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想像してたのと違うんですけど~母未満日記~

2021.12.24 更新 ツイート

人は、理由なんかなく、愛されていい 夏生さえり

子のことが好きで、好きで、好きすぎて泣けてくるときがある。

「かわいいね」と薄い髪を撫でると、おっぱいを飲み終わったばかりで赤らんだ顔の息子は鼻息でふんっ、ふんっと答える。おそるおそる頬に唇を押し当てると、ちょっとびっくりするくらいにやわらかい。これはなににも形容しがたい、たぶんこの世界のなかで、もっともやわらかいものじゃないかしら……。死ぬ間際にみる“走馬灯”には映像以外も含まれるんだろうか。もしリクエストできるなら、この頬のやわらかさも、そのときに思い出したいものである。

 

なんてかわいいの。ねえ、そう思うよね? かわいすぎて泣けてくること、あるよね?

夫に尋ねてみたが、残念ながら「かわいすぎるけど、泣けてきたりはしない」と答える。もしかしたらこれは産後の母親のメンタル異常、または過剰な情緒(またはただの私の感受性ゆえ)なのだろうか? それでも、かわいすぎて溢れてくる涙は私の人生で流した涙の中でもとびきり幸福な類だから、異常でもバグでもなんでも良いのだった。

でも、かわいくて泣けてくるようになったのは実は産後1ヶ月がすぎた頃から。産まれた瞬間から「かんわぃぃ~」と叫ぶように暮らすだろうという予想に反して、意外と実感が湧いてくるのもジワジワとゆっくりだったし、それ以上に心の余裕がなかった。もちろん「かわいい」とは思っていたけれど、なんていうのか、滲み出るように「かわいい(小声)」と思うだけ。

退院直後から、しばらくは家族揃って近くに住む私の両親の家で暮らす予定だったが、退院して2週間が経ったころ実家にいる老犬「チコ」の病気の悪化によって、本当に突然、自分の家に帰ることになった。13歳のチコは、何年か前から病気を繰り返して、何度も危篤状態になっては乗り越えてきた強い子だけど、病院で「ストレスが積み重なって、いつ何が起きてもおかしくない状態」と再び診断されてしまったのだ。生まれたばかりの命の横で、犬は命の淵に立っているなんて。

昼には荷物を全て片付け、慌てて車に詰め込んでいると、母は少しだけ泣きながら「さえりちゃんの体のことも、赤ちゃんのことも気になる。でもチコのことも心配。全部できたらいいのに、全部大事だから、どうしたらいいのか」と言って狼狽えていた。「いいのいいの。大丈夫だよ。近いんだし、行き来すればいいじゃない。今はチコが大事だからね」と母を励ましながら車に乗った、その時までは本当にチコのことしか考えていなかった私。

でも、自分の家に戻ってきたその瞬間。

ぞわぞわっと足元から寒気が這い上がってきて、寒気は囁いた。「ほんとに、大丈夫?」。シンとした廊下。腕の中にいるふにゃふにゃの息子。夫は「なんとかなるって。みんな、なんとかやってるんやし」と私を励ますような口調でゆったりと言ったけれど、その“ゆったり”は当時の私には完全なる逆効果で、私がしっかりしなければならないのだ、と気を引き締めるトリガーになった。この先は自分でやるのだ、自分が知識をつけなければならないのだ、この子の命は私が守っていくのだ……

そこからは、もともとの気質に拍車をかけて、さらなる検索魔へと進化していくことになる。疲れて、眠くて眠くて仕方がなくても常に検索。検索。検索。息子が息をしているか鼻のあたりに耳を寄せて確認をしては、同じような熱量を持って子の安否確認をしない夫を訝しく思い、「夫 赤ちゃんが息しているか気にならない なぜ」で検索。朝方に唸り声がすれば「赤ちゃん 朝方 唸り声 なぜ」で検索。その瞬間も眠っている夫を横目で見ては「赤ちゃん 唸り声 夫 起きない なぜ」で検索……。

泣いている子を横目にテレビから目を離すことのない夫をギッと睨んで、「今、たまたま点けたそのテレビ見んと死ぬんか?」と心の中で悪態をついたり、無言で抱き上げたり無言でオムツを替えている夫を見ては「自分が寝たきりになったときに何ひとつ声をかけられずに世話されたら不安になるやろ、声くらいかけてよ」と信じられない気持ちになったりと、とにかくピリピリピリピリ。

夫とのあれこれはまた別の機会に書きたいけれど、産後の何が大変って赤ちゃんの世話なんかではなくって、夫のことなんだよね。いや、夫への気持ちのこと、というか。夫にイライラする自分、夫に嫌味を言う自分、夫を見張る自分、そういうあれこれがいちばん、しんどかった。

ああもういっそ一人で頑張ったほうが楽なんじゃないか、なんて思ってみるものの、実際に夫が仕事に行ってしまうと急に心細い気持ちになったりと、心は上下左右にぶわんぶわん揺さぶられる。それが産後1~2ヶ月の暮らしであった。

鬼になったり人間に戻ったり。

そんな母をよそに息子は順調に育って体つきもしっかりとしはじめ、実感の愛犬・チコも体調を持ち直し、そうして、やっと、やっと、やっと思えたのだ。

「かわいい!」って。

かわいい。一度、意識するとこれはもう止まらなかった。かわいい! かわいい!! はあ、私、こんなにかわいい子を産んでしまったなんて……なんて罪深い……。あんたこんなかわいい顔で産まれてどうするの? かわいい顔で生きるのも大変やないの? かわいいねえかわいいねえと1日に600000回も繰り返し思う日々。

かわいい! だいすき! かわいい! だいすき! ただその二つを反復横跳びして、数週間がたったころ。また、ふっと不安になった。

私、息子のこと、なんで大好きなんだろう?

かわいいから? え? かわいいから愛している? これでいいんだっけ? って。変な疑問かもしれないけれど、本当に不安になった。『星の王子さま』に出てくるバラのように、手をかけ、世話をしたその時間が愛を育み、息子を特別な存在にしている……とも言えるのだけれど、そうは言っても、たかだか1ヶ月とちょっとのことだ。それに息子とはまだ出会ったばかりだし、彼がどんな人なのかを知りもしなくて、何を考え、何を感じるのか、個性のようなものの片鱗もまだなくて、「なぜ愛しているか? なぜかわいいのか?」の答えになる理由が見た目以外に見当たらない。

ただかわいいだけで愛している。これで、いいんだっけ?

これが大人同士だったら、みんな言うだろう。

「彼の何を知っているの?」「本当に彼のことをわかって“愛してる”って思うの?」「もっと、彼を知った方がいいんじゃない?」

でも、赤ちゃんの話となれば、だれもそんなことは言いださない。「お腹を痛めて生んだ子だもの」とか「自分の子は特別だよね」とか、そんなかんじのことでぼんやり括られて、当然愛しているよね、という雰囲気で。でも、自分がお腹を痛めて出産したから、血が繋がっているから、彼をかわいいと思えるのか? と聞かれると、ちょっと迷う。もし血が繋がっていなかったら、どうだったんだろう。

私は以前、よく調べもしないで行った婦人科で「赤ちゃんできないかもよ」と根拠なく不安を煽られたことがあって、たしかに婦人科系統のトラブルは初潮後ずっと尽きなかったものだから「もしも産めなかったら?」という不安はずっと頭の中にあった。それで特別養子縁組の団体の取材をしたのをきっかけに、もし身体の問題で子どもができなかったら赤ちゃん縁組をして養親になる選択肢を考えたい、と思っていたのだった。

もちろん私一人で決められるものではなく、実際にはパートナーとの話し合いや、いざ迎えるときにも育てるときにも様々な葛藤があるはずで、結局自分で出産をした私にはただの想像の範疇でしかないけれど、血が繋がっているとかいないとか、そんなことはどのくらい大切なのだろうか? だって現に、私は夫と血が繋がっていないけれど夫のことが大好きだし、犬のことも愛しているし(ペットとは違うという指摘は承知している。でも、私は本当に犬を、家族として愛しているのだ)。……と思ってきた。

で、実際産んでみて、息子を目の前にして、もしも血が繋がっていなかったらどうだっただろう、と再び思う。実際には、あの妊娠期間を経て、私は徐々に母になっていったのだし、妊娠中の苦労が「あんな大変な思いをしてやっと会えた」という執着心にも近い愛を育んだような気もする。でもでも、妊娠期間の苦労をダイレクトに味わわなかった夫も、今、息子を愛しているのだから、妊娠の有無や、ましてや産み方(お腹を痛めて生んだ方が、より愛情が芽生えるとか)と愛情は、やっぱり関係ないのではないか。

どちらかといえば、会いたい、会いたい、と願い続けて、やっと会えたこと、そして私たちの一方的な願いでここに来たにも関わらず、なにも疑わずに私たちを見つめるこの無垢な目に、愛情は宿っているような気もする。そしてその後は、一緒にいる時間が愛や絆をさらに深めてくれるんじゃないだろうか。きっと血が繋がっていなくても、同じように、かわいい! だいすき! を往復していただろう。まあ、確かめることはできないから綺麗事だと思われるのかもしれないのだけれど。

「ねえ、まだ君のこと、顔しかわからないのに、なんでもうこんなに好きなんだろうね? やっぱり、ただ見た目が好きってことなのかな? たしかに、目がかわいいですよ。それから、この薄い髪もかわいいです。まんまるのお腹もかわいいし、唇がツンとしているのもいいですね」

話し続ける私を、子がじっと見つめる。その薄こげ茶の瞳の中で、私が愛を携えて映っている。もしもこの子が、違う顔だったら、彼の目に映る私は違う顔をしていたのだろうか? いや、そんなわけない。彼がここにいること。そのことだけで私は嬉しいんだから。

そうか、人は、理由なんかなく、愛されていいんだった

顔立ちが整っているとか整ってないとかそんなのどうでもよくって、笑わなくても、喋らなくても、優秀じゃなくても、すごくなくても、うんちとおならばかりしていても、愛される。「どこが好きなの?」「なんで好きなの?」なんてどうでもいい後付けの質問で、心底、ここにいてくれるだけでいいんだ、と思えるこの気持ち。

「産んでくれ」と願ったわけでもないのに私たちが会いたかったから、ここにきてくれた息子。中島みゆきさんの名曲『糸』の「どこにいたの 生きてきたの 遠い空のした二つの物語」という歌詞が人との出会いの壮大さを感じさせるからすごく好きなのだけど、子との出会いはこれには当てはまらない。どこにもいなかった。生きていなかった。まだまだ中身は空っぽで、すてきな思い出もすてきな言葉も持ち合わせず、すきなものもきらいなものもまだ存在しない。彼の中にあるのは、ただ私たちの声と顔と温もり。

彼の中にはこれから、いろんなものが積み重なっていく。私たちがそばに居て、彼を守ってあげられるのもわずかで、あっというまに彼は彼の人生を彼の足で歩んでいく。その時に出会うものまでは、私たちにはどうしようもできないから、だからどうか君よ、幼いころは、愛されることしか知らずに生きていてね。愛されることがあたりまえで、生まれ出た場所はそういうところなんだ、という顔をしていてね。

いつか大人になって、好きな人に愛してもらえないことがあるのだ、こちらが愛を渡しても投げ捨てるような人がいるのだと知る日がくるかもしれないけれど、そういうときに心を突き破ってしまわないように、幼い日々があついクッションのように機能して欲しい。大きくなってこの日々を覚えていなくても、記憶の果てで、かつて空っぽだった心の底に溜まったあたたかな言葉たちがこだまして息子を鼓舞してくれるといい、と、そう思うのだった。

大きくなるにつれ、この日々を忘れるのは子どもだけではなく大人も同じ。

言葉を使えるようになって、個性が出て、親と子ではなく人と人との付き合いになっていけば、当然衝突もするだろうし腹が立つことも増えるんだろう。街で、知らないおばあさんに「今が一番かわいいわよ。そのうち口を聞くようになったら生意気でかわいくなくなるんだから」と言われたことがある。それも、何度も。本当にそうなんだろうか。

たしかに赤ちゃんの今は、見た目にもいかにも愛らしく、泣きはするけど理不尽なワガママは言わず、世話が大変ではあっても煩わしさはないから、今が一番かわいいというのは真理なのかもしれない。でも本当に、いつか「なんてかわいくない」と思う日が来るんだろうか。その果てに、もっとこうなってほしい、ああなってほしいと、必要以上のことを望んで押し付けてしまうことがあるんだろうか。

生まれただけで嬉しかったのに。やわらかな頬に触れて、唇を押し当てて、そのやわらかさに感動して、これだけで十分だと思っていたはずなのに。

生意気言ってもいいよ。成績なんてどうでもいいよ。就職? 結婚? 孫? なんでもいいよ。かつて君はなにもできず、私に笑いかけることもなく、ただただ泣いては私を狼狽させる存在で、自分の体力を削り、大好きな睡眠を諦め、大事な仕事を断念し、身体の変化に戸惑っては泣いた。でも、それでも、私は君といることで、満ちていたから。

この時間と気持ちを覚えていられるのは息子ではなく私なのだから、せめて書き記しておこう。

いつか私が図々しい母親になってしまう前に、必要以上のものを求めてしまう前に思い出せるように。

君に、会えただけ。ただそれだけで、こんなにも愛が溢れるこの暮らしが、いかに幸せだったかを忘れないように。

夏生さえり『揺れる心の真ん中で』

あの靴が似合わなくなったのは、いつからだろう――20代後半。着られなくなった服。好きになれなくなったもの。恋ってなんですか。愛ってなんですか。変わりゆく心と向かいあった日々の先で、彼女はひとつの答えにたどり着く。みずみずしい感性と文体で新時代の書き手が赤裸々に綴った、悩める女性たちに贈るメモワール・エッセイ。

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夏生さえり

山口県生まれ。フリーライター。大学卒業後、出版社に入社。その後はWeb編集者として勤務し、2016年4月に独立。Twitterの恋愛妄想ツイートが話題となり、フォロワー数は合計15万人を突破(月間閲覧数1500万回以上)。難しいことをやわらかくすること、人の心の動きを描きだすこと、何気ない日常にストーリーを生み出すことが得意。好きなものは、雨とやわらかい言葉とあたたかな紅茶。著書に『今日は、自分を甘やかす』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『口説き文句は決めている』(クラーケン)、共著に『今年の春は、とびきり素敵な春にするってさっき決めた』(PHP研究所)がある。Twitter @N908Sa

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