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夫婦別姓 家族と多様性の各国事情

2023.06.04 公開 ツイート

結婚後の姓に「こうあるべき」がないアメリカ 夫婦別姓でも新しい姓を創作してもいい自由の国 片瀬ケイ

夫婦同姓が法律で強制されているのは今や日本のみ。

別姓が原則の中国・韓国・ベルギー、別姓も可能なイギリス・アメリカ・ドイツ、通称も合法化したフランス。各国で実体験を持つ筆者達がその国の歴史や法律から姓と婚姻、家族の実情を考察し「選べる」社会のヒントを探る書籍『夫婦別姓 家族と多様性の各国事情』より、一部を抜粋してお届けします。

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結婚しても自由に選べる2人の姓

自由の国であることを誰もが誇りとする米国。個人の自由と権利を尊重するこの国では、自らの意思で自分の姓名を決める自由もアメリカ合衆国憲法修正第14条で守られている。州によって姓名を変更する際の手続きや規定は多少異なるものの、犯罪目的だったり、不適切、不道徳な名前だったりしない限り、いつでも誰でも自由に姓名を変更することができる。結婚や離婚の際に姓を変更することが圧倒的に多いが、婚姻を理由に個人に姓の変更を義務づける法律はない

(写真:iStock.com/monkeybusinessimages)

そんな自由な米国では「伝統を継承するため」「利便性を考えて」「新たな家庭を築く記念として」「個人のアイデンティティを尊重して」など様々な理由によって、それぞれのカップルが結婚後の姓を自分たちで自由に選ぶ。以下がそのパターンである。

(1) 妻の姓を夫の姓に変更する。これが最も一般的で、今も7割程度はこのパターン。

(2) 夫の姓を妻の姓に変更する。こちらは米国でもまれなケース。

(3) 2人の姓をハイフン(–)でつなぐ連結姓にする。歌姫のビヨンセのフルネームは、自分の姓と夫のジェイ・Zの本名の姓をハイフンで結んだビヨンセ・ノウルズ・カーター(Beyoncé Knowles-Carter)である。2人の姓をいかせるのが利点だが、姓が長くなってしまうので、ハイフンで結ぶのを嫌がる人もいる。

(4) ハイフンを入れずに、妻の姓と夫の姓を2つ並べて、両方を正式な姓とする。この選択肢があるという認知度は低く、各種申請書の書式に姓を書く欄が1つしかないなどで困る場合もあるが、法的に2つの姓を持つことは可能。スペイン語圏ではこれが標準である。

(5) 合成姓創作姓にする。映画『スパイキッズ』3部作に出演した女優のアレクサ・ヴェガは、2014年に俳優のカルロス・ペーニャ・ジュニアと結婚。結婚後の新しい姓は、2人の姓を合体させてペーニャヴェガ(PenaVega)という新たな姓にした。元の姓にこだわらず、まったく別の新しい姓を創作することも可能だ。

(6) 2人とも姓を変えずに、夫婦別姓とする。ハリウッドのおしどり夫婦として知られる歌手のジョン・レジェンドと妻でモデルのクリッシー・テイゲンは別姓のまま。何回か結婚歴のある歌手のマライア・キャリーや、女優のスカーレット・ヨハンソンも、自分の姓を変更したことはなく、一貫して夫婦別姓を選んでいる。

 

このほかにも、妻が夫の姓に変えた上で、自分の旧姓をミドルネームとして残すパターンも多い。例えばジル・バイデン大統領夫人の本名は、Jill Tracy Jacobs Biden で、自分の生来の姓であるジェイコブズをミドルネームに残している。

一方、結婚に際して自分のために名前を変えてくれた妻を思い、自分の名にも妻の姓を取り入れたのが、米国に長く住んだジョン・レノンである。1969年に2人が結婚した時、ヨーコ・オノ(小野洋子)は Yoko Ono Lennon となり、ジョン・レノンは Ono をミドルネームに加えて John Winston Ono Lennon(Winstonはもともとのジョンのミドルネーム)となった。

伝統を重んじる世代では「ミセス・夫の姓名」を使う場合も

結婚したら妻が夫の姓に変えるという伝統的なパターンが圧倒的に多いものの、アメリカ人はプラグマティズム(実際主義)も重視し、実生活で便利なほうを選ぶこともある。また歴史的、文化的背景で根強く残る慣習もあれば、時代や世相に応じた意識の変化もある。米国には「自分たちはこうしたい」という希望はあっても、「こうあるべき」といった社会からの画一的な圧力はない。カップルが自分たちの価値観や事情により、それぞれにとって一番よいと思う選択をしている。

(写真:iStock.com/monkeybusinessimages)

筆者の夫は、米国内でも保守的といわれる南部テキサス州の出身である。とはいえ海外から来る留学生らと共に音楽を学び、ニューヨークやカリフォルニアで生活したこともあるせいか、両親とは違って伝統にはとらわれないタイプだ。私が夫に出会った時には夫の両親は離婚しており、義父は再婚ずみ。義母はもとは専業主婦だったが、離婚後は書店勤めをしながら一人暮らしをしていた。

そんなある日、義母から送られてきたカードを見て、一瞬とまどった思い出がある。差出人の名前が「ミセス・義父のフルネーム」だったのだ。ミスターの間違いで、カードは義父からのものだろうか。いや、いくらなんでも自分の名を書く時にミスターとミセスを間違えるはずはない。夫にカードを見せて尋ねると「母だよ。古風なタイプだから。ちょっと気取ってみたんだろう」とのこと。

アメリカ映画によくある結婚式シーンでは、式の執行者が「それでは、これからあなた方はミスター・アンド・ミセス・ジョン・スミス(夫の姓名)です」と宣言する場面が出てくる。のちに詳しく述べるが、英国から受け継いだ伝統的な結婚制度は、妻が夫にいわば吸収合併される形で一体化するというもの。結婚したら妻は名前を持つ個人というより、ジョン・スミスの妻として認識されるようになる。

伝統を重んじる世代では、今でもフォーマルな感じを出したい時には、〇〇夫人という意味で「ミセス・夫の姓名」を使うことがあるのだそうだ。義母は離婚後も義父の姓を名乗り続けていたので「ミセス・義父の姓名」を使ったのだろうが、この形式だと義父の再婚後の妻も同じになってしまうので、ずいぶんとややこしい。

改姓手続きはラクじゃない

一方、私はといえば、結婚する際に自分の名前に英語の姓がつくイメージがわかず、そして何よりも改姓の手続きが大変すぎるという理由で、夫の姓に変えることはまったく考えなかった。すでに米国で働いていた私は、結婚に伴って労働ビザから永住権へと変更申請をしたのだが、身元確認や経歴など様々な書類を提出する。その際に名前まで変更したら手続きが煩雑(はんざつ)になり混乱を起こしかねないことは目に見えていた。仕事を辞めれば労働ビザはすぐに無効になる。万が一、書類の行き違いなどにより永住権申請でトラブルが起きて、不法滞在になってしまったら大変である。

(写真:iStock.com/leekris)

こうした特殊な事情がないにしても、結婚で改姓した後には手続きであっちに行ったり、こっちに行ったりの日々が待っている。新たな姓名が記載された結婚証明書を何枚か発行してもらい、社会保障番号、運転免許、パスポート、投票のための選挙人登録など、それぞれの事務所に出向いて姓名変更手続きをする必要がある。それ以外にも雇用主はもちろん、金融機関やクレジットカード、医療保険や車両保険などの各種保険、自動車ローンをはじめとする契約関係、車や住宅の登記、職業にかかわる免許、ガス、電気、水道などの公共料金の支払い、医療機関、運動ジムやいろいろなサブスクリプション・サービスなど、日常生活を支えるさまざまな場面で姓変更の連絡が必要だ。

政府機関での手続きは、米国でも待ち時間が長いのが常だし、平日でないとできない。改姓するのは女性が多いとはいえ、ほとんどの女性が働いているので、仕事をしながらこうした作業をするのはひと苦労だと思う。さらに州によって改姓の手続きが若干異なるので、州ごとの改姓の手続き案内や申請書をセットにした「結婚後の改姓サポート・キット」を販売する支援サービスもあるくらいだ。

 

夫婦別姓にしている前述のクリッシー・テイゲンも、姓を変えなかったことについて「重大な決意というわけじゃなく、時間もなかったのよ」とツイッターに書いたことがある。女優など自分の姓名が仕事上のブランドになっている人も、プラグマティックな観点から結婚しても姓を変えない選択をする場合が多いのだろう。

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続きはちくま新書『夫婦別姓 家族と多様性の各国事情』をご覧ください。

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栗田路子、冨久岡ナヲ、プラド夏樹、田口理穂、片瀬ケイ、斎藤淳子、伊東順子『夫婦別姓 家族と多様性の各国事情』(ちくま新書)

夫婦同姓が法律で強制されているのは今や日本のみ。本書では、夫婦別姓も可能な英国・米国・ドイツ、通称も合法化したフランス、別姓が原則の中国・韓国・ベルギーで実体験を持つ筆者達が各国の歴史や法律から姓と婚姻、家族の実情を考察し「選べる」社会のヒントを探る。そして、一向に法案審議を進めない立法、合憲判断を繰り返す司法、世界を舞台とする経済界の視点を交えて、具体的な実現のために何が必要なのかを率直に議論する。多様性を認める社会の第一歩として、より良き選択的夫婦別姓制度を設計するための必読書。

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夫婦別姓 家族と多様性の各国事情

夫婦同姓が法律で強制されているのは今や日本のみ。

別姓が原則の中国・韓国・ベルギー、別姓も可能なイギリス・アメリカ・ドイツ、通称も合法化したフランス。各国で実体験を持つ筆者達がその国の歴史や法律から姓と婚姻、家族の実情を考察し「選べる」社会のヒントを探る書籍『夫婦別姓 家族と多様性の各国事情』より、一部を抜粋してお届けします。

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片瀬ケイ

東京の行政専門紙記者を経て、1995年に渡米。カンザス大学よりジャーナリズム修士号取得。ジャーナリスト、翻訳者。現在はアメリカ人の夫とともにテキサス州に在住し、アメリカ在住歴は25年  余り。アメリカの政治社会、医療事情などを共同通信47NEWSをはじめ、さまざまな日本のメディアに寄稿する。「海外がん医療情報リファレンス」に翻訳協力するとともに、 Yahoo!ニュース個人のブログ「米国がんサバイバー通信」のオーサーも務める。共著書に『コロナ対策 各国リーダーたちの通信簿』(光文社新書)がある。

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