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想像してたのと違うんですけど~母未満日記~

2022.01.14 公開 ポスト

産後のあれこれバグモード夏生さえり

産後、バグモードの中を生きている、とよく思う。

まず、髪の毛のこと。シャワーを浴びるたびに、薄々気づいてはいた。でも、はじめは「あ、れ?」くらいなもので、それが徐々に「え?」となり、最近では「うそでしょ?」となった。ついにきてしまった、そう、“産後ハゲ”である。

 

産後数ヶ月経つと急に髪の毛がごっそり抜ける、産後ハゲ。詳しいことはよく知らないけれど、妊娠中のホルモンバランスのせいで、抜ける予定だった髪が抜けずに留まり、それらが産後に一気に抜けていくんだそうだ。

ごっそりかぁ、嫌だなぁと、ちょっと他人事みたいに笑っていたけど、産後4ヶ月が経ったころから本当に冗談みたいに抜けはじめ、髪を洗うたびに指の間にびっちりと絡まって、しかも洗いはじめから洗い終わりまでずっと同じ勢いで抜け続けるものだから、本当に恐ろしくなった。髪の毛ってこんなに抜けて大丈夫なの? と不安にはなるけど、まあなんとか、鏡の前には今まで通りのヘアスタイルの私が立っているように見える。

でも実際には、額の両端が、あれ? ここもおでこでしたっけ? っていう具合に、剃り込みを入れたようにぎゅんっと抜け、次は右後ろがごっそり、今は左後ろがごっそり。順繰りに訪れているのだとしたら、最後は頭頂部なのではないか? と考えるだけでぶるっと震える。

で、その本数よ。

毎晩「うええ、ごっそり抜けてる……」と思うものの、実際にはどのくらい抜けているものなのだろうか、と気になって、仕事と育児でびっちり埋まっている貴重な貴重な時間を割いて、お風呂で数えてみたのだ。

1本、2本、3本……、髪の毛を洗いながら手指にぐるぐると絡まった髪を、1本ずつつまんで、するすると解いていく。15本……19本……24本……30本……。なんだか細いものが指の間をすり抜けていく感じ、なつかしい、あ、アヤトリみたい。ま、いくら指の間をすべらせても橋とかタワーとかになるわけでもないのだけれど……ふふ……。髪を洗っては数え、洗っては数え、そして89本、90本……。え、え、ほんとに? そして大台。記念すべき100本!

100本よ、100本! まだある、101本、102本……。

ここまで数えて、ふと我に返った。今のこの時間、背中を丸めて去りゆく髪の毛を数えずに、お風呂でゆっくり脚を伸ばすべきだったのでは……? ということで、数えたのは102本までだったのだけど、まだその後にトリートメントが控えており、おそらくさらに50本以上は抜けていただろう、と思う。一晩で少なくとも100本以上。産後ハゲがこんなに深刻なものだとは。すごすぎる。バグじゃん! 髪の毛のバグじゃん!

それでお風呂から上がった直後に夫に「ねえねえ、髪の毛が抜けまくるから数えてみたんだけど、何本だったと思う?」とニヤニヤしながら「私、何歳に見えます?」よりももっとタチの悪い質問をぶつけてみると、夫はちょっとだけ苦笑したあとに「30本かな」と言った。ぷぷぷ。30本、て。ぷぷぷぷ。

「あのねえ、数えられるだけでも102本だよ、102本!!! しかも勢いはとどまることをしらず、その後もおそらく50本は逝ったね」

鼻息荒く、偉そうに数字を突きつけると、夫は「すごいね」とだけ言って、家事の続きに戻っていった。もう少しなんか言ってくれてもいいじゃん……、いや……、この場合の夫の正解の回答ってなんだ……? 100本抜けても君は可愛いままだねとか? いや、嘘くさい。100本抜けるほど必死に育児を頑張ってくれてありがとう? いや、そこまで感謝されなくても……。

一体わたしは夫に何を言って欲しかったのか……。数えはじめてから、夫に質問をし終えるまでの私よ。髪の毛だけではなく、メンタルもバグっているのではなかろうか。ちなみに実母にも同じ質問をしてみたら「え~? 1000本かな」と桁違いの回答がきたので、やっぱり子持ちの頭はバグっているのだろう、と思った。

髪の毛もそうだけれど、睡眠時間もバグっている

人間は、睡眠が大事なはず。体調を崩せば「ちゃんと寝ている?」と聞かれるし、昼夜のリズムが逆転したり生活リズムがぐしゃぐしゃになったりすると、すぐに自律神経に影響があって気持ちが落ち込みやすくなったり体調を崩したりする。……というのは皆が知っていることなのに、産後、睡眠時間の概念は一瞬で覆って「寝れる時に寝ればよろしい」みたいになる。

おかしい。あんなに睡眠とメンタルとフィジカルは密接に関わっているって、誰もが口を揃えて言ったのに、急に「寝れないけどそんなもんだよ、ガンバ!」みたいな、ちょっと、なんか急に態度違うじゃん……って。でも誰にその気持ちをぶつけられるわけでもなく、隙間時間を見つけては眠る、を繰り返すしかないのよね。

特に新生児のうちは辛かった。24時間休みなく、3時間起きの授乳をしなければならない。……。ふむ、それなら3時間ずつは眠れるんですね、と思ったかつての私。残念ながら、そうはいかない

授乳は3時間おきとはいえ、子がおっぱいを飲む途中で眠ってしまったり(その割に、ベッドに下ろそうとすると泣いてしまうのでこちらは寝ずに抱き続けるしかない)、おっぱいをすこし飲んでは休憩したりと、1回の授乳にものすごく時間がかかる。さらに私の場合は母乳がじゃぶじゃぶ出なかったから、ある程度おっぱいを飲ませたあとはミルクを作り、これまた時間をかけてあげて、その後は哺乳瓶を洗い、飲んでもらえなかったおっぱいを30分かけて手で絞って搾乳する。

その後、うんちやおしっこをして泣き始めた子のオムツを替え(なんと新生児期は1日に15回以上オムツを替えた)、すこしあやしていると、あら不思議! もう30分後には次の授乳の時間なのである。それが24時間ずっと続く。さらに昼は抱っこ必須のため、横になって一緒に眠るなんて当時は一度も叶わなかった。「時間を見つけて寝てね」って、一体いつのことなんだろうか。

それとも、時間を見つけて寝てね、まあ時間ってやつを見つけることができるならね……みたいな含みのあるアドバイスだったのだろうか。

夫も一緒に頑張ってはくれたけど、母乳育児をしている以上は3時間ごとに起きていなければならないのは母親の役目。ちなみに授乳によるカロリー消費は半端ではない(だいたい100mlの母乳で約65kcalを消費するらしい。1日に赤ちゃんが飲む母乳量がおよそ500~800ml程度。700mlで計算すれば、1日で消費するカロリーは約450kcal。これは、縄跳び1時間、バタフライ40分、トランポリン2時間分に相当するらしい……)。そのため、飲まれた後はものすごくドドドドッと疲れる。出産後のボロボロの体で、睡眠不足の中、トランポリンを2時間も飛んで平気なはずがない……。こんなのってバグでしょう?

そして生後6ヶ月の今。だんだんと排泄の回数は減って、授乳も寝かしつけも上手くなったけれど、未だに夜中の授乳は3~4時間おきにあるので、6ヶ月間も(もっと言えば妊娠初期から頻尿に悩まされて朝までぐっすり眠ったことなんてない)、長くても続けて3時間程度の睡眠しか取れないって……。

もちろん体を休めるために夫にも助けてもらって、子が起きる6時ごろにバトンタッチをして1~2時間くらい眠らせてもらうようにしているのだけど、たったの2時間で溜まりに溜まった疲れが相殺されるはずもなく。なんとなく疲れたまま1日を始める日々……。

夫は私を気遣って「夜はミルクをあげておくから他の部屋で寝てていいよ」とか「夜泣きも俺が対応するよ」とか言ってくれた。でも、子は大のママっ子で、夜中寝ぼけている時や機嫌が悪いときには夫ではどうにもならないことも多い。それに思い切って別部屋で眠ってみても、子が泣いている気配がすると、野生動物が耳をぴくりと動かすあれみたいに「ハッ!!」と目が覚めて、半分眠りながらでも子のもとに駆け寄ってしまう。

いやいや、せっかく夫が対応すると言ってくれているのだから……私は寝なければ……寝なければ……、と思う。思うんだけど、いくらイヤホンをねじ込んで爆音で音楽を流しても、音楽のほんの継ぎ目に子の泣き声が聞こえてくると、心がびりびりと裂けそうになって起きてしまうのだ。で、駆け寄れば子はすぐに泣き止んで平穏な夜が訪れるし、夫があやすと30分かかるところを、私がやれば子は泣かないということならば、家族全員がハッピーになる方法は、私が頑張ることではないか? と思ってしまって、「わたしが夜中ずっと世話をするから、朝は寝かせてね」とまあこういうことになってしまう。

抱き上げるとすぐに泣き止んでくれる、授乳だって慣れてくればたった数分のこと。ひとつひとつはそんなに大変じゃないから、そう、大丈夫、大丈夫、私がやるよ。私がやったほうが早いしね。いいよいいよ、と、いろんなことを引き受けて、いつのまにか負担が山積みになっていく。でもこれは、自己犠牲なんかではなくって、結局のところ、自分が目先の楽さを手に入れたいがために負担を引き受けてしまうっていうか。こんな調子だから、本当に、母の体を休める方法がないのだった。

骨盤も歪んだままでなんだか軋むような感じがするし、用事があって授乳をスキップすればすぐに乳腺炎になってしまう(この乳腺炎ってやつがまたとてつもないバグモードで、熱が39度以上出る。にもかかわらず、治療法が「授乳すること」しかないのだ。痛む関節。震える体。ふらふらの頭。その中でも3時間おきにきちんと起き上がって子に授乳するしかないなんて……。なんというハードモード)。

「母は強しですね」と言われるけれど、全然そうじゃない。

強くなんかないし、弱音を吐きまくっているし、強くなりたくもない。できればフニャフニャメンタルのまま、もう無理~って泣き喚いて、なにもかもを任せて眠りつづけてラクしたい。でも、子がそうはさせない。「もう、絶対に、無理!」と根をあげてしまうほんのちょっと手前くらいまでの負荷を与えて、私を鍛えてくる。

「わたしは母になれる自信がない。眠るのも大好きだし」とか「仕事で手一杯のわたしだから、自分にはとてもじゃないけどできる気がしない」とか、言われることもある。めちゃくちゃ同意なのだけれど、まあ、ご安心くださいな。

新生児のころは無限の抱っこで痛くなっていた腕や手も、いまでは全く痛まない。3時間おきの起床も前よりはすぐに目が覚める。少しずつ「これは無理では?」と思いつつもギリギリ頑張れそうな負荷をかけて、すこしずつ鍛えてくる。

そう、赤ちゃんはどうにも上手なトレーナーなのであります。バグモードの中で、「ははは、流石にそれは無理」とおもったこともHP残り1の状態でなんとかこなしていれば、夜にはスペシャルかわいい寝顔のご褒美もくれる。月の光がすこしだけ差し込むなかで見る我が子の美しさと言ったら、これまで味わった不幸のすべてをまあるく溶かしてくれるような効力を持つ。

それにだんだんと負荷が強くなってくる頃には、脳内の不幸を感じるスイッチが一瞬でオフになるやわらかな微笑みだってくれるし、さらにキツくなってくる頃には「抱っこ」と言うとお餅のようにぽにゃりと丸い手で抱きつくような仕草を見せるようにもなるし、さらにさらにキツくなってくると「ママ」とか呼んでくれるようになって、とにかくトレーナーとしてはもう完全に飴と鞭の使い分けの達人、とても上手な負荷の掛け方を知っているのだ。

それで「あの頃よりは、楽になった」「ちょっと前よりは、マシになった」と過去の苦労を糧に、自信をつけて、前へ前へと進んでいくうちに玄人の母になっていくという塩梅なのだろう、と思う(もちろん赤ちゃんトレーナーの負荷の掛け方が半端じゃないこともあって、母親側がついていけなくなることだってそりゃあるから、どうにも辛くなった時はSOSを出して欲しいのだけど)。

命が始まってしまったからには、止まることのない時間の流れに飲み込まれて、髪が抜け、腕が筋肉痛と腱鞘炎になって、骨盤がメリメリと音を出し、睡眠不足の中で、ちょっとでも自分の生活を重視しようものなら乳腺炎になって高熱をだし、そんな中でもなんとか命を育てていく。

子によっては、よく眠って手がかからない子がいたり、もっともっと寝ない子がいたりと、もちろん程度の差はあれど、母のバグモードは共通であろう。私のような平凡な人間も、きらびやかなモデルも、芸能人も、ハリウッドセレブもみんな一緒。そう思うと、出産後すぐに素晴らしいスタイルに戻してテレビに出ている芸能人たちには頭が上がらない。

どれだけお金があって、どれだけベビーシッターや素晴らしい教育にお金をつぎ込んだとしても、夜間授乳や夜泣き対応などは誰しもが少しは体験しているはずで、「もう流石に無理だよ」と涙を流してしまう瞬間だって訪れるだろう。彼女たちのスポットライトが当たらない時間のことを考えるだけで、涙が出そうになる。もちろん、はじめからスポットライトなんて浴びたことのない私たちも同じ。

たくさんの建物の中で、姿の見えない母たちが、ひとつひとつの夜を「もう無理かも」と思いながら超えている。積み重なるバグの上でなんとか必死に掴まって、毎日を乗りこなしている母たちがみんな同士のように思える。大変だよね。頑張ってるよね、私たちって、年齢を超えて国を超えて時空を超えて、すべての母たちとハグをしたい。今日もバグのなかを泳いで、溺れずにいて偉かった。わたしも、今日も、偉かった。

それにしても。

どうにも腑に落ちないのが、なぜこんなにバグモードが母親に降りかかるのか? ということである。

なんていうか子を産むのも育てるのも、自分で望んで選んでいるとは言え、どう考えても大変な作業であるわけだから、もっと、子を産んだ人には、子を育てるのに適した能力を与え、ついでにご褒美も与えてもいいのではないでしょうか、神様。

どうか、腕も肩も背中も腰も、どんな赤ちゃんズの予測不能な動きにも耐えうるほどの筋肉をお与えください。もっと私たちに筋力があれば、赤ちゃんの無限抱っこにも女神のような笑顔で対応可能でございます。

また、精神を凪状態に替え、子がぐずぐず泣いていても「おぉ。我が子は元気どすなあ。よろし。よろし」と笑っていられる如来の心と、夫と育児によるぶつかり合いがあっても「あたしたち、新しいステージに来てしまったようね。でも、絶対に乗り越えられるって信じてる。そう、だってあたしたち、最高のバディだもの」と手を取り合えるようなマッチョなフロンティア精神も必要でございます。

ついでに産んだことによってお尻が引き締まってくびれができて過去最高の体つきになるとか、肌がぷるぷるになったりするご褒美を与えるのもいかがでございましょうか。これは、母たちの日々に、自信とハリを与えるのに大変役立ちますし、「これならもっと私の写真もついでに残しておこうかしら」という具合に写真館に殺到する母が増えて、経済も回るかもしれません。また産後は時間が足りないので、仕事の処理能力を6倍にしてくださいまし。また、髪の毛をいつもツヤツヤにしていただき、まつげもちょっと伸ばしてカールしておいていただけると大変有難く存じます。

そ、それが無理なら、とにかくマッチョになるだけでも構いません。眠れなくても平気な体。強靭な肉体。ブレない心……そうゴリラモードをお与えください。と言っても、産んだ途端にいきなりそんなゴリラモードになってしまうのはどうにも寂しいものもあるので、出産をする可能性を秘めている女という生き物には、はじめからゴリラモードを発動させておく必要があるのかもしれません。そうだ、もう女は生まれながらに、ゴリラにしてはいかがでしょうか……。

以上が私の願いでございます。どうかご検討くださいませ。

ちいさな仕事部屋より。バグモードを発動させながら、愛を込めて。

関連書籍

夏生さえり『揺れる心の真ん中で』

不安な夜も、孤独な朝も。 愛を信じられるようになりたい――。 【“あの日”の自分を思い出して涙が止まらない(28歳女性)】 【最後の言葉に救われました(19歳女性)】 SNSフォロワー22万人超! 恋愛ツイート等で若い女性たちの共感を集める 夏生さえりさん、2年ぶり待望のエッセイ集! WEBマガジン「幻冬舎plus」大人気連載書籍化。

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夏生さえり

山口県生まれ。フリーライター。大学卒業後、出版社に入社。その後はWeb編集者として勤務し、2016年4月に独立。Twitterの恋愛妄想ツイートが話題となり、フォロワー数は合計15万人を突破(月間閲覧数1500万回以上)。難しいことをやわらかくすること、人の心の動きを描きだすこと、何気ない日常にストーリーを生み出すことが得意。好きなものは、雨とやわらかい言葉とあたたかな紅茶。著書に『今日は、自分を甘やかす』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『口説き文句は決めている』(クラーケン)、共著に『今年の春は、とびきり素敵な春にするってさっき決めた』(PHP研究所)がある。Twitter @N908Sa

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