1. Home
  2. 生き方
  3. キリ番踏んだら私のターン
  4. 五月病を駆逐するたったひとつの方法

キリ番踏んだら私のターン

2022.05.10 更新 ツイート

五月病を駆逐するたったひとつの方法 長井短

本来ならものすごく気持ちの良い季節なはずの5月に忍び寄る影……それが五月病ですね。私はもうしばらく「4月に環境が大きく変わる」ってことを経験してないんですが、それでも毎年、5月になるとなんとなく陰鬱とします。

これ、環境が変わってる人は私の比じゃないよな? 心配でなりません。

そんなわけで今回は、五月病を原因から徹底的に叩く、~五月病死滅回游編~を開催するよ! 駆逐してやろうじゃんね?

 
めちゃくちゃ久しぶりにローラーブレードをやった。久しぶりでも結構滑れちゃうんだから、身体ってすごい。あと私のスタイリングも凄くない? ロックをやってる人みたい。

五月病とは?

まずそもそも「五月病とは?」っていう話から。

専門家の話を私なりにまとめると「慣れない新生活を頑張るうちに無理が祟り適応障害に陥る」みたいなことらしい。頑張り屋さんほど陥る罠かよって感じですでに頭に来るな五月病。

自分の学生時代なんかを思い返すと、確かに私も頑張っていた。クラス替え直後の教室で、できるだけみんなと仲良くなりたい、好かれたい、そう思って完全に空回りして速攻サボりがちになっていたあの頃。私はどうしたらきちんと学校に行けたんだろう。

「長井さんは人の目とか気にせず生きれてそうですがその秘訣は?」なんて質問をインタビューでされることがあるけれど、そんなふうに生きられていないし、生きられたことだって一度もない。

「人にどう思われるか」を気にしないっていうのは土台無理な話だと思っていて、私はいつだって人の目を強く意識して生きてきた。それが苦しくて、しんどくて、疲れて、五月病に陥る大きな原因でもある。

だから何度も「人の目なんて気にしない」っていうマインドに挑戦したけれど、できないのだ。もし仮にクラスメイトや同僚の視線を気にしないで立っていられるようになったとしても、最後に残る自分のまなざしだけは、どうにもできない

「昨日よりも……」が生み出す呪い

私たちが気にしてしまう、自分と他者からのまなざしは、どんなものだろう。「どう思われているか」を気にしてしまう時、一番最初に浮かぶことはなに? ある人にとっては美しさであり、ある人にとってはセンスであり、またある人にとっては感じの良さだったりするかもしれない。あげ出したらきりがない。

でも、それが何であるにせよ、共通しているものがあると私は思う。「昨日の自分と比べてどうか」というものさしだ。

初めて会った人にどう思われるかって、もちろん気になるけれど、それなりにどうしようもないことだと諦めがつく。だけど、昨日も会った人だとどうだろう。先週も過ごした人、先月からずっと一緒にいる人、そんな風に、一緒にいる時間が長いだけ、相手から受けるプレッシャーは大きくなる。

今日会った人に「感じが悪い」と思われるよりも、昨日も会った人に「昨日より感じ悪いな」と思われる方が怖くない? 私は怖い。「先週は元気だったのに」とか超怖いし「クラス替えしてすぐの頃は良い子だったよね」なんて言われた日には立ち上がれない。今日頑張ったせいで、明日の私が苦しむ

その繰り返しが4月いっぱい続いていって、ようやく迎えた連休中に、私たちは呆然とするのだ。「本当の自分ってなんだろう」とか「本当の自分でいられてない気がする」ここまで辿り着けば自動的に五月病ルート決定でーす。めでたくねー。

「過去の自分」なんて目指さなくっていい

「本当の自分」がどんな姿をしているか、皆さんは把握できていますか? 私は全然できていないし、ここ数年で辿り着いた私なりの答えは「そんなものはない」だ。「自分らしさ」って言葉も、すごく曖昧なものだと思う。今日の私がもし、凄く自分らしくいれたとして、じゃあ明日もその自分でいることが自分らしくい続けることだとはとても思えないのだ。

だって、世界は毎日何もかもが違う。気温も違うし気圧も違うし、そもそも日付が変わっている。一緒にいる人だって日によって違うこともある。こんなにも全てが違う世界の中で、昨日と同じ自分でいるっていうのは無茶な話だ。

それなのに私たちは、昨日の自分や先月の自分と、今ここにいる自分を比べて「もっと頑張らなきゃ」とか「あの時みたいにしなきゃ」なんて思い詰める。そもそものセットアップが違うのに。私は今ここで、高らかに宣言したい。前と同じじゃなくていいよー!!

演劇をやっていると「あ、今日うまくいったな」という日がある。別にいつもちゃんとやってるんだけど、急に200点が出るみたいなことが時々あるのだ。こうなると、その次のステージがまぁ大変で、やっぱりどうしたって、前回のうまくいった自分のことをどこかで追いかけてしまう。「あの時みたいに……!」って気持ちがよぎる。だけど、前回をなぞろうとした時点で大体その芝居はバッドエンドで、結局全然うまくいかない。

そりゃそうだよな。お客さんも違えば、共演者の調子だって前回とは違うわけで、私がどれだけ前回と同じことをできても、だからって同じ200点は出ないのだ。超当たり前。舞台の上ではそれがわかるから、昨日を無視することができるのに、日常になるとできないのはおかしな話だ。

行動や性格に一貫性を持たせようとすると、毎日は窮屈になる。「あの時のあの自分」をインストールする機能は、私たちにない。だから、そんなことは目指さなくていいのだ。

もし、今日の自分が昨日よりダサかったとしても、そういう日もある。「そういう日もあるよね~」って自分のことを許せないと、他人の機嫌も許せなくなる。つまりマジで良いことがない。頑張るのは大事だし素敵なことだけど頑張るに夢中になる前に、ベクトルに注意したい。その頑張り、過去を目指していませんか? もしそうなら、きっとどこかで歪みが出る。

昨日とは全てが違う世界の中で、昨日の再現を続けていたら、そりゃ適応障害にもなる。今に適応しようとしてないからね。だったら、これからはもっと私たち、昨日とは違う自分のことを尊重して生きていかない? 全然矛盾している自分のことを「あぁ今日の私はこういうタイプね」って受け止めながら過ごせれば、きっと毎日はもっと楽になるはずで、五月病駆逐完了です。

歌舞伎町に行ったら、土砂降りの中でフェスティバルをやってた。すごい雨だったから当然お客さんは誰もいなくて、とても悲しい気持ちになった。見に行けばよかったかな……

{ この記事をシェアする }

キリ番踏んだら私のターン

相手にとって都合よく「大人」にされたり「子供」にされたりする、平成生まれでビミョーなお年頃のリアルを描くエッセイ。「ゆとり世代扱いづらい」って思っている年上世代も、「おばさん何言ってんの?」って世代も、刮目して読んでくれ!

※「キリ番」とは「キリのいい番号」のこと。ホームページの訪問者数をカウントする数が「1000」や「2222」など、キリのいい数字になった人はなにかコメントをするなどリアクションをしなければならないことが多かった(ex.「キリ番踏み逃げ禁止」)。いにしえのインターネット儀式が2000年くらいにはあったのである。

バックナンバー

長井短

1993年9月27日生まれ、A型、東京都出身。

ニート、モデル、女優。

恋愛コラムメディア「AM」にて「長井短の内緒にしといて」を連載中。

この記事を読んだ人へのおすすめ

幻冬舎plusでできること

  • 日々更新する多彩な連載が読める!

    日々更新する
    多彩な連載が読める!

  • 専用アプリなしで電子書籍が読める!

    専用アプリなしで
    電子書籍が読める!

  • おトクなポイントが貯まる・使える!

    おトクなポイントが
    貯まる・使える!

  • 会員限定イベントに参加できる!

    会員限定イベントに
    参加できる!

  • プレゼント抽選に応募できる!

    プレゼント抽選に
    応募できる!

無料!
会員登録はこちらから
無料会員特典について詳しくはこちら
PAGETOP