1. Home
  2. 生き方
  3. 想像してたのと違うんですけど~母未満日記~
  4. やっと正気に戻ったので産後の夫婦関係につ...

想像してたのと違うんですけど~母未満日記~

2022.10.05 更新 ツイート

やっと正気に戻ったので産後の夫婦関係について書いてみる 夏生さえり

産後のいろいろな感情を書いてきたけれど、夫とのことを書くのは非常に難しい。気持ちを吐露したメモは大量に残っているものの、記事にしてまとめようと思うと、どうやったってうまくいかない。筆をとっては置く、筆をとっては置くの繰り返し。何がそんなに難しいかって、私が正気でいられる時に書かなければ、夫への文句だけで10万字は軽く超えてしまうこと……。書きたいのは夫への憎しみではないのに、どうにも文章が心の悪魔部分に乗っ取られてしまう。

 

もういっそこの話には触れまいか? とも考えたのだけど、そんなのって嘘だしな、と思う。だって、産後のなにがいちばん大変だったかって、子どものお世話や自分の疲れのことなんかよりも、夫とのことだったから……。

こんなの大誤算だよ。いちばんの協力者だと思っていた相手が、いちばんの困難になるなんて! イライラランプがこっちでピカピカ、あっちでピカピカ、顔をしかめたくなるほどにやかましく光って鳴って、エレクトリカルパレードというよりエマージェンシーランプの日々。夫が酷い人間だからではない。なんていうか、もう本当に、出産を機に「夫婦関係、新たなステージの開幕(ゴゴゴゴ……)」という感じだったように思う。

子はいま1歳4ヶ月。1歳近くになるまでは、苛立ちをコントロールできずに夫にぶつけてしまい、キツイ言葉で言いすぎた日もあった。トゲトゲチクチクと嫌味を言ってしまうこともあった。顔を見たくない朝もあった。でも、産後半年が経ったころ、夫の仕事に区切りがついたタイミングで夫が育休を取って、そこから彼の「父」としての成長は目覚しかった、ということは先にしっかり記しておきたいと思う。ちなみに私たちは、子がいない時から、家計も半々、家事も半々で担ってきた、共働き世帯。仕事が好きな私は、産後2ヶ月で仕事にゆるやかに復帰した。いまでは夫は夫婦の食事作りや、家事の大半を担い、私は息子の育児を主に担う日々。これが、私たちの今のバランス。

このバランスに至るまでの、イライラの日々は、なんだったんだろう。私が正気ではなかったあの時間は、なんだったんだろう。ホルモンのせい、と一言で片付けることもできるけれど、本当にそれだけなんだろうか――。

産後しばらくの私の心の中は、こんな風だった。

真夜中。

「あああああああん」。しんと静まった寝室をビリビリに破るような声で子が泣けば、飛び起きて抱き上げ、夫を起こさないように振り返る私。夫は、健やかな顔で眠っている。よかった。夫の身体にぶつからないように無理な姿勢でベッドに腰掛け、子に授乳をして、オムツを替えていると、その間にまた子が泣き出す。「しまった、夫が起きちゃう」。と、慌てて抱っこする……。そう、この瞬間までは、夫を起こしませんように、と思いながら努力をしているはずなのだ。それなのに、夫が目を開けて寝ぼけたまま「泣いてるね……」とだけ言って、また眠ってしまったその瞬間。頭がカッと熱くなる。

なんで起きないんだろう。こんなに泣いてるのに、どうして起き上がらないんだろう。
「女は産後のホルモンの関係で敏感になっているけど、男はそうではないから」なんて論も聞くけれど、本当にそれだけだろうか? たしかに泣き声に気づく速度や敏感さには、ホルモンの影響も多少はある気はする。母親である私は近づくだけで自動で電気が点くのと同じような塩梅で、子の泣き声ひとつでパッと目がさめるけれど、夫は自分で電気をつけに行かなくてはならないような、そういう鈍さが確かにある。でもそれは「起きない」理由ではなくて「起きにくい」理由でしかないと思うのだ。そうじゃなければ、シングルファザーは赤ちゃんが泣いても朝まで起きないことになってしまう。結局のところ、無意識だとしても「誰かがやってくれる」と、役割分担に甘えているせいなんじゃないだろうか(夫はそうじゃない、と否定するけども)。

でもさ、「泣いてるね」って何よ? ええ、そうです、泣いてますよ? 私も死ぬほど眠いんですけど、世話してますよ? こっちは昨日も一昨日もその前も、夜中は2時間ずつの細切れ睡眠ですよ? 産後の母は無限の体力があるってか? 起き上がりもしないで、寝ぼけたまま一言言って、それでも私に任せていれば、子は死なないですもんね。ゆっくり眠れていいですね。

ゴゴゴゴゴ、ムカッ、ムカムカムカッ!

ついさっきまでは「起こさないであげたい」と思っていたのに、一瞬で「なぜ起きない?」に変わっている。そもそも常にHPが少ないから、ちょっとのことで、すぐに最後のHPを使い果たしてしまう。

ていうか。
最近なんでこんなに起きるんだろう、とか検索したことあるのかな。なんで朝になると呻くんだろうって考えたことあるのかな。来月はどんなことができるようになるかな、適切なおもちゃはあるかな、そろそろ秋服を買わないといけないな、オムツが小さくなってきたかもな、最近の睡眠スケジュールは適切かな、そろそろ「お食い初め」がくるな、写真とろうかな、どうしようかなって、なにかひとつでも考えてくれたらグッと楽になるのに。一つひとつはささやかなことだけど、この積み重ねで頭がいっぱいになると、しんどいよ。

ていうか、ていうか!
子どものことに関して「これ、どうしたらいい?」とか「これって、どうなの?」と聞いてくるけど、私だって知らんのだよ。母としての研修を受けたわけでもなく、子が産道を通るときにDNAに「取扱説明書」が書き込まれたわけでもなく、な~~んにもわからないただの女に過ぎないのに、とにかく調べ、調べ、調べ、調べ、調べ、調べ、調べ、調べ、気が狂うほどに調べまくって、そうしてちょっとだけ夫より詳しくなっている。なんのことはない、努力で仕上がっただけ。それもわかってくれているんだろうか。

ていうか、ていうか、ていうか!
今日の気温的に、パジャマの下は長袖の肌着がいいか、それとも半袖がいいか、暑いか、寒いか、どうしようか、みんな何着せてるんだろうかと検索したけど正解がわからなくて、「長袖と半袖、どっちがいいかな」って聞いたら、「半袖でいいんちゃう」って言うけど。それ、何を基準にして答えてるん? 夜の気温、調べた? 何を根拠に「いいんちゃう」って、あなたは言うの!!??

いやいや。
ちょっと待って?
こんなの、求めすぎよ。

細かいことを言っちゃダメ。そうよ。他のことはなんでもしてくれるもん。してくれてありがたいと思わなきゃ。夫は仕事をしながら、ものすごく頑張ってくれているじゃない。育児をしてくれている。ミルクもあげてくれる。世話もしてくれる。抱っこしてくれる。おむつも替えてくれる。……。いや、でもさぁ~~~。「してくれる」ってなんなのよ~~~??

この、どうしても拭えない “メイン担当はママである私”感。だから、夫が世話をすると何か「良きことをやってくれている、褒めるべきパートナー」と思わなくてはいけない感。そして、きっと世の中の多くの男性よりもやってくれているのだから、私は恵まれていると思わなければ……という「下をみて満足しておこう感(嫌な発想!)」……。

「男はゆっくり父になる」とか聞くけどさ。
ひとりだけ腹がでかくなる恐怖に耐え、痛みに耐え、ひとりの人間を腹から捻り出し、疲れ果てても休む間もなく、取扱説明書のない世界で検索し続けて、ねむれなくて、急速に母になるしか道がなかったのに、どうして“男”は、ゆっくりでいいのだろう。私だって、ゆっくり母になりたい。ほんとはまだ心の準備なんかできてない。まだ怖い。ビクビクしている。これが正解だよって教えて欲しい。誰かに頼りたい。頼れない。孤独。

もしかしたら昔のように「男は外で稼いで、女は家で育児と家事」とくっきりぱっきりと役割分担ができていれば、(女性の生き方への犠牲が大問題すぎるのだけど)育児に期待する気持ちや、育児のやり方云々について共有する必要もなくて、もう少し割り切れていたのかも、と考える。そんな風であれば、夫が夜中に起きなくても「お仕事を頑張って稼いできてくれている、そうやって育児に参加している」と考えられたかもしれない(いや、だからと言って、仕事を担う人は子育てに参加しなくていいとか、そういう話では全くないのだけど。気持ちの落とし所として、ね)。

でも残念ながら、私たちは令和に生きる共働きフリーランス夫婦。
二人とも、いい意味で性別的役割に囚われすぎず、フラットに暮らしてきたからこそ、育児においても「同じくらい担ってほしい」と願ってしまう。でも、この考え方が諸悪の根源なのだろうか。夫に「育休を取ってほしい」と伝えていたけど、育休を取らなかったのは夫の選択。どう考えれば、自分に負担がたっぷりのしかかっているこの状況を肯定できるのかがわからない。けれど同じ状況の友人もいなくて、相談もできない。

時代は過渡期。家庭に押し込められていた女性たちがやっと自分たちの生き方を取り戻そうとしている最中だけれど、社会も男性も、女性自身も追いついていなくって、思考も生き方もまだチューニングできていなくって、ロールモデルもいなくて、それが、苦しい。

脳内で駆け巡る不条理に引き摺り込まれて、取り憑かれて、とまらない。だんだんと大きすぎる主語へと変化していくこの気持ちは、私自身の怒りなのか、どこかで同じように苦しむ母の怒りなのか、男性性や女性性に対する気持ちなのか、なにもかもがごちゃごちゃになってわからなくなって、ただ確かなのは、眠い、とにかく眠い、腰が痛い、乳首が痛い、腕が痛いということだけ。

やっと子が眠った後で夫を見つめると、これがあんなに愛した人なのに、そういうことの全部がとるにたらない瑣末なことに思えて「いま、たったいま、私を救ってくれないこの人と、なぜ私は生活を共にするのか」なんて。心の中で少量のどす黒い絵の具をちょこんと垂らしては、ぼわっと滲ませ、愛を汚す日々。

もうねえ、あたしゃ、疲れた。もう、めっちゃめっちゃ疲れた。パトラッシュの横で安らかな眠りについて、夫婦関係をFinしたい。

夫が悪いと思ってみたり、いや自分が不寛容だと考えてみたり、その行き来に疲れた。万引きGメンすら慄くほどに夫の育児の様子を、観察(いや監視)するのも疲れた。お願いしたいことへの言い方を考えるのも疲れた。険悪になるのも疲れた。険悪を避けようと努力するのも疲れた。当たり前の感覚を一からコミュニケーション取って理解し合うのも疲れた。女だけで暮らした方がたぶん楽だよ。実家のお母さんと一緒に暮らしたほうが、子育て経験者の姉と暮らした方が、友人と暮らした方が、楽だよ。それなのに、どうして私は、私たちは、夫婦でいるの。

思い悩み、闇落ち寸前の私に、姉は「大丈夫。すべては、余裕のなさにあり。1歳を超えたら、だいぶどうでもよくなってくるよ。育児に余裕ができれば、いろんなことが許せる自分に戻る」と言って、私はその言葉を信じ続けた。

というか、それを信じるしか、術がなかった。下降する気持ちには気づかないふりをして、かと言って夫への愛も諦めず、夫を嫌いになってしまいそうになる気持ちに抗い、夫に期待しつづけて、何かを結論づけることを避けた。そうでもしないと「もういい。私がやる」と夫への期待をすべて捨て去ってしまいそうな気がしたから。

そうした結果、先にも書いたように、夫は(スロースターターだったけど、でも)父になっていった。育休を取ったことも大いに影響したと思うけど、それだけじゃない。私は私なりに夫との関わり方を試行錯誤していたが、きっと夫は夫なりに色んなことを我慢して、堪えて、私との関わり方を試行錯誤したんじゃないかと思う。

「すべては、余裕のなさにあり」。この言葉は、本当だった。

昨晩、ふたりで息子が眠った後にゲームをした。
夫が「久しぶりにゲームでもしようよ」と誘ってくれたのだ。オーバークックという協力して料理を作るゲームで、上手に連携プレーをしなければお客さんに料理を提供できなくて、お金が稼げない。

「はやく! 小麦粉とって!」
「ちょっと! 足引っ張んないでよ!」
「ほらよ、刻んだ芋を受け取りな!」

げらげら笑いながら夫と料理を作り、子が生まれる前よりもちょっとだけ遠慮のない言葉で指示を飛ばして、連携する。途中で子が泣いてゲームは中断。息子はいまだに夜中に泣くし、泣いたら慌てて駆けつけるのはほとんど私。夜中も、いまだに授乳があるし、そのとき夫は起きない。けど、それでも構わない。これが、いまの私たちのバランスだから。

私が寝かしつけて戻ってくると、夫はベビーカメラを見つめており「寝顔がかわいいね」「ね」「世にもかわいいね」「かわいいね」と二人でやり取りをしてから、ゲームに戻った。「目がしぱしぱするね」と言い合って時計を見れば0時。久しぶりに、すかっと楽しい時間。

夫にムカついて、夫で癒されて、夫のせいで二度手間になって、夫のおかげで助かって。もしかして、夫婦ってこういうものなんだろうか? 助かる、だけじゃなくて、わずらわしくもあるのが夫婦なんだろうか?

正直、まだ夫婦はなんたるものかを語れるほどに私は大人ではないけれど、でも完璧な夫はいないのと同じで、完璧な妻もまたいないのは事実だろう。二人とも子育て初心者で、二人とも夫婦初心者。子の横で、夫婦も成長していくしかないらしい。

あのイライラは、産後のホルモンのせいだったのか? それとも疲れだったのか? それとも、夫がすぐに父にならなかったから? 私が、母になろうと思い過ぎたから? 二人ならではのペースを作れなかったから? 求めすぎた? 話し合わなさすぎた? そのすべて? いま、私たちを笑わせてくれているものは、何? ……答えは、はっきりとはわからない。いまわかるのは、変わらないものと変わったものがごちゃまぜになって、決して綺麗ではない形で、無事、夫婦は続いているということだけ。そして、夫と手を取りあって、息子を見つめる時間は、幸福だということだけだ。やかましすぎるエマージェンシーランプをビカビカ光らせていたパレードは去った。いま、静かな夜に私たちは眠っている。

夏生さえり『揺れる心の真ん中で』

あの靴が似合わなくなったのは、いつからだろう――20代後半。着られなくなった服。好きになれなくなったもの。恋ってなんですか。愛ってなんですか。変わりゆく心と向かいあった日々の先で、彼女はひとつの答えにたどり着く。みずみずしい感性と文体で新時代の書き手が赤裸々に綴った、悩める女性たちに贈るメモワール・エッセイ。

{ この記事をシェアする }

想像してたのと違うんですけど~母未満日記~

バックナンバー

夏生さえり

山口県生まれ。フリーライター。大学卒業後、出版社に入社。その後はWeb編集者として勤務し、2016年4月に独立。Twitterの恋愛妄想ツイートが話題となり、フォロワー数は合計15万人を突破(月間閲覧数1500万回以上)。難しいことをやわらかくすること、人の心の動きを描きだすこと、何気ない日常にストーリーを生み出すことが得意。好きなものは、雨とやわらかい言葉とあたたかな紅茶。著書に『今日は、自分を甘やかす』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『口説き文句は決めている』(クラーケン)、共著に『今年の春は、とびきり素敵な春にするってさっき決めた』(PHP研究所)がある。Twitter @N908Sa

この記事を読んだ人へのおすすめ

幻冬舎plusでできること

  • 日々更新する多彩な連載が読める!

    日々更新する
    多彩な連載が読める!

  • 専用アプリなしで電子書籍が読める!

    専用アプリなしで
    電子書籍が読める!

  • おトクなポイントが貯まる・使える!

    おトクなポイントが
    貯まる・使える!

  • 会員限定イベントに参加できる!

    会員限定イベントに
    参加できる!

  • プレゼント抽選に応募できる!

    プレゼント抽選に
    応募できる!

無料!
会員登録はこちらから
無料会員特典について詳しくはこちら
PAGETOP