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本の山

2022.11.13 更新 ツイート

文化人の足跡を追って 壮大な旅を経験する‐『サガレン 樺太/サハリン 境界を旅する』梯久美子 KIKI

鉄道好きの著者の興味の対象は乗ることだけでなく「廃線」までも含まれ、さらには橋梁とトンネルの比較においては、橋梁派だという。地理的にそして社会的にも、ロシア(時にソ連)と日本(時に大日本帝国)のはざまで常に揺れ動いている樺太/サハリン。タイトルにもあるサガレンは旧名だ。そんなサハリンを著者は鉄道を軸に二度の旅をする。

 

最初の冬の旅では、寝台急行で州都ユジノサハリンスクから、鉄道駅最北であり終点でもあるノグリキまでを11時間半かけて北上する。列車で過ごす時間は、冬の日が短い時期というのもあり、ほぼ日が落ちており、通過駅の近辺に町の灯りもない。しかもノグリキでは一泊もせず、滞在時間6時間半で同日に復路の列車に乗る。慌ただしいけれど、暗闇ばかりの車窓と列車内で過ごす時間だけでも、著者は存分に満足する。なぜならば、過去に同じように鉄道に乗ってサハリンを旅した人々の書物を通じて、彼らが見聞きしたものを目の前に蘇らせて楽しんでいるからだ。寝台のお供に選ばれたのは、林芙美子の「樺太への旅」と題した紀行文。彼女がサハリンを旅した約80年前と現在の鉄道の路線は、終点と駅名が違うくらいで、その他はほぼ同じだ。寝台に寝転がったまま、著者は当時と同じ空間を移動しているようなもの。その時空を超えた想像がどれだけ楽しいことか、わたし自身、趣味の登山を通じて似たような時空の旅を経験することが度々ある。昔の人が書いた山の本を読み、実際におなじ登山道を辿る。すると、当時の山道の様子や山小屋の雰囲気が今と比べられ、変わらないこと変わってしまったことをそれぞれ実感する。この感覚は、列車の旅と登山とで近いのではないだろうか。

二度目の秋の旅では、宮沢賢治の足跡を追う。賢治は花巻から列車に乗り、本州~北海道~サハリンはそれぞれ連絡船で渡った。列車で、船で、賢治はたくさんの詩を書き残しており、著者は実際に見る風景と賢治の心象風景とを照らし合わせていく。前年に最愛の妹を亡くしたばかりの賢治。旅が進むにつれて、ざわついた心の変化がありありと詩に映し出され、また、その変化が賢治のその後の作品にどのように影響したかまで見えてくる。旅を終えてから書かれたといわれる『銀河鉄道の夜』。これまでに何度か読んでいるが、著者の導きにより、切ないとばかり思っていた結末に小さな救いの光が瞬いているよう、印象が改められた。

林芙美子や宮沢賢治に限らず、北原白秋やチェーホフ、現代では村上春樹と、数多くの文化人がサハリンを旅している。彼らがなにを求めてその土地を踏んだのか、著者の興味が膨らむほどに、読者が思い描くサハリンの風景も広大なものになっていく。ひとりの“鉄”を通じて、想像以上に壮大な旅を経験することができるのだ。

「小説幻冬」2020年7月号

 

梯久美子『サガレン 樺太/サハリン 境界を旅する』

林芙美子、宮沢賢治、チェーホフ、斎藤茂吉……。「サガレン」を訪れた文化人たちは、この地に何を見たのか?

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