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夫婦別姓 家族と多様性の各国事情

2023.05.24 公開 ポスト

同性婚の法制化が「姓」の意識を変えたフランスプラド夏樹(ジャーナリスト)

夫婦同姓が法律で強制されているのは今や日本のみ。

別姓が原則の中国・韓国・ベルギー、別姓も可能なイギリス・アメリカ・ドイツ、通称も合法化したフランス。各国で実体験を持つ筆者達がその国の歴史や法律から姓と婚姻、家族の実情を考察し「選べる」社会のヒントを探る書籍『夫婦別姓 家族と多様性の各国事情』より、一部を抜粋してお届けします。

*   *   *

フランスで結婚は姓名に何の影響も与えない

私は、30年前に来仏し事実婚を経てフランス人の夫と結婚した。結婚当初は自分の出生姓 Yamada のみを名乗っていたが、その後 Yamada-Prado と連結姓になり、今は夫の姓 Prado だけを名乗っている。

(写真:iStock.com/anyaberkut)

最初は出生姓のみ、そして連結姓だったのは、僅(わず)かながらでも日本との絆(きずな)を保ちたいという気持ちからだったが、長い名前は書くのに時間がかかる。また、周囲の人々が、読みにくい日本語姓をスルーしてフランス語の姓だけを呼ぶので、その都度、「違いますよ、私 Yamada-Prado ですよ」と主張するのもだんだん面倒になってきた。

その後、カトリック教会という保守的な職場でオルガニストとして務めるようになるが、圧倒的にフランス人、白人、男性が多い中で外国人である私が仕事をゲットしていくためには、フランス語の姓を使用するほうが好都合だと気付き、夫姓だけにした。

そして、10年前にフランス国籍を取得した。パスポートには次のように記載されている。

姓:YAMADA

通称:PRADO

名前:NATSUKI

これでわかるように、フランスでは出生時に出生証明書に登録された姓名が一生を通じてその人の法律上の本姓名である。原則として姓名は変更できず、つまり、結婚は姓名に何らの影響も与えない。Prado は通称であり、いってみれば、夫姓を本姓として旧姓を通称とする日本とは反対になる。また、通称使用はあくまで任意であり、私の夫と息子は出生姓 Prado だけで生活している。

しかし、既婚女性を「マダム・〇〇」と夫姓で呼ぶ19世紀からの習慣は、今も根強く残存している。1970年代から実施された一連の男女平等政策の一つである姓に関する法制は、何度も改正を重ねた結果、今は夫姓以外にもいくつかの通称の選択肢がある。それでも、法制と実生活の間には大きな隔たりがあり、夫姓で呼ばれることに対して憤慨する既婚女性や離婚した女性、また、その一方で、出生姓を維持したは良いが子どもと姓が違ってしまうことを悲しんでいる女性もいるなど、姓を理由に苦しむ女性の数は現在でも予想以上に多い。

ヨーロッパでも画期的なPACS(民事連帯契約)の制度

1980年代にエイズが流行(はや)り、フランスは欧州一の感染国になった。ホモセクシャルの人々が病で倒れたパートナーの家から家族によって追い出されたり、共同で購入した物品の使用権を親族に奪われたりという事件が相次ぎ、ホモセクシャル・カップルの権利を法的に守る必要性が出てきた。

1990年代から、性の多様性と自分らしさという個性を追求するフェミニズム第三波が始まり、再び、性の問題が浮上していたこともあるだろう。1999年にPACS(民事連帯契約)で同性カップルの共同生活に関する契約が法制化された。日本のパートナーシップ制度にあたるものだ。前述した18世紀の革命家オランプ・ド・グージュがキリスト教による結婚を「愛情と信頼の墓場」と評し、市民同士としての平等な「男女の社会契約」を提案してから200年が経っていた。

(写真:iStock.com/nito100)

PACSは、当初は、法律婚が認められない同性カップルを対象として起草されたが、その後、同性・異性にかかわらず成人二人を対象とするようになり、ヨーロッパの中でも画期的なものになった。結婚に比べて離婚が簡単にできる(別れたい方が公証人を通して、あるいは書留で契約に終止符を打つことを宣言するのみ)、所得税共同申告が可能というメリットがある。

しかし、パートナーが亡くなった場合は、特に遺産相続契約を生存中に結んでいない限り遺産を継ぐことができない。また、パートナー死後の年金半額を受け取る権利も、パートナーの姓を通称使用することも不可だ。PACSができてから20年経った2019年、契約カップルの大多数は特に若者だ。そして当初の政府の意向とは反対に、同性カップルより異性カップルの数の方が多く、「結婚する前のお試し」感覚で結ぶ人々が多い。

2002~19年に結婚、PACSをしたカップル数(INSEE国立統計経済研究所調べ)

今日、結婚しないことに対する肩身の狭さは微塵(みじん)もない。先日、三人の子どもを持つ40代の姪に、「あなたたちが結婚したときは……」と特に意識せずに話しかけた時、「まあ、結婚なんてしてないわよ!」と目を三角にして怒られた。男は仕事、女は家庭といった役割分担をやめてお互いに自由な個人として生きたいと願う人々、特に経済的に自立した女性にとって、結婚のイメージは悪いのだ。

同性婚の法制化が姓に対する意識を変えた

2013年、社会党政権下で同性結婚が法制化された。賛成派と反対派の間で世論は真っ二つに分かれ、国会では170時間が議論に費やされたが、この法制化により結婚すれば同性カップルでも養子を迎え、パートナーの遺産を継ぎ、パートナーの姓の使用もできるようになった。(国会では2020年12月、結婚していないカップルでも養子を迎えることができる法案が可決されたが発効は未定)

同性愛が1990年まで世界保健機関(WHO)精神疾病リストにあったことを考えると、これは確かに大きな進歩だ。しかし、ここでは特に、同性婚法制化によって、「カップル関係と親子関係をつなぐ制度」であった中世以来の結婚観が崩壊し、同時に、「子どもの姓」に関する考え方が決定的に変わる節目になったことに注目したい。

 

これまでは、異性の両親が子どもに与える姓について合意できなかった場合は自動的に父の姓になるなど、父姓はいかなる場合にも優勢だった。しかし、同性婚法制化によって、「パパが、あるいはママンが二人の場合はいったいどちらの姓を優先させるの?」という問題が浮上したのだ。

以来、両親が子どもの姓について合意できない場合は、同性婚か異性婚かにかかわらず「アルファベット順で併記姓(ハイフン無し・スペース空け)」ということになった。同性婚法制化を機会に、子どもに自動的に父姓を継承させることに疑問をもつ人が増え、家父長制の特徴の一つである「子どもの姓における絶対的な父姓の優勢」に終止符が打たれた

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続きはちくま新書『夫婦別姓 家族と多様性の各国事情』をご覧ください。

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栗田路子、冨久岡ナヲ、プラド夏樹、田口理穂、片瀬ケイ、斎藤淳子、伊東順子『夫婦別姓 家族と多様性の各国事情』(ちくま新書)

夫婦同姓が法律で強制されているのは今や日本のみ。本書では、夫婦別姓も可能な英国・米国・ドイツ、通称も合法化したフランス、別姓が原則の中国・韓国・ベルギーで実体験を持つ筆者達が各国の歴史や法律から姓と婚姻、家族の実情を考察し「選べる」社会のヒントを探る。そして、一向に法案審議を進めない立法、合憲判断を繰り返す司法、世界を舞台とする経済界の視点を交えて、具体的な実現のために何が必要なのかを率直に議論する。多様性を認める社会の第一歩として、より良き選択的夫婦別姓制度を設計するための必読書。

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夫婦別姓 家族と多様性の各国事情

夫婦同姓が法律で強制されているのは今や日本のみ。

別姓が原則の中国・韓国・ベルギー、別姓も可能なイギリス・アメリカ・ドイツ、通称も合法化したフランス。各国で実体験を持つ筆者達がその国の歴史や法律から姓と婚姻、家族の実情を考察し「選べる」社会のヒントを探る書籍『夫婦別姓 家族と多様性の各国事情』より、一部を抜粋してお届けします。

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プラド夏樹 ジャーナリスト

フランス・パリに32年在住。慶應大学文学部哲学科美学美術史学専攻。ベルサイユ国立地方音楽院卒。パリ市のサン・シャルル・ド・モンソー教会の主任オルガニストを務めると同時に、フリージャーナリストとして活動。社会、宗教、性、ジェンダーに関する現地情報を歴史的、文化的視点から発信。著書に『フランス人の性』(光文社新書)、共著『コロナ対策 各国リーダーたちの通信簿』(光文社新書)、『日本のコロナ致死率は、なぜ欧米よりも圧倒的に低いのか?』(宝島社)。

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