
2021年10月27日、朝。店のウェブショップに何か注文が入っていないか、何の気なしに覗いてみたところ、昨日までかなりの数在庫を持っていた仲條正義の作品集『仲條』が、一晩ですべて売れてしまっていることに気がついた。
本屋は売れた本から、その時の社会を知る。何かあったらしいとすぐに想像はついたが、朝食の席ではまだ、「高額な本だから売れてよかった。それにサイン入りだし」など、呑気に話していたのであった。それが同じ日の夕方、ウェブニュースを見ていた妻から声をかけられた。
「仲條さん、昨日お亡くなりになったんだって」
「仲條正義」という華やかな名前とはほとんど縁がなさそうに見えるTitleに、なぜ彼のサイン入り作品集が置いてあったのかといえば、それは仲條さんが荻窪にお住まいだったからということにつきる。その話は以前から知っていて、友人の画家Nも、若いころ仲條さんに絵を見てもらうためこの辺りまで来たことがあると話していた。『仲條』の時は、出版社の方がご自宅に伺い、サインをもらったのち店まで持ってくるというので、それならばと欲が出て、少し多めに注文していたのだ。
誰かが亡くなったとき、急にその人の本が売れ出すことはよくある話だが、それに対してずっと反発する気持ちがあった。亡くなってから読むくらいなら、なぜその人が生きているうちに読まないのだろう。わざわざ買いにきたお客さんには申し訳ない話だが、亡くなったばかりの作家の本を尋ねられたやり取りのなかで、こんなに軽くてよいものだろうかと、ひとり憤慨したこともあった。
しかしお葬式といった悲しみの席でも、どこか人の集まる昂揚感があるように、本を売ったり買ったりすることもまた、故人を偲ぶ気持ちの現れなのだろう。何はともあれ我々はまだこうして生きているのだから、たとえ間に合わなかったにせよその人の著作が読まれるのであれば、それが故人に対する何よりの供養となる。神妙に『仲條』を買って帰る女性客の姿に、そのように痛感させられた。
昔からデザインを職業にする人の書いた本が好きで、よさそうな本が出るとつい買って読んでしまう。それは、クライアントやメディアといった〈社会〉とのせめぎ合いから、最適解を導き出す彼らの姿に、本を売るこの仕事にも似た面白味を感じてきたからだと思う。デザインの仕事も本を売る仕事も、自己表現などでは決してなく、常に自己と他者のあいだにあるものなのだ。
先日発売になった仲條さんの口述自叙伝、『僕とデザイン』(アルテスパブリッシング)には、このようなことが書かれている。
みんなが「いいね」と言うのは、しっかりと仕上げたものだということもわかる。なのに、どうも僕自身がそういうふうにならない。詰めたつもりでも、できた瞬間はあまり気に入らないものだから、仕上げるまでの間に、ちょいとどこかずらしてみたり、その前の段階のものをまた引っ張りだしてみたりするんだ。
これも本屋によくある話で、並びのちょっとした違和感から本が売れていくことは思いのほか多い。しかしそれはわざわざ違和感を作るということではなく、人がすることだからどうしてもそうした異物感が残ってしまうということなのだが、そのざらざらとした感触が見る人の心に引っ掛かるのだと思う。あまり並びを完全に仕上げてしまうと、それが一枚の絵のように見えてしまい、素材である一冊ずつの本が際立たなくなるのだ。
『僕とデザイン』は、普段は直観で行っている仕事を、丁寧にことばとして語りおろしたものなのだろう。仲條さんはインタビューで「デザインは情けだ」と語ったという。直感なのか経験からか、いずれにせよ何かとてつもないことに気づいてらしたのだなと感嘆するほかないが、それが何であるのか、わたしには残念ながらまだ実感できていない。
今回のおすすめ本
自分を過不足なく歌にこめることは、百の技を駆使するよりも難しい。そのまっすぐなまなざしに打たれた歌集。
◯連載「本屋の時間」は単行本でもお楽しみいただけます
連載「本屋の時間」に大きく手を加え、再構成したエッセイ集『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』は、引き続き絶賛発売中。店が開店して5年のあいだ、その場に立ち会い考えた定点観測的エッセイ。お求めは全国の書店にて。Title WEBS
◯2025年4月25日(金)~ 2025年5月13日(火)Title2階ギャラリー
「定有堂書店」という物語
奈良敏行『本屋のパンセ』『町の本屋という物語』刊行記念
これはかつて実在した書店の姿を、Titleの2階によみがえらせる企画です。
「定有堂書店」は、奈良敏行さんが鳥取ではじめた、43年続いた町の本屋です。店の棚には奈良さんが一冊ずつ選書した本が、短く添えられたことばとともに並び、そこはさながら本の森。わざと「遅れた」雑誌や本が平積みされ、天井からは絵や短冊がぶら下がる独特な景観でした。何十年も前から「ミニコミ」をつくり、のちには「読む会」と呼ばれた読書会も頻繁に行うなど、いま「独立書店」と呼ばれる新たなスタイルの書店の源流ともいえる店でした。
本展では、「定有堂書店」のベストセラーからTitleがセレクトした本を、奈良敏行さんのことばとともに並べます。在りし日の店の姿を伝える写真や絵、実際に定有堂に架けられていた額など、かつての書店の息吹を伝えるものも展示。定有堂書店でつくられていたミニコミ『音信不通』も、お手に取ってご覧いただけます。
◯2025年4月29日(火) 19時スタート Title1階特設スペース
本を売る、本を読む
〈「定有堂書店」という物語〉開催記念トークイベント
展示〈「定有堂書店」という物語〉開催中の4月29日夜、『本屋のパンセ』『町の本屋という物語』(奈良敏行著、作品社刊)を編集した三砂慶明さんをお招きしたトークイベントを行います。
三砂さんは奈良さんに伴走し、定有堂書店43年の歴史を二冊の本に編みましたが、そこに記された奈良さんの言葉は、いま本屋を営む人たちが読んでも含蓄に富む、汲み尽くせないものです。
イベント当日は奈良さんの言葉を手掛かりに、いま本屋を営むこと、本を読むことについて、三砂さんとTitle店主の辻山が語り合います。ぜひご参加下さいませ。
【店主・辻山による連載<日本の「地の塩」を巡る旅>が単行本になりました】
スタジオジブリの小冊子『熱風』(毎月10日頃発売)にて連載していた「日本の「地の塩」をめぐる旅」が待望の書籍化。 辻山良雄が日本各地の少し偏屈、でも愛すべき本屋を訪ね、生き方や仕事に対する考え方を訊いた、発見いっぱいの旅の記録。生きかたに仕事に迷える人、必読です。
『しぶとい十人の本屋 生きる手ごたえのある仕事をする』
著:辻山良雄 装丁:寄藤文平+垣内晴 出版社:朝日出版社
発売日:2024年6月4日 四六判ソフトカバー/360ページ
版元サイト /Titleサイト
◯【書評】
『生きるための読書』津野海太郎(新潮社)ーーー現役編集者としての嗅覚[評]辻山良雄
(新潮社Web)
◯【お知らせ】
メメント・モリ(死を想え) /〈わたし〉になるための読書(4)
「MySCUE(マイスキュー)」
シニアケアの情報サイト「MySCUE(マイスキュー)」でスタートした店主・辻山の新連載・第4回。老いや死生観が根底のテーマにある書籍を3冊紹介しています。
NHKラジオ第1で放送中の「ラジオ深夜便」にて本を紹介しています。
偶数月の第四土曜日、23時8分頃から約2時間、店主・辻山が出演しています。コーナータイトルは「本の国から」。ミニコーナーが二つとおすすめ新刊4冊。1週間の聴き逃し配信もございますので、ぜひお聞きくださいませ。
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本屋の時間

東京・荻窪にある新刊書店「Title(タイトル)」店主の日々。好きな本のこと、本屋について、お店で起こった様々な出来事などを綴ります。「本屋」という、国境も時空も自由に超えられるものたちが集まる空間から見えるものとは。