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『「うつ」は病気か甘えか。』刊行記念 村松太郎×斎藤環対談

2018.06.23 公開 ポスト

「ストレスでうつ病になる」はおかしい!?【リバイバル掲載】村松太郎/斎藤環

精神科医は求められればいくらでも診断書を出すのか?

 

村松 結論から言うと、対策はないんです(笑)。たとえ断っても、フリーアクセスの日本の医療では、何人目かには絶対に病気と診断する医者に当たるので、断ったところで何にもならないんです。
 

斎藤 何人目かどころか、もう二人目で「いくらでも診断書を出しますよ」という人がいる(笑)。ネット上に「あそこに行けばすぐやってくれる」みたいな情報がありますからね。しかし対策はないとはいえ、何か工夫されていることはありますよね?

 

村松太郎氏

村松 病気とは思えない人に「自分はこういうことで休みたい。診断書を書いてくれ」と言われた場合、「希望に応じるのはいいですが、その場合、こんなデメリットがあなたにはありますよ、それでもいいですか?」という感じですかね。
 

斎藤 診断書を求められたら、先生は書きますか?
 

村松 ええ。書き方は考えますけど。
 

斎藤 病気ではない疑いがある場合、「休養を要する期間」はどう書きますか。
 

村松 初診の場合、病気かどうか疑わしくても、私の判断が間違ってる可能性は常にあるので、かぎりなく病気に近いという前提で対処しますね。ただ、そんなに長い期間は書きません。2週間から、せいぜい1ヵ月。しかし、それを見た会社側は、医者が書いた診断書があれば「やっぱり病気なんだ」ということになるでしょう。それをどう考えるかが難しい。
 

斎藤 20年ぐらい前までの外来には、むしろ「自分は健康だという診断書を書いてくれ」という人が多かったと思うんですよ。そのとき、われわれはかなり渋ったわけですよね。「それは書けません。どうしても書いてほしければ、1ヶ月ぐらい入院してもらわないといけない」と断っていた。その態度と、最近の医師が初診で「あなたは病気じゃありません」と判断する態度のあいだには、齟齬があるように思います。つまり「甘え」という判断は、その人が「健康」と判断することになるのではないかという懸念がある。
 

村松 おっしゃる通りです。初診では、病気か甘えかなんて、到底わかりません。
 

斎藤 村松先生も、ある程度つき合ってから診断を下す?
 

村松 そうなんですが、ある程度つき合うと、途中からこれは病気ではなくただの甘えだと確信しても、もう突き放せなくなるんですよね。そこが難しいところで、どこかでなるべく早く判断しないといけない。
 

斎藤 そのあたりの距離感の取り方は難しいですが、露骨な詐病の人はあまり続けて通わない印象があります。診断書狙いで来た人は、1回来てダメだったら諦めるように思うんですけど、何度も通い続ける粘り強い詐病はありました?
 

村松 何年も経ってから嘘八百だったとわかったケースもあります。だから最近は、こちらが気がついてない中にも、もしかすると詐病があるかもしれないと思うんですよ。でも、それは知りようがない。

 

うつか甘えかを見破るのが精神科医の仕事か?


斎藤 そもそも、われわれの仕事はそれを見破ることなんでしょうかね(笑)。
 

村松 臨床では、それはわれわれの仕事ではないと思います。ただ司法の場になると、見破るのはわれわれ以外にいないので。
 

斎藤 司法に関してはそうですね。軽いうつ的な人が裁判で責任能力を免れるケースはあるのでしょうか?
 

村松 そもそもたとえ病気であっても、責任能力がゼロになることは非常に稀です。罪が軽くなることはありますが。軽いうつ的な人でも基本的には同じです。
 

斎藤 じゃあ、軽いうつを装うメリットはあるわけですね。
 

村松 われわれ医療サイドから言えば「性格か病気か」は明確に分けられるものではないのですが、司法の場では「性格なら悪、病気なら免責」となる。そういう二分法を求められると、うつ病と称していても性格の要素が大きい場合にどう考えるかが難しい。
 

斎藤 そこは判断できないですよね。ただでさえ、「新型」とか「現代型」などと呼ばれるうつに関しては、「生き方や性格と区別がつかない」ことが最大の特徴みたいに言われているので、本当に難しい。まあ、性格と病気がつながっているなら「完全責任能力あり」でいいだろうと考えちゃうんですが。
 

村松 私もそう考えたいのですが、それを判断するのは医者じゃないと思うんです。うつ病と呼ばれるものの中には、内因性もあれば、性格とつながっているものもある。それをきちんと説明するのがわれわれの義務で、その上で、社会の人々に考えていただくというのが正しい手順ではないでしょうか。
 

斎藤 もちろん、われわれ医師は責任能力の範囲を規定する立場ではないので、そこから先は司法に任せるしかありません。でも、病気と判断すれば免責されちゃう可能性がある。誤解を防ぐためにできるのは、そこに注釈をたくさん付けることぐらいでしょうか。
 

村松 そうですね。

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村松太郎/斎藤環

村松太郎(むらまつ・たろう)
1958年、東京都生まれ。慶應義塾大学医学部卒業。慶應義塾大学医学部精神・神経科准教授。医学博士。日本精神神経学会精神科専門医。日本医師会認定産業医。刑事・民事事件精神鑑定なども行なう。主な著書に『認知症ハンドブック」(共著、医学書院)、『統合失調症という事実(ケースファイルで知る)』(監修、 保健同人社)、『名作マンガで精神医学』(監修、中外医学社)、『現代精神医学事典』(共著、弘文堂)、『道徳脳とは何か』(訳、創造出版)、『思春期臨床の考え方・すすめ方 前頭葉機能からみた思春期の病理』(共著、金剛出版)、『臨床神経学・高次脳機能障害学 -言語聴覚士のための基礎知識』(共著、医学書院)、『レザック神経心理学的検査集成』(監訳、創造出版)、『よくわかるうつ病のすべて』(共著、永井書店)など多数。

斎藤環(さいとう・たまき)
1961年、岩手県生まれ。筑波大学医学研究科博士課程修了。医学博士。爽風会佐々木病院等を経て、筑波大学医学医療系社会精神保健学教授。専門は思春期・青年期の精神病理学、「ひきこもり」問題の治療・支援ならびに啓蒙。漫画・映画・サブカルチャー全般に通じ、新書から本格的な文芸・美術評論まで幅広く執筆。日本文化に遍在するヤンキー・テイストを分析した『世界が土曜の夜の夢なら』にて第11回角川財団学芸賞を受賞。著書に『社会的ひきこもり―終わらない思春期』 (PHP新書)、『生き延びるためのラカン』 (ちくま文庫)、『関係する女 所有する男』 (講談社現代新書) 、『思春期ポストモダン―成熟はいかにして可能か』 (幻冬舎新書)、『承認をめぐる病』(日本評論社)など多数。

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