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本屋の時間

2024.12.15 公開 ポスト

第171回

「ではまた」辻山良雄

詩人の谷川俊太郎さんが亡くなった――その訃報が駆け巡ったのは11月19日のこと。その日はたまたま明け方近くに目が覚め、枕元にあったスマートフォンに手を伸ばした。SNSを開くとトレンドには「谷川俊太郎さん」とあり、それが何を意味するのかその時はなんとなくわかってしまったから、開く前には少し覚悟した。

はたして、予想は思った通りだった。

ああ、ついに……。

そしてそのあとすぐに、たよりない気持ちにとりさらわれた。これからわたしたちは、谷川俊太郎のいない世界を生きていかなければならないのだ。

 

谷川さんは、わたしの身近にいるもっとも有名な人だった。「身近にいる」とはわたしが勝手にそう思っていただけの話で、同じように感じていた人はほかにもたくさんいただろう。その身近さは、電車でわずか一駅のところに住んでいたという、主に「距離」に起因する話なのだが、そう言っても許してくれそうなくらいには、気安いところのあるかただった。

もちろん、ご自身が書かれた詩のように、明瞭なところも多かった。一度ある出版社から、谷川さんと書店について対談してほしいという依頼を受けたことがある。そのときは谷川さんと書店という言葉がすぐには結びつかず「どうかなあ」と思っていたのだが、わたしにも久しぶりに谷川さんと話してみたい下心はあったので、「聞くだけは聞いてください」と答えた。それからしばらく経って出版社から連絡があり、「僕にはあまり話せることはないかな」とお断りになったという。それを聞いてわたしは納得し、思わず胸をなでおろしてしまった。

谷川さんは、まだ若い、これからの人への励ましを忘れないかただった。無名とも思える人とのコラボレーションもいとわなかったが、自分の仕事とは思えない依頼は、きっぱりとお断りになっていた。そうしたはっきりしたわかりやすさを、わたしは信頼していたのだと思う。

谷川さんの訃報が流れたその日は落ち着かなくて、いちにちSNSのタイムラインを眺めて過ごした。そこでは多くの人が、自分の好きな谷川俊太郎の詩やことばを投稿していたが、それはこの世界にしてはめずらしい、無私ともいえる光景だった(誰かが亡くなったとき、老いも若きもその人の詩を口ずさむことのできる詩人なんて、はたしてこの先現れるのだろうか)。

それぞれの人のなかに、その人の思う「谷川俊太郎」がいた。そのすべてが谷川さんで、そしてどの谷川さんもほんとうの谷川さんとは少し違うのだと思う。そう考えると謎は謎のままそれを持って旅立たれたようで、「はたして谷川さんという人はほんとうにいたのだろうか」と、不思議な気持ちになってしまう。

 

これから「ことば」はどうなってしまうのだろう。

冷笑やあざけり、開き直り。人を人とも思わない、自意識を隠そうともしないことばが、いまよのなかには溢れている。

谷川さんは、そうしたことばとは無縁だった。世界をただ正確に記述するため、何事にも極端には加担せず、慎重に距離を保ちながらことばを使われていたのだと思う。

そうしたことばの護り手が近くにいることが、直接はお会いしなくても、「書店」ということばを扱う店としては励ましだった。今日も空を見上げれば、いまは偏在しているその存在を感じることができるが、たとえ当分はたよりなく感じられても、自分のやれることをやっていきたい。

今回のおすすめ本

大きなシステムと小さなファンタジー』影山知明 クルミド出版

なぜ人は、「小さなモモ」が体現するような、人が奪われることのない世界に向かっていけないのだろう。「それはファンタジーでしょ」とあきらめる前に、身のまわりのことからはじめてみてはどうだろう? 国分寺に根を生やし考えた九年間の成果。

◯連載「本屋の時間」は単行本でもお楽しみいただけます

連載「本屋の時間」に大きく手を加え、再構成したエッセイ集『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』は、引き続き絶賛発売中。店が開店して5年のあいだ、その場に立ち会い考えた定点観測的エッセイ。お求めは全国の書店にて。Title WEBSHOPでもどうぞ。

齋藤陽道『齋藤陽道と歩く。荻窪Titleの三日間』

辻山良雄さんの著書『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』のために、写真家・齋藤陽道さんが三日間にわたり撮り下ろした“荻窪写真”。本書に掲載しきれなかった未収録作品510枚が今回、待望の写真集になりました。

 

◯2026年1月10日(土)~  2026年2月2日(月) Title2階ギャラリー

本屋Title10周年記念展「本のある風景」

本屋Titleは、2026年1月10日に10周年を迎えました。同日より2階のギャラリーでは、それを記念した展示「本のある風景」を開催。店にゆかりのある十名の作家に「本のある風景」という言葉から連想する作品を描いていただきました。それぞれの個性が表れた作品は販売も行います。本のある空間で、様々に描かれた〈本〉をご堪能ください。
 

【『本屋Title 10th Anniversary Book 転がる本屋に苔は生えない』が発売中です】

本屋Titleは2026年1月10日で10周年を迎えました。この度10年の記録をまとめたアニバーサリーブック『本屋Title 10th Anniversary Book 転がる本屋に苔は生えない』が発売になりました。

各年ごとのエッセイに、展示やイベント、店で起こった出来事を詳細にまとめた年表、10年分の「毎日のほん」から1000冊を収録した保存版。

Titleゆかりの方々による寄稿や作品、店主夫妻へのインタビューも。Titleのみでの販売となります。ぜひこの機会に店までお越しください。
 

書誌情報

『本屋Title 10th Anniversary Book 転がる本屋に苔は生えない』

Title=編 / 発行・発売 株式会社タイトル企画
256頁 /A5変形判ソフトカバー/ 2026年1月10日発売 / 800部限定 1,980円(税込)

 

◯【寄稿】

店は残っていた 辻山良雄 
webちくま「本は本屋にある リレーエッセイ」(2025年6月6日更新)

 

◯【お知らせ】NEW!!

養生としての〈わたし〉語り|〈わたし〉になるための読書(8)
「MySCUE(マイスキュー)」 辻山良雄

今回は、話すこと、そしてそれを通じて自分自身を考えさせられる3冊の本を紹介します。

 

NHKラジオ第1で放送中の「ラジオ深夜便」にて本を紹介しています。

偶数月の第四土曜日、23時8分頃から約2時間、店主・辻山が出演しています。コーナータイトルは「本の国から」。ミニコーナーが二つとおすすめ新刊4冊。1週間の聴き逃し配信もございますので、ぜひお聞きくださいませ。

関連書籍

辻山良雄『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』

まともに思えることだけやればいい。 荻窪の書店店主が考えた、よく働き、よく生きること。 「一冊ずつ手がかけられた書棚には光が宿る。 それは本に託した、われわれ自身の小さな声だ――」 本を媒介とし、私たちがよりよい世界に向かうには、その可能性とは。 効率、拡大、利便性……いまだ高速回転し続ける世界へ響く抵抗宣言エッセイ。

齋藤陽道『齋藤陽道と歩く。荻窪Titleの三日間』

新刊書店Titleのある東京荻窪。「ある日のTitleまわりをイメージしながら撮影していただくといいかもしれません」。店主辻山のひと言から『小さな声、光る棚』のために撮影された510枚。齋藤陽道が見た街の息づかい、光、時間のすべてが体感できる電子写真集。

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本屋の時間

東京・荻窪にある新刊書店「Title(タイトル)」店主の日々。好きな本のこと、本屋について、お店で起こった様々な出来事などを綴ります。「本屋」という、国境も時空も自由に超えられるものたちが集まる空間から見えるものとは。

バックナンバー

辻山良雄

Title店主。神戸生まれ。書店勤務ののち独立し、2016年1月荻窪に本屋とカフェとギャラリーの店 「Title」を開く。書評やブックセレクションの仕事も行う。著作に『本屋、はじめました』(苦楽堂・ちくま文庫)、『365日のほん』(河出書房新社)、『小さな声、光る棚』(幻冬舎)、画家のnakabanとの共著に『ことばの生まれる景色』(ナナロク社)がある。

幻冬舎plusでできること

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