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時をかける老女

2023.03.28 公開 ポスト

#49

「私が死んだら、この世界は終わるのよ」。たしかに母の世界は終わる。中川右介

2022年1月1日 土曜日

〈介護432日〉

正月。8時まで寝ている。

母は早くに起きていた。リビングのテーブルの母の席の前に、ドラえもんの日めくりを置いておく。それを見て、新年と知る。

 

自室のテレビでも「新年だ」と何回も言うらしく、そのたびにやってきて、朝から10回以上、「あら、お正月なのね。あけましておめでとうございます」と言う。めでたい、めでたい。

もともと母はキリスト者だったせいか初詣に行く習慣がないので、行きたいとは言わない。おせちも求めない。

母への年賀状は姪(母の孫)からのもののみ。しかし、その孫のことが分からない。写真入りの年賀状だが、「こんな子、知らない」と言い張る。

そんなところに、義妹からLINEで動画電話。母と話す。しかし、相手が誰か分からない。

それもまた10分もたつと、忘れる。

ついに、「私は誰?」が出る。しかしすぐに名前は分かる。良かった。それ以上は難しいようだ。

今日はよく話した。「何がなんだか分からない」はいつもの通りだが、「バカになった」ではなく、「わたし、健忘症かしら」と言う。「健忘症」という言葉を分かっている。「認知症」は出てこない。

食欲旺盛で、刺し身もローストビーフもよく食べた。

1年前は1時間の散歩をして、私も付き合い、その後、私は悪寒・発熱・下痢となったので、今日は、散歩は10分ほどで切り上げる。

散歩の後は自室へ。17時頃、リビングに来たので、「夕食はどうする」ときくと、「おなかが空いていないからいらない」と言い、寝ることに。

入浴せず、18時前には就寝。

私も体調に変化なし。やはり暮れに介護休暇を取ったのがよかったということにしておこう。

1月2日 日曜日

〈介護433日〉

今年は、ドラえもんの日めくりを買って、テーブルに置くことにした。そのおかげで、「今日は何日?」が、少なくともリビングにいるときはなくなった。

しかし、正月だという認識ができてない。単なる日曜日。朝は雑煮。

テレビは駅伝にしてあるが、関心なし。昼は手巻き寿司

夕方、たまには外に出ようと、一緒にバスで駅まで。上履きがだいぶ汚れていたので、西友で新しいのを買う。西友の介護用品コーナーが縮小されてしまった。

入浴して19時就寝。

1月3日 月曜日

〈介護434日〉

特に、事件のない日。

正月休みという認識がなくなっていた。来年の正月はどうなっているか。

1月4日 火曜日

〈介護435日〉

デイサービス初日。

迎えにきたスタッフさんは、「あけましておめでとうございます」と言うのに、聞こえないせいもあり、「おはようございます」。母には単なる火曜日。

昼からの海老蔵の「プペル」を観に行くので、妻と銀座で待ち合わせ、海老のパスタを食べてから観劇。帰宅したのが16時半で、40分に母が戻る。

すぐに夕食。

なぜか突然、「私が死んだら、この世界は終わるのよ。あなたも、みんな、なくなるの」と、哲学的なことを言い出す。たしかに、母が死ねば母にとっては世界が終わる。

「だから長生きしないと」

「そうだね。でも、あまり長生きすると、僕が先に死ぬよ」

「だめです。私より先に死んだら」

「がんばります」

(写真:iStock.com/Наталья Алексеева)

そんな会話も5分後には忘れる。デイサービスで入浴したので、うちでは、なし。

18時就寝。

1月5日 水曜日

〈介護436日〉

水曜日なのでデイサービスは休み。

着替えに45分もかかり、その間に私は先に朝食を食べてしまった。

「仕事だから、部屋にいて」と言い、紙にも書いておく。そうしたら、昼になっても来ない。寝ていた。またも、食事がずれる。

夜は歌舞伎座へ行くので、母だけの夕食を用意。その前に入浴させ、16時45分に食べ始めるのを見届けて出かける。

とうとう、今日は一度も一緒に食べなかった。

同年齢の知人からの年賀状に、両親とも要介護5だとあった。想像を絶する。

21時半、帰宅。異常なし。

1月6日 木曜日

〈介護437日〉

朝から寒い。今日は、7時半に朝食がとれた。

デイサービスへのクルマを見送り、短い原稿を書いて、歌舞伎座へ。地下鉄のなかで推敲し送る。便利な世の中になった。

歌舞伎座第一部が13時過ぎに終わると、外は雪。

母は「こんな雪、初めて」と興奮して戻ってきた。90年ぶりの大雪というわけか。

夕食はカレー。

「こんな美味しいカレー、初めて」

記憶を失うと、90過ぎて初体験だらけ。

入浴せずに、18時就寝。

1月7日 金曜日

〈介護438日〉

年明けから、新聞を取りに行かなくなった。

デイサービスのクルマ、雪のせいか5分遅れて到着。

私は昼前まで校正し、東銀座へ試写会。

16時過ぎに帰宅。母は40分に戻る。「疲れた」を連発。

夕食は昨日のカレー。またも、「こんなおいしいカレーは初めて」。

入浴せず、18時過ぎに就寝。

1月8日 土曜日

〈介護439日〉

今月から土曜日の午前10時40分から、早稲田大学で講座。土曜日だからと、のんびりしていられない。

母をデイサービスへ見送り、出かけるしたく。5日連続の外出は久しぶりだ。

母は機嫌良く帰宅。夕食、入浴、18時就寝。

1月9日 日曜日

〈介護440日〉

ちょっと寝坊し、8時半に朝食。午前中はとくに何もせず、午後から仕事。

母は、自室とリビングと庭をいったりきたり、落ち着かない。

3時、コンビニで買ってきた「まるごとイチゴ」を食べる。食べ終わり、「ああ、おいしかった」と言うので、「何を食べたの?」と聞いたら、「ケーキよ。生クリーム」「そのなかに果物が入っていたでしょう」「そうだったかしら」

長谷川式のテストではいい成績らしいが、それは、これから試験をすると言って、絵を見せたりして覚えさせるからで、不意打ちのテストだと、0点なのではないか。

選挙の投票のときも、名前を覚えさせれば、覚えていて投票できるのだから、記憶の能力がまったくないわけではない。

だが、やはり、どんどん衰えているのも事実。それでも、いまはまだ「わたし、かなり物覚えが悪くなっているわね」と認識はできている。

そう言えば、先日の雪の日、ショートブーツで出かけ、玄関に置いておいたら、そのあとに戻ってきた母は目ざとく見つけ、「あら、お客さん?」と言った。見慣れない靴があると分かったのだ。記憶の不思議の連続。

夕食時はテレビで「笑点」を字幕付きで見る。大喜利は10秒くらいでひとつの話が終わるので理解でき、ゲラゲラ笑っていた。もちろん、見終わって、何も覚えていない。

入浴せず、18時半に就寝。

1月10日 月曜日

〈介護441日〉

月曜日だけど休日。しかしデイサービスへは行くということを理解させるのが、大変だった。

夜は、入浴後、「訳が分からなくて怖いから寝る」と、18時就寝。

1月11日 火曜日

〈介護442日〉

今日から2泊3日のショートステイ。いままでは月に1回、4泊5日が多かったが、今月は2泊3日を2回にしてみた。

相変わらず、「そんなところ知らない」と言うが、話しているうちに、おぼろげに思い出す。

昼食後13時に徒歩5分の特養へ。雨で、寒い。

明日は歌舞伎座。

1月12日 水曜日

〈介護443日〉

母はショートステイ。午前中は書き下ろしの本の執筆。

午後は歌舞伎座。

休暇は明日昼まで。

1月13日 木曜日

〈介護444日〉

午前中は執筆。12時に特養へ母を迎えに。

帰路、「何日いたか覚えてる?」「10日間」「そんなにいないよ、2泊3日」「そうなの。随分、待っていた気がする」

しかし、昼食時には全て忘れている。午後は自室で休んでいた。

夕食。テレビニュースの「感染拡大」に、「怖い」を連発。「疲れた」と入浴はせずに18時就寝。

1月14日 金曜日

〈介護445日〉

デイサービス。私は午前午後と執筆。

夕食、入浴、18時就寝。

1月15日 土曜日

〈介護446日〉

今朝も混乱なし。ドラえもんの日めくりのおかげで、何日かときくことがなくなる。予想以上に役立つ。

デイサービスへ。私は早稲田大学の社会人講座へ。

デイサービスから帰るなり、「今日は疲れた」。

ドラえもんを見ながら夕食。入浴はせずに18時就寝。

1月16日 日曜日

〈介護447日〉

7時、母に起こされる。「津波がくるから逃げないと」と不安がる。

リビングへ行きテレビをつけると津波警報で大騒ぎ。トンガ諸島で火山が噴火した影響らしい。「ここは大丈夫だよ」

「逃げる時は連れて行ってね。置いていかないでね」

「分かった。怖いからテレビは消そう」

テレビのニュースは、オミクロン、入試会場での刃傷ざた、津波と怖いことばかり。

「怖いからどこも行かないでいいわね」と何度も確認。

母はテレビは見ず、昼も寝ていた。

夕食。入浴して、19時就寝。

*   *   *

※連載は終了しましたが、著者への感想、コメントはしばらくの期間、こちらのフォームで受け付けています(非公開)。これまでも様々なご感想をお寄せいただき、誠にありがとうございました。

中川右介『時をかける老女 認知症の母を介護した1880日』

60歳になって、当時91歳、要介護1の、認知症の母を引き取り、5年弱の介護生活を送った作家が、そのリアルな経験を綴った記録。

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時をかける老女

91歳の母親と、33年ぶりに一つ屋根の下で暮らすことになった。この日記は、介護殺人予防のために書き始めたものである。

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中川右介

一九六〇年東京都生まれ。編集者・作家。早稲田大学第二文学部卒業。出版社勤務の後、アルファベータを設立し、音楽家や文学者の評伝や写真集を編集・出版(二〇一四年まで)。クラシック音楽、歌舞伎、映画、歌謡曲、マンガ、政治、経済の分野で、主に人物の評伝を執筆。膨大な資料から埋もれていた史実を掘り起こし、データと物語を融合させるスタイルで人気を博している。『プロ野球「経営」全史』(日本実業出版社)、『歌舞伎 家と血と藝』(講談社現代新書)、『国家と音楽家』(集英社文庫)、『悪の出世学』(幻冬舎新書)など著書多数。

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