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武器としてのヒップホップ

2021.12.27 公開 ツイート

K-ポップはなぜ世界の頂点に立ち、J-ポップは国内にとどまるのか?日本人が見落としてきた「ビートの重要性」 荏開津広

ダースレイダーさん、渡辺志保さん、荘子itさんによって開催された 『武器としてのヒップホップ』刊行記念イベントを客席にいらした荏開津広さんがレポートしてくださいました。実際は、2時間半にわたる熱いトーク。凝縮された貴重な断片をお届けします。

左から、渡辺志保さん、ダースレイダーさん、荘子itさn

宮台真司さんの相槌の気持ちよさから話は始まった

ダースレイダーは、既に歴史ある日本のヒップホップの独特の存在感を誇る重要な人物だ。ラッパー、レーベル運営からラップバトルの主催に審査員、バンドThe Bassonsのメンバー、そして今や人気“時事ネタお笑いトーク番組までを持つ彼の活動は実に多岐に渡る。

彼の新しい著書『武器としてのヒップホップ』は音楽ジャンルの紹介本としても読めるが、実際には彼がヒップホップから受け取ったものと、2010年の脳梗塞発症の結果された余命宣告を経ての彼の人生とが絡み合って生んだ“思想の書”であるといってもいい。

本とビールが楽しめる下北沢の書店『B&B』での、オフセンターなヒップホップ・ユニットDOS MONOSの荘子it、そしてヒップホップ・ジャーナリスト渡辺志保を迎えての出版記念トークは、例えば、早口と自覚あるラッパー二人が、彼らの知る社会学者・宮台真司の語り口調について話すあたりから始まっていく。

荘子it 「宮台さんとこの間初めて対談して思ったのは、やっぱりあの人も結構(話し方が)ゆっくりなんですよね、ピロートーク(笑)のように、相槌が巧い。宮台さんの『うん、そうだね』が大好きなんですね(笑)」

ダースレイダー「あれはね、戦略的『うん、そうだね』だから(笑)」

この夜のトークのすべては、一見関係ないような雑談に聞こえても『武器としてのヒップホップ』の内容と結びつく。

「ヒップホップにおいては自分がどこから来て、どこにいるのか?現在の位置確認と、そこに至る経路、自分のバックボーンの表明が重視される。自分が何者であるか自ら背負う態度だ」(『武器としてのヒップホップ』、p.62)。

特定の位置が決まると、抽象的でなくなる。ならば、自分が話している相手との関係も決まる。そこから話す(ラップする)内容も、その話し方のスピードも変わるだろう。スピードは自分勝手に決めるのではなく、相手があって変化していく。ヒップホップのライヴなら、これはステージ上のラッパーと観客のコール&レスポンスにもあたる。

しかし、ヒップホップの現実の矛盾や過剰な部分を無視して、無根拠になんでも積み込めることができるありえない理想として崇め奉るのではなく、時代によるスタイル(=戦術)の現実の変遷にも3人は敏感だ。LGBTQのような社会的な問題から、言語学のようなことへも会話は広がっていった。

渡辺「90年代の半ばに盛んだったような、ビートにスティックする(楔を打つ)ようなフロウに挑戦するような若手ラッパーも増えています。一方、マンブル(聞き取りにくいモゴモゴしたラップのスタイル)を更に崩し、ラップのかわりに足踏みの音だけになってしまってそれもラップとして取り入れる Nardo Wickというラッパーにも個人的には注目してますし、あとは上半身裸みたいなマッチョ系とは真逆の、彼女に電話したいけどできないドキドキ、みたいなエモ・ラップというジャンルもひとつのマジョリティとしてある」

ダースレイダー「言葉っていうのは箱で、中身に何が入っているのかが問題で、中身に何も入ってなくてもいいと思うんです。それがラップのいいところ。箱だけ並んでても形になるし、そこに色々なものが入っていてもいいという捉え方を僕はしていますが、ラップの歌詞が意味が通ってないとダメだという人もいる。でも、まったく意味の通らないラップも僕は全然ありで、なぜそれが両方並立してもいいかというと、それは実は言葉っていうのは箱だから。エモ・ラップは箱を威勢よく置くけれど、中身に何が入っているかはまた別の問題で」

誰もがSNSで発言できるようになったが、良くも悪くも、意味のあまりない言葉が戦略として、もしくは武器になる場合もある(実際にエモ・ラップはヒットしているのだから)、と受け取ることもできる。言葉の箱を“威勢よく”置く、というのは、ヒップホップにおいてはメロディよりもビートが基本としてあるということと関連する。

ダースレイダーはこのことから、日本に流布している閉鎖性というか、勘違いについて指摘していった。

ダースレイダー「日本はメロディ偏重でビートの話はしない。これは日本におけるヒップホップの受容にも影響してると個人的にはすごく思ってるんです。なぜメロディだけを重視してしまうのか、そろそろ日本社会の問題として考えたほうがいいと思います。本来はリズムに言葉をどう乗せるか、それからそれがメロディになっていくという順番です。

1990年代に日本のラジオ局が日本語のラップなんてかけませんという話があったが、それはメロディとしてラップを捉えていたからなんです。英語のラップと“聞こえ”が一緒のようにやるのは日本語では無理じゃん、って。グローバル・スタンダードとしてリズムの話をしているときに、日本はいいメロディです、という話をしている」

もちろん、この話はJ-ポップではなく、K-ポップがなぜグローバルにポップミュージックの頂点に立ったか、という話に直接関係する。しかし、ダースレイダー流にいうなら、武器を持たないか、もしくは持つべき武器を勘違いしているという、戦略性の欠けた、現状認識の読み間違いの例として考えることもできる。なぜグローバルポップのマーケットでビートが重視されるのか。それはより汎用性の高い話にもなる。

思考を刺激するトークが続いたこの晩の難しさがあるとしたら、それは前提としているヒップホップが日本でまだまだ一般に共有されているにほど遠いということにあっただろう。なにしろアメリカでは2代に渡って最も人気がある音楽ジャンルとしてラップがあり、親子でラップを聞いているのも普通なのだから。そういう意味で、話すことは尽きず、同じメンバーで定期的に開催してほしい。

 

(お知らせ)
・上記のイベントはアーカイブでご覧いただけます(2022年1月16日まで視聴可能)。詳しくはPeatixのサイトをご覧ください。

・2022年1月19日19時半、ダースレイダー×三浦崇宏「ヒップホップで生き延びる、言葉で人生を切り拓く」講座を、会場と配信で開催します。詳しくは幻冬舎大学のページをご覧ください。

関連書籍

ダースレイダー『武器としてのヒップホップ』

ヒップホップは逆転現象だ。病、貧困、劣等感……。パワーの絶対値だけを力に変える! 自らも脳梗塞、余命5年の宣告をヒップホップによって救われた、博学の現役ラッパーが鮮やかに紐解く、その哲学、使い道。

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武器としてのヒップホップ

2021年12月8日発売『武器としてのヒップホップ』について

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荏開津広

執筆/DJ/京都精華大学、東京藝術大学非常勤講師、東京生まれ。東京の黎明期のクラブ、P.PICASSO、MIX、YELLOWなどでDJを、以後主にストリート・カルチャーの領域で国内外にて活動。2010年以後はキュレーション・ワークも手がける。ワーグナープロジェクト音楽監督。

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