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60歳からの「忘れる力」

2023.01.26 公開 ポスト

人生の8割は忘れていいこと。医師・鎌田實が実践する、一番幸せな60代を迎えるための「忘れる」習慣とは?鎌田實

「名前が出てこない」「昨日の夕飯は何だったっけ」「また同じ本を買ってしまった」……60歳を前にすると、「もの忘れ」の悩みが増えてきます。でも、高齢者医療の第一人者・鎌田實さんは「人生の8割は忘れていいこと」だと言います。面倒なことは忘れて、好きなことだけで生きるためのヒントが詰まった鎌田さんの新刊『60歳からの「忘れる力」』より、「はじめに」を公開します。

*   *   *

「忘れること」=「いけないこと」ではない

「アレはどうなったのかな?」

「ああ、アレね。アレはああなったんじゃないかな」

列車の中で、ふとそんな会話が聞こえてきました。具体的なことは何も言っていないのに、会話がかみ合っているシュールさ。本当のところ、それぞれ想像している「アレ」が一致しているかどうかも不明ですが、思わず苦笑してしまいました。とっさに固有名詞が出てこなくなるぼくたちの年頃には、よくある会話です。

人の名前が出てこない、昨日の夕食で何を食べたか忘れた、同じ本があるのを忘れてまた買ってしまった……。こんなもの忘れがあると、いよいよ来たかと身構えてしまいます。それが頻繁になると、がっかり落ち込む人もいるかもしれません。今度こそ忘れないようにしようと、メモ魔になったりもするでしょう。それほど多くの人たちが「忘れること」=「いけないこと」と思い込んでいます。

たしかに、ぼくたちは子どものころから、忘れないように仕込まれてきました。小学校ではときどき持ち物チェックがあって、ハンカチなどの忘れ物があると叱られました。小中高と学校では歴史の年号や元素記号の順番など、語呂合わせをして必死に覚えました。大人になっても、牛乳を買い忘れてパートナーから責められる。つくづくトホホな人生なのです。

人間の脳は忘れるようにできている

でも、人生で忘れてはいけないことなんて、どれほどあるのでしょうか? スマホのパスコードだって、指紋や顔認証にすれば覚える必要はなくなります。極端なことをいうなら、「私はだれ、いまはいつ、ここはどこ」という見当識(けんとうしき)さえあれば、あとは忘れてもなんとかなるのです。

人生の8割はどうでもいいこと。なのに、そのどうでもいいことに埋もれて、本当に大切なものが見えなくなっていることのほうが問題なんじゃないか。

そもそも、人間の脳は忘れるようにできています。記憶の過程には、記銘(きめい。情報を覚えること)、保持、想起(情報を思い出すこと)、忘却という流れがあります。せっかく保持した記憶も取り出す必要がなければ、忘却のお蔵にしまわれます。

人間の「忘れる力」は、AIには決してまねができません。AIは膨大な記憶を蓄積し続けることしかできないのです。そこから大切なエッセンスを拾い出すには、膨大な計算を繰り返す必要があります。忘れてもいいことを忘れられるというのは、むしろ、記憶という機能の大事な要素といえるでしょう。

人間の「忘れる力」は、時間や価値観、ときには意志というふるいにかけて、ものごとを取捨選択する力です。「忘れる力」を上手に利用すれば、生きるのがうんと楽になり、停滞していたものが動きだします。

不安やこだわりを手放す、考え方を切り替える、仕切り直す、別の方法を探す、棚上げする、これまでの視点を捨てて新しい視点をもつ、他人や自分の人生を許す、水に流す……みんな同じく「忘れる力」を根っこにしているのです。

ぼくは1歳8か月のとき、わけあって見ず知らずの人の家に養子に出されました。そのころの記憶はもちろんありません。けれど、「ここが今日からお前の家。この人たちがお父さんとお母さん」と言われ、言葉では表現できなくても、感情的には大きな危機に陥(おちい)ったと思います。でも、忘れる力をもっていたからこそ、新しい父母を疑うこともなく育つことができて、いまのぼくがあるのです。

2022年のお盆に、実の母の仏壇にお参りをさせてもらいました。

「母さん、産んでくれてありがとう 實(みのる)」と筆で書いたぼくの新刊をお供えしました。捨てられたことは全部忘れました。

母は母で、苦渋の選択があったと思います。忘れられない決断を必死に忘れようとして、新しい家庭を築いてきました。その家の仏壇で、母は微笑(ほほえ)んでいました。70年余ぶりの再会でした。

「忘れる力」は生きる力

ぼくの忘却力は年々パワーアップしてきたように思います。悲しみも怒りも、なんでもかんでも忘れるようになってきました。ちょっと忘れすぎて、ときどき人に迷惑もかけますが、「忘れる力」は、まちがいなく、生きる力になっています。

忘れることは決して悪いことではありません。こわがったりする必要もないのです。むしろ、忘れることで、新しい生き方をつくれる可能性があります。

とりわけ、人生の後半戦が始まった60代からは、重くのしかかっているものを忘れ、自分を縛っているものを忘れ、自分にとって本当に大切なことを確認するためにも、積極的に忘れることが大切なのではないでしょうか。それは、ピンピン、ひらりと90歳の壁を超えていくための極意にもなります。

「忘れる力」が、心を軽やかにし、滞っていた人生を好転させてくれるはずです。

*   *   *

『60歳からの「忘れる力」』もくじ

第1章 60代、まだまだ伸び盛り
第2章 古い常識をリセット! 60歳からの健康習慣革命
第3章 不機嫌、退屈、ガマン……負の感情を水に流す
第4章 一度きりの老後を魅力的に生きるためのヒント
第5章 世の中の「正解」ではなく、自分だけの「別解」を生きる

関連書籍

鎌田實『60歳からの「忘れる力」』

老いへの恐怖も、古い健康常識も、年齢も、気が進まない人間関係も、「○○らしさ」も……忘れることで、幸せな老後が待っている! 「名前が出てこない」「昨日の夕飯は何だったっけ」「また同じ本を買ってしまった」……60歳を前にすると、「もの忘れ」の悩みが増えてくる。しかし、人生の8割は忘れていいことだ。長年にわたって高齢者医療を牽引する著者が実践している、面倒なことは捨てて、好きなことだけで生きるためのヒント60。

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60歳からの「忘れる力」

「名前が出てこない」「昨日の夕飯は何だったっけ」「また同じ本を買ってしまった」……。年をとると、とたんに増えてくる「もの忘れ」の悩み。しかし、高齢者医療の第一人者・鎌田實さんは「人生の8割は忘れていいこと」だと言います。そんな鎌田さんが教える、面倒なことは忘れて、好きなことだけで生きるヒントがつまった『60歳からの「忘れる力」』より、心がスーッとラクになるメッセージをお届けします。

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鎌田實

1948年、東京都生まれ。1974年、東京医科歯科大学医学部卒業。1988年、諏訪中央病院院長に就任。地域と一体になった医療や、食生活の改善・健康への意識改革を普及させる活動に携わる。2005年より同病院名誉院長。チェルノブイリ原発事故後の1991年より、ベラルーシの放射能汚染地帯へ医師団を派遣し、医薬品を支援。2004年からイラクの4 つの小児病院へ医療支援を実施、難民キャンプに5 つのプライマリ・ヘルス・ケア診療所をつくった。国内でも東北をはじめとする全国の被災地に足を運び、講演会、支援活動を行っている。近著に『鎌田式「スクワット」と「かかと落とし」』(集英社)、『認知症にならない29の習慣』(朝日出版社)、『鎌田式健康手抜きごはん』(集英社)、『60代からの鎌田式ズボラ筋トレ』(エクスナレッジ)、『ちょうどいい孤独』(かんき出版)などがある。

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