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帆立の詫び状

2022.11.19 更新 ツイート

私の脳のつくりについて(後編) 新川帆立

前回のエッセイでは、〆切が守れないことに悩み、原因を探った結果、「自分はADHD(注意欠如・多動性障害)では」と思うに至った経緯を記した。

 

ADHDとは、多動性や衝動性、注意欠如を特徴とする発達障害で、生活にさまざまな困難をきたす状態をいう。人口の20人から25人に1人が該当するという調査もあり、意外に身近なものである。脳の前頭葉の働きが弱いのが原因だと考えられており、知能には影響しない。

 

 

ADHDに関する書籍を読むにつれ、幼少期のさまざまなことを思い出した。前回のエッセイで紹介したエピソードもそのごく一部である。

特に困っていなかったので気にしていなかったのだが、私の場合、衝動性の高さが際立っている。比較的大きな決断でも即決即断で、決めたらすぐに動いてしまう。四年間で転職を三回している。たった二週間で辞めた会社もある。三年付き合っていた恋人には、朝起きた瞬間に「あ、結婚したいわ」と気づき、恋人を起こしてその場でプロポーズした。衝動的な買い物も多い。全く予定になかったのに、ふらっと出かけた先で四百万円くらい使ってしまう。

 

普通の人の感覚からはだいぶズレているのだが、私自身は特に困っていない。お金はあれば使うがなければ使わないし、基本的によく稼ぐので、ある程度使っても投資や貯蓄用のお金は残る。突然転職したり、旅行に出かけたりもするが、私自身はストレスを感じていない。近くで見ている家族にとっては心臓に悪いと思う。だが家族のほうも慣れているので、私が突然プロ雀士になったり、作家デビューしたりしても、あまり驚かれなかった。

 

これほどまでに特徴が当てはまるのに、これまでADHDを疑ったことすらなかったのは、おそらく三つの理由がある。

 

第一に、それほど多動性が高くなかったからだ。ADHDというと、教室でじっとしていられずに動き回る多動性起因の症状のイメージが強かった(男性に強く出る傾向らしい)。自分はそこまでの多動性がなかったので、ADHDだと疑うこともなく、チェックリストを見たこともなかった。ただ実際にはおそらく、一般の人よりは多動性がある。じっと椅子に座っているのは苦手で、ぐったり疲れてしまう。小説を書くときもベッドに横になって、絶えず寝返りを打ちながら書いている。

↑執筆風景。ゲラを確認しているところ。楽な姿勢のほうが集中しやすく、高いパフォーマンスが出る。

第二に、知能には特に問題がなく、むしろやや高いほうだったからだ。幼少期に周囲と馴染めないのは、知能に差があって話が合わないのかな? と解釈していた。だが、高校大学と進学して、就職してからも同様の違和感が続いていることから明らかなとおり、知能は問題ではない。

 

第三に、共感力やコミュニケーション能力には問題がなかったからだ。聞く力や理解力もあり、その場の文脈や不文律を読み取ることができた。メタ認知も発達しており、どういう動きをしたら、他人にどう思われるかというのも分かっていた。そのため、対人関係でトラブルを抱えることは少なかった(私に呆れて、黙って離れていった人はいると思うが)。

 

これまで生きづらさをずっと感じていた。なんで普通にできないんだろう。みんなはどうしてあんなに我慢強くて勤勉なんだろう。私はどうしてこうもだらしないのだろう。ADHDという一つの答えを知って、「なるほど! 脳のつくりが変だと思っていたけど、やっぱりそうだったか!」と納得すると同時に、救われた思いだった。

本来こういった話は、医療機関や専門家に相談をして診断名をもらい、いろいろ心の整理をつけてから書くのだろうけど、ハッと気づいて、すぐに書いてしまうあたりが、まさに衝動性の表れである。

 

これまで、自分のだらしなさを他人に見せないように、いろいろと工夫をしながら暮らしていた。

たとえば、部屋の片づけができず、物をなくしやすいので、いっそのこと物をぐっと少なくすることにした。物が少なければ整理整頓せずとも乱雑にならないし、物をなくすことがない。

スケジュールアプリを使って、予定を管理し、事前にアラームが鳴るようにしている。それでも、講談社に行くはずが新潮社に行ってしまったり、逆方向の電車に乗って全然違う場所に来てしまったりといった凡ミスは発生するのだが。

細かい工夫を重ねることで、なんとか社会生活を送っている。

↑自分の部屋の様子。物が少ないので、整頓や収納という概念はない。ただ置いてあるだけ。殺風景だが、致し方ない……。

今回、ADHDという視点を得たことで、自分の傾向を統合的に理解できたのがよかった。

診断名に興味はないため、「私って本当にADHDなのでしょうか?」といった悩み方はしていない。自分の特性とどう付き合っていくかという話にすぎない。

 

希望も見えた。これが脳機能の問題だとしたら、医療機関や専門家に相談すれば、さらに改善することが可能かもしれない。これまでは「問題-対策」をいくつも自力で考えていた。だが、同じ問題に過去多くの人が悩んでいるとしたら、「問題-対策」のサンプルが沢山あるだろう。そういったサンプルに触れることで、改善の展望が開ける。

 

ちなみに私は精神的にピンピンしているが、半年ほど前からメンタルクリニックにかかり、月に一回のカウンセリングを受けている。というのも、作家にとってのメンタルは野球選手にとっての肩みたいなもので、壊してしまうと活動できなくなるからだ。登板すればするほど肩を壊しやすいように、作品を書けば書くほどメンタルを壊しやすい。壊れてから治すのは非常に時間がかかる。だからこそ、壊れる前から定期的に専門家にチェックしてもらうことにしている(余談だが、デビューしたての作家さんに何かアドバイスをするとしたら、「税理士をつけることと、月に一回カウンセリングを受けること」を勧めたい)。

そういった経緯で、かかりつけの先生がいるので、次回のカウンセリング時にはADHDについても相談してみようと思う。

 

なお、念のため付言しておく。こういうエッセイを書くと、必ずと言っていいほど「新川帆立、ADHDであることを告白」と称されたり、「ADHDとの付き合い方についてお話を聞かせてください」と取材依頼が入ったりするのだが、本当にやめて欲しい。

 

「新川帆立、人見知りであることを告白」と言いますか? 私の脳のつくりは私の性格そのものである。性格と折り合いをつけて生きていくという、みんながやっていることを私もやっているだけだ。そういう意味で「障害」や「障害者」という言い方はピンとこない。

 

それでもこうやってエッセイを書くのは、同じような悩みを抱えている誰かのためである。ささやかな一例にすぎないが、こういう人もいるんだと安心してほしい。

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帆立の詫び状

原稿をお待たせしている編集者各位に謝りながら、楽しい「原稿外」ライフをお届けしていこう!というのが本連載「帆立の詫び状」です。

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新川帆立

1991年2月生まれ。アメリカ合衆国テキサス州ダラス出身、宮崎県宮崎市育ち。東京大学法学部卒業。弁護士。司法修習中に最高位戦日本プロ麻雀協会のプロテストに合格し、プロ雀士としても活動経験あり。作家を志したきっかけは16歳のころ夏目漱石の『吾輩は猫である』に感銘を受けたこと。2020年に「このミステリーがすごい!」大賞を受賞した「元彼の遺言状」でデビュー。

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