書店で本を買うのが好きだ。書店には、予期していなかった出会いがある。
「この作家の新作、面白そうだな」
「こんな新刊出てたんだ」
「この本全然知らなかったけど、買ってみようかな」
心を躍らせる出会いが、ゴロゴロ転がっている場所。日常のなかの非日常。それが書店。
しかし、ワクワクする場所であるはずの書店の数は、年々減少している。現在の書店数は、20年前に比べると約6割になっているという。さまざまな理由が考えられるが、書店の減少に歯止めがかかっていないのは事実だ。(参考)https://www.meti.go.jp/statistics/toppage/report/minikaisetsu/hitokoto_kako/20231108hitokoto.html
私はいち小説家として出版業界の片隅で飯を食っているが、この状況には常々歯がゆさを感じていた。
もっと、「書店で本を買う」ことの楽しさを伝えられないだろうか? 微力ながら、個人としてなにかできることはないだろうか?
あれこれ考えるなかでヒントになったのは、「本の雑誌」の人気企画「図書カード3万円使い放題!」だ。このコーナーが私は大好きで、登場する作家ごとに買い物のカラーが違っていて面白い。私はお声がかかったことはないのだが、いつかやってみたいと前々から思っていた。
こんな企画ができたらなあ、と思うなかで、ふと思いついた。
――自分でやっちゃえばいいのか。
いろいろな書店で本を購入させてもらい、その様子をエッセイにする。それくらいなら、私個人の力でもできそうだ。たとえば1万円という縛りを設定して、お金のやりくりに悩みながらも本を買う姿を見せるのはどうだろう……。
いったん思いつくと、いてもたってもいられなかった。私はさっそく、この企画をどの書店さんにお願いするか、考えはじめた。
* * *
第一弾の舞台として依頼したのは、東京都目黒区の未来屋書店碑文谷店さんだ(X:https://twitter.com/ms_himonya)
こちらのお店では、なんと岩井圭也コーナーが常設されており、サイン本もたくさん置いてくれている。熱烈に岩井を応援してくれている店舗のひとつだ。この企画について相談したところ、快く承諾していただいた。
11月某日。私は某社編集者氏と未来屋書店碑文谷店に向かった。お店までは、東急東横線・学芸大学駅から徒歩で10分ほど。住宅街のなかをしばらく直進すれば、突如、目の前にイオンスタイル碑文谷が現れる。目指す店舗はその5階にある。
昨年6月にリニューアルオープンされた店舗は綺麗で、店内にはコーヒーなどを飲みながらくつろげるスペースも。
お店の方にご挨拶し、いざ、1万円分の買い物をスタート!
ルールは、「(できるだけ)1万円プラスマイナス1000円の範囲内で購入する」ということだけ。ジャンルも冊数も制限なし。
最初に視界に飛びこんできたのは、ポスターが飾られたり、映像が流されている平台。新刊や話題作がずらりと並んでいる。未来屋小説大賞の候補作も。
そんななかで、気になる一冊につい手が伸びた。
石井仁蔵『エヴァーグリーン・ゲーム』(ポプラ社)。第12回ポプラ社小説新人賞受賞作で、いい作品だという噂を聞いたことがあった。まだ手に入れてなかったので、この機会に購入してみることにする。
続いて、ビジネス書や人文書のコーナーへ。色々と気になる本が並んでいるのだが、とりわけ目を引かれたのが斎藤幸平『マルクス解体 プロメテウスの夢とその先』(講談社)。カバーデザインが美しい。そして意欲的なタイトル。非常に気になる。
が、値段が高い。この調子だとすぐに1万円いってしまいそうだ……。
「ま、いいか」一万円に達したら、その時だ。そう割り切って、2冊目には『マルクス解体』を選んだ。
新刊平台の裏側に行くと、そこにもお店イチオシの本が。そこでジョン・スラデック『チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク』(竹書房)を発見。
猛烈なインパクトをもつタイトルと、帯の「狂機誕生」という言葉。気になる。でも、こんなにポンポン買ってていいのだろうか。あっという間に1万円をオーバーしてしまいそうだ。
しかし興味に嘘はつけない。3冊目は『チク・タク×10』に決めた。
ここまでの3冊で、すでに合計5,000円を超えている。
文庫の棚をチラ見。京極夏彦『鵼の碑』(講談社)が異様な気配を放っていた。
普段はあまり見ない棚も見てみよう、ということでキャラ文庫の棚へ。表紙に踊る文字は、「溺愛」「求愛」「純愛」と愛にあふれていた。
ライト文芸の棚も物色。いくつか気になるタイトルがあったが、巻数が多いため断念。
文芸単行本の棚も覗いてみる。小説家にとっては一番なじみのある棚。
そんななか、人文書のコーナーで気になるタイトルを発見。
手に取っているのは、川原繁人『なぜ、おかしの名前はパピプペポが多いのか?』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)。これもタイトルに惹かれて手に取ったのだが、少し読んでみると結構本格的な議論もふくまれていそう。本から放たれる魅力に抗えず、これを4冊目にすることに決定。
次に、その裏側にあるBLコミックへ。BLはまったく履修していないため、ドキドキしながら棚を物色。
中山幸『ショタおに』(スクウェア・エニックス)。4巻まで出ているみたいで、予算的に断念。しかし今でもどんな内容だったのか気になる。
その後、コミックコーナーで野田サトル『ゴールデンカムイ』(集英社)を発見。大好きなタイトルを発見して興奮ぎみ。
昨年、兼業作家から専業作家になったのだが、会社を辞める前半年間くらいの限界のメンタルを、『ゴールデンカムイ』を読むことでどうにか維持していた。野田先生には私の心の健康を救ってもらった。
再び戻って、今度は理工書。理系出身(農学部卒)の私は理工書の棚が大好物だ。
最近読んだ山極壽一・鈴木俊貴『動物たちは何をしゃべっているのか?』(集英社)を発見。これは面白かった。シジュウカラに文法があることを見出した鈴木先生に興味を持って読んだのだが、コミュニケーション論のとっかかりにもなる一冊。
「あと2冊くらい買いたいなあ……」
となると、値段的には文庫くらいしかない。文庫の棚を漁っていると、ハヤカワ文庫で前から気になっていた一冊を見つけた。
ガイ・ドイッチャー『言語が違えば、世界も違って見えるわけ』(ハヤカワ文庫NF)。
最近読んだ本で、立て続けに「環世界」の話が出てきた。「環世界」は、生物種ごとに感覚機能が異なるため、感じ取っている世界もそれぞれに異なる、ということを説明するために作られた言葉。ドミニク・チェン『未来をつくる言葉』(新潮文庫)には、言語の違いによっても各々の「環世界」が生まれるという話があり、このタイトルはまさにその話と直結しているように感じた。
というわけで、5冊目に選定。
その後も文庫の棚を巡回し、最後の一冊を探す。あと1000円くらいならいけそう。
だんだん全部の本がよく見えてくる。もはやこのなかから1冊なんて選べないんじゃないか、という気すらしてくる。
しかし、なんとか1冊選ぶ。先崎学『うつ病九段』(文春文庫)。前々からタイトルは耳にしていて、気になっていた。将棋ノンフィクションを久しく読んでいないこともあり、最後の一冊はこれに決定。
6冊の本を持ってレジに向かう。
なんとなく計算はしていたけれど、厳密には確認していないため、いくらになるかはレジを通してみないとわからない。めちゃくちゃオーバーしていたら、初回からこの企画の曖昧さが露呈してしまう。緊張の一瞬。
ドン。支払額は10,153円。ほとんど10,000円ちょうど。やったー!
「最後の一冊、文庫にしといたのがよかったですね~」などと陽気に言いながら、お代を支払う。初回から企画趣旨が崩壊しなくてよかった。
最後にもう一度、店頭で撮影。今回は6冊買えました!
最近は「本が高くなった!」という声がよく聞かれる。事実、そうなのだと思う。私が子どもの頃に比べると、文庫も単行本も平均的に高くなったのは間違いない。
しかしそれでも、1万円あれば6冊も本が買えるのだ。テーマパークに行ったりすることを思えば、決して高くはないと思う。
しかもその6冊のなかには、一生の付き合いとなる本があるかもしれない。1万円を握りしめて書店に行く、というのも、人生を変える一つの手段だ。
今回、書店で本を買うこと、それ自体がワクワクする行為なのだと改めて実感した。書店に来るまで想像もしていなかった出会いもあった。きっと別の書店では、また違った出会いがあるはずだ。書いている私自身、今から第2回が楽しみでならない。
* * *
最後に。この企画に協力してくださる書店さんを募集します!
「うちの店でやってもいいよ!」という書店員の方がいらっしゃれば、岩井圭也のXアカウント(https://twitter.com/keiya_iwai)までDMをください。関東であれば比較的早いうちに伺えると思いますが、それ以外の地域でもご遠慮なく。
それでは、次回また!
【今回買った本】
・石井仁蔵『エヴァーグリーン・ゲーム』(ポプラ社)
・斎藤幸平『マルクス解体 プロメテウスの夢とその先』(講談社)
・ジョン・スラデック『チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク』(竹書房)
・川原繁人『なぜ、おかしの名前はパピプペポが多いのか?』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)
・ガイ・ドイッチャー『言語が違えば、世界も違って見えるわけ』(ハヤカワ文庫NF)
・先崎学『うつ病九段』(文春文庫)
文豪未満

デビューしてから4年経った2022年夏。私は10年勤めた会社を辞めて専業作家になっ(てしまっ)た。妻も子どももいる。死に物狂いで書き続けるしかない。
そんな一作家が、七転八倒の日々の中で(願わくば)成長していくさまをお届けできればと思う。
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