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猫屋台日乗

2024.02.13 公開 ポスト

キエフ

“裏”名物料理・キエフを、ウクライナの子供達が暖かいキッチンで食べられる日がきますように。ハルノ宵子

完全予約制の、知る人ぞ知る『猫屋台』の女将であり、吉本隆明氏の長女・ハルノ宵子さんがその日乗を綴った『猫屋台日乗』より「真っ当な食、真っ当な命」をめぐるエッセイをお届けします。

TVで、美しかった都市が破壊され、母親や子供たちや老人が泣いているのを見ると、思わず理不尽さに歯ぎしりをする。ロシア兵にも同情する。おそらく最前線の若い兵士たちは、本当の事情も分からぬまま、「行って来ーい!」と送り出されただけだろう。それで命を落とすのだから、たまったもんじゃない。いつだって犠牲を強いられるのは、現場にいる末端の弱い当事者だけだ。

キエフ

キエフは『猫屋台』の“裏”名物料理だ。

キエフは本来、鶏ムネ肉を使うらしいが、『猫屋台』オリジナルは、ササミで作る。鶏ササミを半分に開き、中に刻みパセリをたっぷり練り込んだ有塩バターを挟み、パン粉をつけて、フライにするのだ(どや? オソロシイ高カロリーやろ~)。

実はあまり作りたくない。なぜなら工程が多くて手間がかかり、失敗要素満載で気が抜けない。コースメニューに加えると、他のメニューが、おろそかになってしまうからだ。作れてせいぜい8本、4名客なら1人2本がいいところだ。あ、別にお1人様で8本でもかまいませんが(カロリーさえ気にしなければ)。

しかしこの“背徳料理”、実にウマイのだ。パサパサになりがちなササミも、バターを吸い込んで、しっとりと柔らかく、パセリの香りでさっぱりして、まったく油っこさを感じさせない。私でも3、4本は軽くいける。鶏ムネ肉の方が簡単に作れるが、バターがより全体に浸透するので、私はササミの方が断然美味しいと思う。ご存じのお客さんには、時々リクエストされるが、積極的には作りたくない。だから“裏”なのだ。

キエフがうちの名物料理となったのは、80年代だ。80年代初頭から、世はバブルに突入し始め、何となく父の仕事もバブリーになった。これまでの60年安保を引きずったような、学生のまんまのお客さんに加え、時代の先端文化を牽引するような職種のお客さんも、多々訪れるようになった(もっともその方々も、60年代を引きずっていたのだが)。

すると外見栄のキツイ母が、な~んでか“おもてなし”に目覚めてしまったのだ。寿司でも取っときゃいいものを会席料理にのっとった、創作料理のメニューを考え始めた。料理本や料理番組を参考に、また時には食べ歩きなどもして、和洋折衷のコースメニューを練り上げるのだ(もちろん私も巻き込まれる)。さらに器にまで凝り、椀物用に九谷焼の蓋物や、繊細な有田焼の皿なんかを買い集めた(私はあまりシュミじゃないので、今も戸棚に眠っているが)。

会席のコースはおおむね、先付(前菜)→椀物(出汁を張った蒸し物やしんじょ)付→向(むこうづけ)(お刺身)→肴鉢((はちざかな)焼き物)→肴強((しいざかな)煮物)→止め肴(和え物や酢の物)→飯・汁・香の物(漬け物)となる。また焼き物の次に、揚げ物が付くことも多い。

しかし実際食べることには、まったくキョーミのない母のことだ。メニューを練り上げるまでは良いが、“実働”は早々に、こちらにお鉢が回ってきた。母はホステス役に徹して、お客さんとのおしゃべりに花を咲かせ、私はひたすら作る人となった。

ある日お客さんと、高校のクラス会が重なったので、「ヤッター! その日はクラス会だからダメだね」と喜んだら、「何なのよ! 母と娘が一緒になって、お客さんをおもてなししようっていうのに!」とブチ切れられ、私は凍りついた。今の私なら「冗談じゃねーよ!」と、逃走できるだろう(……たぶん)。しかしできなかった。あの頃は、父でさえ凍りついた。この生まれながらの女王にして、支配キャラに逆らえる者はいない。早々に逃走した妹は賢明だった。

最近このような支配的な母親を“毒母”などと呼ぶ傾向があるが(もちろん死に至らしめるまで虐待するような母は問題外よ)、精神的な支配は、母親には必ずある。子供は、要は早いところ、これが“共依存”だと自覚することだと思う。共依存は夫婦間や恋人、友だち同士でも、人間の関係性には付き物だ。むしろ本当に対等なことの方が少ない。「従ってる方がラクだ」と思っている自分を自覚するしかない。幸い私は(父も?)自分だけの世界を持っていた。物理的な距離は置けなくとも、脳内では別の世界に逃げ込めた。

話はそれたが、お陰さまで今の『猫屋台』がある。この時代の経験から、メニューを組み立てる時のメリハリや、複数のメニューの調理のコツを得たのだと思う。

『猫屋台』では、最初に煮物の大鉢がドーンと来て、次に前菜や和え物、サラダなどが一気に続く。食品衛生上、うちは生モノが出せないので、お刺身はナシ(せいぜいカルパッチョ)。時に蒸し物や炒め物が挟まったり、焼き物はラムチョップや魚のパン粉焼きだったりする。一応居酒屋なので、飲ん兵衛のお客さんだと、炙り明太や納豆挟み揚げなど、酒の肴が多くなる。そしてメインは、揚げ物の場合が多い(だって好きなんだもん)。シメとして、飯・汁・漬け物を出す時もあるが、麺類でまとめちゃうことも多い(飲ん兵衛には、その方が喜ばれる)。大雑把だが、だいたい会席のメニューに、のっとっている。

キエフは、その中の揚げ物として導入された。おそらく母が、どこかの料理本から仕入れたのだろう。しかし作るのは面倒くさい。まずササミは筋を取らないと、食感が悪いので筋取りは必須なのだが、筋を取るとササミは、かなりの確率で破ける。開く時もまん中に刃を入れないと、うまく均等にならず、片側が薄くなって破ける。料理慣れしていない母には難易度が高く、「ウッキ~!!」とブチ切れ、「こんな小っちゃいササミを買ってくるからよ! もう1度買ってきてちょうだい!」と、父が買いに走らされていた。

なので、母が作っていた記憶は、ブチ切れる姿だけだ。2回目には私に託されていた。作り慣れてくる内に、筋を取って開いた穴は、他のササミの切れっ端で埋めりゃいいし。どうせ衣を付けるんだから、まんべんなく包んであれば、ツギハギだって結果は同じだ──と、色々と勉強になった料理でもある。しかし難易度が高いのは確かだ。ササミだから、短時間揚げれば火は通るのだが、言うなれば油で脂(バター)を揚げているようなもんだ。必ず脂漏れする。揚げ油にバターが溶け出すと、すぐに“油が荒れる”。ジクジクの油っこい揚げ物になってしまうのだ。これがせいぜい8本が限界の理由だ。

それでも固定ファンがいて、糸井重里さんもその1人だ。「コレはここでしか食べられない料理なんだよね~」とか言われると、ついホイホイと作ってしまう。

そのキエフが、ウクライナ料理だってことをこの度初めて知った。都市の名前なのは分かっていたけど、ざっくりロシアの地方料理だよな~と、思っていた(まぁ、ソ連崩壊より前のことだから、当時はその認識でいいのか)。ボルシチもピロシキも、ヴァレーニキ(水餃子みたいなヤツ)も、ロシア料理だと思っていたのは、すべてウクライナ発だそうだ。

旧ソ連は、スラブ系も遊牧民も北欧系も、すべてかき集めた寄せ集め国家だった。国家っていうのは、国土のことじゃない。政府のことなんだ──というのは、父の受け売りだが。だから今のロシアは、地下資源だけは豊富なだだっ広い土地は持つけど、文化は持っていない、政府のみで成り立つ裸の王様だ。

TVで、美しかった都市が破壊され、母親や子供たちや老人が泣いているのを見ると、思わず理不尽さに歯ぎしりをする。ロシア兵にも同情する。おそらく最前線の若い兵士たちは、本当の事情も分からぬまま、「行って来ーい!」と送り出されただけだろう。それで命を落とすのだから、たまったもんじゃない。いつだって犠牲を強いられるのは、現場にいる末端の弱い当事者だけだ。 だから無責任に、どちらの政府の味方もしないが(せいぜい現場に届くことを祈り、寄付をする位しかできないし)、映像だけは正直だ。どんなコメンテーターの言うことも、信用はしてないが、顔を見てれば分かる。ロシアの親分は、やらかしちまったことに、思った以上の反撃が(世界中から)来て、追い詰められてバランスを崩しかけている。自分自身がチンプンカンプンにならないよう、虚勢を張って耐えている。ウクライナの大統領は、あまりの無為な命の失いっぷりに、このまま進んでもいいものか譲歩すべきか、弱って疲弊し始めている。どちらの国にとっても、このまま続けて何1ついいことないのに、国際社会は、オトナの利害関係があるもんだから、なぁなぁで見守るばかりだ。ここは多少自国内が苦しくなっても、地下資源は買わないって、ガマンするとこじゃないの?(あ、いけね! 味方しちゃってるよ)

かつて日本も、もう1つの“お山の大将国家”に、テッテ的にボコられたが、ちょっと今回と違うのは、あの大国は、石1発なげつけると、「オラァ! いてこましたろか! 倍返しぢゃ~!!」と、100倍くらいになって返って来る。子分的な雰囲気をかもしていれば、文句は言われない。しかし今回のは、半グレのカツアゲだ。「オレの物はオレの物。お前の物もオレの物ぢゃ、よこせ!」と言っているようなもんだ。これを国際社会が見逃しちゃいけないのは、もう1つの同じ“主義”を持つ大国も、「あ、カツアゲ許されるのね? そんじゃ、うちもやっちゃうよん」と、いい気になってやらかす免罪符を与えてしまうからだ。 あれ~? そう言えば、確か日本にも同じ“主義”を持つ政党がありましたよね? いつもはお上に、「生ぬるい!」と噛みついて元気なのに、な~んでか今、必要以上にシーンとしているように見えるのだが。何でかなぁ? ここは同じ“主義”同士だ。「ひと肌脱ぎやしょう!」と、(効果はなくても)あちらの親分に、「このやり方は、あんまりじゃねえか!」と、進言しに行っても良さそうなもんだが。まったく、オトナの事情って、まだるっこしい。

世界的に、首都キエフは、ウクライナ語読みの「キーウ」と発音しようという動きがあるようだが、料理のキエフも、キーウになっちゃうのだろうか? しかし、ウクライナ国内でも、ロシア語しか理解できない人たちもいると聞くし、方言程度の差だ。この狭い日本国内だって、沖縄ネイティブと青森ネイティブがしゃべくり合ったら、誰1人として理解できないだろう。

料理は自由だ。国境はない。キエフで行こう。今はただ、ウクライナの子供たちが暖かいキッチンで、安心して家族と食卓を囲み、キエフを食べられる日が来ることを祈るばかりだ。

関連書籍

ハルノ宵子『猫屋台日乗』

完全予約制の、知る人ぞ知る『猫屋台』の女将・ハルノがその「日乗」を綴り始めたのはコロナが蔓延り始めた2020年の春。女将は怒っていた。緊急事態宣言、アルコール禁止、同調圧力、自粛警察……コロナが悪いんじゃない、お上が無能なんだ――と。怒りの傍ら綴るのは、吉本家の懐かしい味、父と深夜に食べた初めてのピザ、看板猫・シロミの死、自身の脱腸入院、吉本家の怒涛のお正月、コロナの渦中に独りで逝った古い知人……。美味しさとユーモアと、懐かしさ溢れる、食エッセイ。

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