然、気ぃつけなあかんほどの規模とちゃうけど。
ライバル・トウモロコシのヤヤコシイ生き方
勝手ではあるが、ジャガイモとライバル関係にあると同時に対極的なのは、同じくアンデスが原産のトウモロコシではないかと考えている。世界中の生産量でいくと、トウモロコシが1位で約11億トン、ジャガイモが2位で約4億トンだ。え~、そんなにトウモロコシを食べへんで、というご意見、正しい。トウモロコシは飼料や工業用に使われることが多く、人間が食べるのは10~15%しかないからだ。なので、世界中でいちばん食べられているのはジャガイモ。やっぱりえらいぞジャガイモ。
小学校で習ったように、サツマイモが根のふくれたものであるのに対し、ジャガイモは根ではなく地下茎である。大小さまざまで、1株あたり(=1個の種イモあたり)およそ10個くらいできる。トウモロコシは、1本あたり500~800個の粒々がある。1本あたりと書いたが、あれは穂、より正しくは雌穂という。「めすほ」ではなくて、「しすい」と読む。穂を「すい」といいう読みは学生野球の父・飛田穂洲(とびた・すいしゅう)の名で知っておったが、一般名詞として使われることがあるのは知らなんだ。雌穂があるのだから雄穂もあって、こちらは当然「ゆうすい」と読む。すいすいっ。
雌穂は何本か生えてくるが、間引いて、収穫するのは原則として1株に1本だけである。なので、単位面積あたりの生産量はジャガイモに比べてかなり落ちる。10平米あたりでいくと、小ぶりしかできない我が家でもジャガイモは10キロくらい採れる。それに対してトウモロコシの食べられる部分はせいぜい1キロくらいのものだろう。間引いた雌穂はヤングコーンであるからして美味しく食べられるが、それを合わせたところで量的にはジャガイモの圧勝だ。
職業と同じように野菜にも貴賤はない(なんのこっちゃ……)とはいえ、どうにもトウモロコシの生き方は理解しにくい。茎のてっぺんにできるふさふさした穂が雄花=雄穂で、中ほどの葉の付け根から出てくるのが雌花=雌穂である。どちらもまったく花っぽくないから雄花、雌花よりも雄穂、雌穂のほうがふさわしい。雄花は花粉をいれる小袋の集合体みたいなものだし、雌花も花とは見えず、絹糸と呼ばれるふさふさの柱頭――トウモロコシのヒゲ――が目立つだけである。
この長い絹糸がつながっていく根元に子房があって、最終的にトウモロコシの粒々に育つ。雌穂ひとつあたりおよそ500~800粒できるのであるが、それぞれが実るためには受粉が必要だ。受粉しなければ、スカスカの粒からできた大きなヤングコーンになる。雄花はそのためになんと2000万個もの花粉を作る。なんか、ムダちゃうんか。風媒による受粉なのだが、家庭菜園ではこれがなかなかにやっかいである。
自家受粉もするにはするが、花粉のできるタイミングとか風の具合から、他家受粉がメインになる。なので、何本かをかためて植える必要がある。できれば10本以上を縦1列とかじゃなくてブロック状に植えるのが望ましい。難しくはないが、そうすると当然ながら、ほぼ同時に10個ものトウモロコシができてしまう。けど、最大の目的はフレッシュな生食なので、一度にそんなにいらんやん。
人工授粉させれば自家受粉でも十分なのだが、どの時点でするのかが素人にはけっこう難しい。受粉できなかったら粒が育たないので、食べられない小さな粒とちゃんとした粒とが混在したスカスカのトウモロコシになってしまう。
それでも作らずにはいられない理由
かように、生産性とかだけからいくと却下したくなる作物なのだが、作りたくなる理由がある。というのは、完熟する前のトウモロコシの生食が素晴らしく美味しいからだ。食感がシャキシャキしていて、なんとも甘い。なので、トウモロコシのアホ、とか思いながらも、育てている。アホな子ほどかわいいといったところだろうか。たぶんちゃうけど。
とはいうものの、家庭菜園じゃなくて野生だと群生してるから、風媒による他家受粉でもまったく問題ない。それに、風媒は昆虫媒介とちがって、虫の数や活動に左右されない。そのために花粉をたくさん作っている。その上、花粉が遠くへ飛んでいって受粉することがあるので、遺伝的多様性を高められるというメリットがある。アホ、いうてスマンかった。トウモロコシ、うちの家ではアホやけど、野生では賢いんや。
トウモロコシとジャガイモ、ゲノムサイズを比べると、トウモロコシの方が約3倍もある。これは通常の遺伝子の数が多いのではなくて、動く遺伝子といわれるトランスポゾンがたくさん含まれるためだ。
そもそも、バーバラ・マクリントックがトランスポゾンなるものを発見してノーベル賞を受賞したのは、トウモロコシを用いた研究によるものだ。これは、トウモロコシの粒々の色や形の観察によるところが大きい。たくさん粒々ができるのが功を奏したのだ。残念ながら、ジャガイモがノーベル賞をもたらしたことはない。ここではジャガイモの負け。
野菜、といっても穀物やけど、の世界チャンピオン、ジャガイモ vs. トウモロコシ、いかがでしたでしょう? 次回は、もうひとつあるアンデス高原原産の主要野菜、トマトでっせぇ~。
知的菜産の技術

大阪大学医学部を定年退官して隠居の道に入った仲野教授が、毎日、ワクワク興奮しています。秘密は家庭菜園。いったい家庭菜園の何がそんなに? 家庭菜園をやっている人、始めたい人、家庭菜園どうでもいい人、定年後の生き方を考えている人に贈る、おもろくて役に立つエッセイです。