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1980年、女たちは「自分」を語りはじめた

2023.05.24 更新 ツイート

「夫が」「子どもが」の語りを「私が」に変えるカウンセリング 河野貴代美

日本ではじめて「女性解放」の視点での心理療法、フェミニストカウンセリングを実践した河野貴代美さんが、6月3日(土)に公認心理師・臨床心理士の信田さよ子さんが「生きづらさを語る意味、カウンセリングができること」をテーマにオンライン対談を行います。信田さんも影響を受けたという、フェミニスト・カウンセリングはどんな問題を扱ってきたのか? 河野さんの新刊『1980年、女たちは「自分」を語りはじめた フェミニストカウンセリングが拓いた道』より一部抜粋してご紹介します。

「私」を主語にした「語り」の重要性

カウンセリングの場において、語るのは主としてクライエントです。ではまずは、クライエントの語りを聞いてみましょう。

(写真:iStock.com/mazee)

極端な二つの例を簡潔に挙げてみます。

よく聞かれるのは、まずクライエントが話をしている内容は、ほとんど自分以外の他者の物語であることです。他者とは夫、子ども、友人やら同僚やら親族です。

その他者が〇〇といった、とか、〇〇をしたとかを表現する際の主語は、まるで語り手であるかのように聞こえます。というか語りの主語は、「私」ではなくほぼその他者に貼り付いているので、主語が見えないといったほうがよいかもしれません。

「〇〇といったと私は思う」「〇〇と私には聞こえた」とか、「〇〇をした(ように)と思われる」という風にはならないのです。主語がはっきりと現れていれば、二者間に距離が感じられます。

主語がないとカウンセリングにはなっていきません。望ましいのは、一方的に、自分は、〇〇と感じ、〇〇と行動する/しないという風に主語で始まる物語です。「私は(自分を)どうすればいいのでしょうか」という主語の語りによって、「私」は導かれます。

語り手が他者と離れていない場合の主語は語りの最後に来ます。「私はこの人を変えるためにどうすればいいでしょうか」。ここでやっと「私」が現れます。それでもまだその他者と自分には距離がありません。なぜなら「私」はカウンセラーの助言を得て なんとかしてその他者を、自分の希望通り「変えたい」と思っているからです。

前者の場合は、ある意味で別人の病気を訴えてクリニックを受診するようなものです。話し合いのある時点で、カウンセラーの介入が必要になります。たとえば「あなたは、おっしゃるようなお困りの事態をどのように変えられると思いますか」。これは、カウンセラーよりクライエントの考えを聞いています。

「(私は)それがわからないから来たのですよ」と答えたら、それでよしです。これは突破口にはなります。主語が明確に私になっていますから。

その後カウンセリングで他者を変えるような話し合いはできないこと、変わってもらうためには、その他者とのこれまでの関係性を考え直してみること、結果変わらなければならないのは、クライエント本人かもしれない、というようなことをクライエントに理解してもらうことになります。

つまり、主語はその他者ではなく、明確にクライエント自身にならなければなりません。ここから本来のカウンセリングが始まることになりますが、発想の転換は簡単にはいきませんので、ここまでに必要な時間にカウンセラーは寄り添います。

その経過のなかに当然個人史が含まれます。これ自体はカウンセラーともどもクライエントが自身をどのように理解するかが重要です。次第に何をどう語るかが了解されはじめます。

その他者が夫の場合を取り上げてみましょう。彼から比較的自立し、自分のアイデンティティを持った妻は、カウンセリングには来ませんが、一方クライエントの場合の所属する先は、ほぼ夫です。夫の会社や役職に付随した妻、子どもの母等。主語を獲得するにつれてやがては関係のなかの自己、社会構造のなかの自己を認識するようになってきます。

また語りの主流を占める「~さ(ら)れるという被体験」も見直されるでしょう。クライエントは、概して受け身です。受け身での物話です。

たとえば「絶えず批判されている」という受け身性を、「絶えず批判されているように私は受け取る」、または「感じる私がいるのかもしれない」というような主体の感受性として立て直す。

「~されている体験」が「褒められる体験」でないのは間違いありませんので、ここで述べている「~されている体験」は、ほぼ否定的傾向を持ちます。そのため、自己否定からなかなか抜け出せないのです。

とすれば語りのポジショナリティが重要になります。

私はカウンセラーに「あなたはどこから語るのか」と問いかけたいと思います。あるいは「どこにいるのか」と。

お互いの立ち位置が理解可能になるためには、「どこ」を特定する地図の共有が必要なのです。カウンセリングの場においても地図は共有されたほうがよいに決まっています。

カウンセラーが直截にフェミニズムを語ることは、クライエントからの要請でもない限りありませんが、長期にわたるカウンセリングでは、そのフェミニズムの地図が共有できるようになっていきます。私はここから語るけれど、あなたはあちらから語る、では、既存のカテゴリー・システムは動いたり変わったりしませんから。

ここで私が主張したいのは、私を主語にして語ること、それに馴染んでもらうこと。「私」は社会的・政治的な構造のなかで、初めて「私」を見直し、しっかりと「私」と対峙し、「私」を語るようになります。それを徹底的に促すのがフェミニストカウンセリングなのです。

*   *   *

6月3日(土)14時~河野貴代美さんと信田さよ子さんによるオンライン対談開催

テーマ:「生きづらさを語る意味、カウンセリングができること」
開催日時:6月3日(土)14時~16時
場所:Zoomウェビナー

リアルタイムでご覧いただけなくとも、2週間のアーカイブ視聴が可能です。
お申込みの詳細は、幻冬舎大学のページをご覧ください。

関連書籍

河野貴代美『1980年、女たちは「自分」を語りはじめた フェミニストカウンセリングが拓いた道』

「このひとがいなかったら、日本にフェミニストカウンセリングはなかった。 最後の著書になるかもしれないと、明かされなかった秘密を今だから語り残す。」 ――上野千鶴子(社会学者) フェミニストカウンセリングは、「苦しいのは、あなたが悪いのではない」と女性たちへ「語り」を促し、社会の変化を後押ししてきた。 女性たちが語り、聞いてもらえるカウンセリング・ルームをはじめて作った創始者がエンパワーメントの歴史をひもとく。

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1980年、女たちは「自分」を語りはじめた

2023年3月8日発売『1980年、女たちは「自分」を語りはじめた フェミニストカウンセリングが拓いた道』について

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河野貴代美

1939年生まれ。シモンズ大学社会事業大学院修了(MS)。元お茶の水女子大学教授。専門は、フェミニストカウンセリング、臨床心理学、フェミニズム理論、社会福祉。日本にフェミニストカウンセリングの理論と実践を初めて紹介し、各地におけるカウンセリングルームの開設を援助。後、学会設立や学会での資格認定に貢献。著書『自立の女性学』(1983年、学陽書房)、『フェミニストカウンセリング(Ⅰ・Ⅱ)』(新水社、1991/2004年)、『わたしって共依存?』(2006年、NHK出版)ほか、翻訳書に、P・チェスラー『女性と狂気』(1984年、ユック舎)、H・パラド他『心的外傷の危機介入』(2003年、金剛出版)ほか多数ある。

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