夫婦同姓が法律で強制されているのは今や日本のみ。
別姓が原則の中国・韓国・ベルギー、別姓も可能なイギリス・アメリカ・ドイツ、通称も合法化したフランス。各国で実体験を持つ筆者達がその国の歴史や法律から姓と婚姻、家族の実情を考察し「選べる」社会のヒントを探る書籍『夫婦別姓 家族と多様性の各国事情』より、一部を抜粋してお届けします。
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老いも若きも夫婦別姓が当たり前
中国では夫婦別姓だ。例えば、毛沢東(マオ・ツォートン)の妻の名前は生涯を通して「江青」(ジャン・チン)で、一度も「毛青」になったことはない。夫婦間の姓はもちろん、兄弟間でも父親姓と母親姓の両方があり得るので、姓が違うこともある。
筆者は中国人の夫と北京で結婚した。そのため、日本人同士の結婚にだけ適用される日本の民法の対象外で、自分の姓を維持して夫婦別姓とすることができた。このことは、結婚当時も今も実に好都合だ。当時、必要だった手続きは日中両政府への結婚届だけ。そのほかはパスポートも銀行口座も、会社での呼称も変更手続きは不要だった。まず、手続き上の煩雑(はんざつ)さがないだけでも十分助かった。
それだけではない。馴染んだ仕事上の「看板」を差し換える苦労も、夫の姓から私のプライバシーを勘繰られる居心地の悪さも経験せずに済んだ。義理の父と母も当然のことながら別姓なので、私が結婚後も同じ名前でいることに何の違和感もなく、話題にさえ上らなかった。そして、結婚後もずっと同じ「斎藤淳子」というアイデンティティを持って歩んで来ることができた。私が私で居られるのは何よりも有難いことだ。
社会言語学が専門の董傑(ドン・チエ)清華大学副教授は夫婦別姓による意識の影響について「結婚しようが離婚しようが姓を変える必要はないのだから、夫婦別姓により女性はより独立した意識を持つようになるのは自分の経験からも明らかだ」と語っている。全く同感だ。
北京でバリバリ働く40歳前後の既婚男性に「日本では、結婚後は夫婦は同姓でないといけないので、大多数の女性は、姓が変わる。中国でもそうだったらどう感じる?」と聞いたところ、「夫婦で姓が同じじゃないといけないというのはいかにも古い。良い感じはしない」「もう時代が以前とは違うし、自分の姓が変わるのはもちろん、妻の姓が変わるのもヘンで気持ちが悪い」と言う。彼らの頭の中には「家族の絆(きずな)のために夫と妻の姓は同じであるべき」という発想は欠片もない。
また、40代の働く女性の知人は、「私たちは既に自分の名前を名乗る権利を得てしまい、別姓でいることに慣れているので、仮にもこれを手放すなんて受け入れられないと思う」と言う。
さらに、生来の名前(鄭月娥)の前に夫姓(林)を冠して名乗っている香港長官の林鄭月娥(キャリー・ラム)氏を例に出し、この知人は「当時は夫の姓を加えるのが一つのステータスだったとは聞いているが、正直、この名前では夫から独立していない人間という印象を受ける」と話す(婚姻後に夫の姓を妻の生来のフルネームの前に付ける冠姓については後述する)。
このように、「独立した女性が夫の姓を名乗るなんて想像できない」というのが私の周辺の北京の人たちの反応だ。別姓は彼らの生活に馴染んでいる。
「家庭革命」で実現した平等な夫婦別姓
本書の各章にあるように、世界を見回してみると夫婦別姓の議論が盛んになったのはほとんどが1980年代以降だ。中国はそれらにずっと先立って男女平等の原則に基づいた夫婦別姓を実現した。世界に先駆けた夫婦別姓はどのように導入されたのだろうか?
中国で男女平等の原則から夫婦別姓を定めたのは1950年の「婚姻法」だ。1949年に誕生したばかりの新生国家にとって、同法は土地改革とともに人口の半分に当たる女性を「社会と家庭の二重の抑圧から解放」し、民衆基盤として取り込んだ重要な法律と位置付けられている。
同国の婚姻は長年本人の意思に拠らず、親が家と家の関係の中で差配する封建的なものだった。それに対し、婚姻法では婚姻における夫婦間の関係は平等となり、当事者2人の「婚姻の自由」が初めて認められた。そして、「夫婦は自らの姓名を各自が使用する権利を持つ」と定められた。後述するように表面上は従来からの「夫婦別姓」と変わらなかったが、その思想は「男女平等の原則」に基づいたものへと質的に大きく変化した。この規定は2021年に施行された新民法典にも吸収され、そのまま今日に至っている。
柯倩婷(カ・チンティン)中山大学副教授(ジェンダー学)は婚姻法の実施の背景について、「男女は平等で、独立した人格をもち、女性は男性の附属物ではないといったマルクス主義の思想の影響ももちろん受けた。しかし、中国国内にも、革命初期の延安時代の頃にすでに本人の意思による自由な結婚など家庭内の平等を目指す『家庭革命』の根はあった。当時は政治運動的な性格が強く、革命思想の強い潮流下で初めて『家庭革命』も実現した」と指摘する。また、「婚姻の自由や夫婦別姓などを含む婚姻法の実現は、女性にとって大きな解放を意味する政策だった。同法の中には多くの先進的で徹底した男女平等の概念が含まれている」と述べる。
「空の半分は女性が支える」と中国人なら誰でも知るキャッチフレーズにあるように、中国の女性は、国全体の政治運動の機運に乗って男性と平等に位置づけられた。また、結婚の自由と同時に自分の姓を結婚後も独立して使用する権利を一気に獲得したのだ。
こうして中国の女性は封建的な儒教思想からにわかに解放された。中国の女性が男女平等の原則のもとで独立した姓を名乗る権利を得たのは、柯副教授が指摘するように当時はかなり先進的だったといえるだろう。
世界の女性起業家の65%が中国から
実際に、現在の都市部の女性たちを見回しても、北京や上海などの大都市で暮らす女性たちは東京や大阪の女性よりはるかに「解放」されている。例えば、大学の女子学生の割合(2019年)は日本では44.5%だが、中国では52.5%に達し、大学院は50.6%でいずれも日本(修士課程が30%、博士課程が33%)より女性の比率が高い。中国の女性は日本より高学歴志向だ。
また、中国人女性はビジネス界にも活発に進出している。その存在感は、中国人女性の世界人口比(20%)を考慮に入れても突出している。例えば、フーゲワーフ研究院の「女性起業家富豪世界ランキング2021年」によると、資産10億ドル(約1100億円)以上を所有する(遺産などではなく自ら起業した)世界の女性起業家富豪130人のうち、85人(65%)が中国人女性だった。その他は米国が25人、アジア系はインド(2人)、以下シンガポール、韓国、オーストラリア、タイ、ベトナム、フィリピンが各1人で、日本はゼロだった。
さらに、都市別ではトップの北京(16人)に、上海(11人)、深センと杭州(ともに10人)、広州(7人)、サンフランシスコ(6人)が続いた。こうしてみると、中国の大都市は女性起業家富豪が最も多い世界都市でもあるようだ。
筆者も北京に長く生活しているが、女性として暮らすのに北京の居心地は悪くない。以前、米国のワシントンDCでも生活したので、東京も入れて3つの首都を比べてみると、同じアジアであるにもかかわらず、北京は東京よりもワシントンDCに近いように感じる。仕事文化もサバサバとしており、「実力」や「結果」が追求されて厳しい反面、「女らしさ」や「気が利くこと」は元から求められないからだ。
社会全体の雰囲気も東京と比べてユニセックスな色彩が強い。そのため、普段からあまり男女を意識せずに過ごすことができる。東京でお化粧をせずには出かけられないが、ワシントンDCや北京ならそれもアリだ。日本では当たり前とされる女性ゆえの遠慮や気づかいは北京では要らない。
(付記)
結婚も含めた中国社会の現在地については拙著『シン・中国人 激変する社会と悩める若者たち』も参照されたい。
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続きはちくま新書『夫婦別姓 家族と多様性の各国事情』をご覧ください。
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